第七十九話 ユニオール暦八百七十三年八月二日 シーグバーン 天気晴れ
「あ、親方だ!」
「トールヴァルド様!」
海賊船ベアトリスの甲板で歓声が上がる。トールヴァルドがタラップを渡って甲板に立った時には多くの船員が出迎えに上がってきていた。
「みんな待たせたな」トールヴァルドが笑顔で皆を見回す。「欠けはないな?」
「ございません」船員の輪から一歩前に出て、副官のアードラーが答える。「トールヴァルド様お一人ですか?」
「ああ、いろいろとあってな」
トールヴァルドは輪の中にフィクスを見付け近付いた。
「フィクスも無事でよかったな。シルックは?」
「おかげさまでな。シルックは船室にいる」
「そうか。詳しい話は後だ」トールヴァルドはそう言うとアードラーの方を振り返り命じる。「すぐに出港するぞ。目的地はバルテルスだ。バルヴィーンの南を回る」
「かしこまりました」アードラーの返事とともに船員たちも出港の支度に駆け出した。
すでに準備が整っていたベアトリスはすぐに出港した。バルヴィーンの南側を回る航路へ快調に進んでいく。
「──というわけで、いったんアンハレルトナークで合流したんだが、またバラバラになっちまった」
食堂でフィクスとシルックにここまでのあらましを話すとトールヴァルドは息を吐いた。
「予定通りいかないのは今に始まったことじゃないが、それにしてもいろいろとあったんだな」フィクスが半ば呆れて言う。「レティは一人で大丈夫なんだろうか?」
「青嵐のドラゴン、エサイアスと一緒だし大丈夫だろう、と信じるしかないな」
「あの青嵐のドラゴンとそんなことになるなんて想像もできなかったよ」
「そりゃ私もだ」
トールヴァルドが苦笑する。そしてシルックの方を見て言う。
「アーシェの状況は説明した通りなんだが、シルックはどう思う?」
「急速に成竜になるというのは聞いたことがありません。あまり良い状態ではないと思います」
「そうだろうな」
「ですが、青嵐のドラゴンが言うのであればヴィスロウジロヴァー山で癒せるのでしょう」
「うん。そう信じるしかないな」トールヴァルドが頷く。「なのでとりあえずヴィスロウジロヴァー山に向かおうと思っている。アーシェが静養するにも山は噴火しちまったんだ。準備が必要だろう?」
「そうですね火口がどうなっているのか心配です」
「そうだな」
シルックがちょっと考え込んでから口を開く。
「トールヴァルド、私をシュミーデルで降ろしてもらえませんか?」
「シュミーデルで?」
シュミーデルはバルヴィーン大陸の西海岸の町だ。
「バルヴィーンの南回りではバルテルスまでおそらく十日近く掛かってしまうと思うのです」
「まぁそうだな。風の具合が良くても八日は掛かる」
「それですと、焔のドラゴンが戻ってくるまでに間に合わない可能性があると思うのです」
「たしかにそうだ。でもシュミーデルからヴィスロウジロヴァー山は遠くないか?」
「飛行魔法がありますから大丈夫です」
「分かった。ではシルックはシュミーデルからヴィスロウジロヴァー山に向かってくれ。我々はバルテルスから向かう」
「はい。ありがとうございます」
表情を変えないシルックがどんな気持ちなのかは分からないが、やはりアーシェのことを心配しているのだろうとトールヴァルドは思う。
「シルック、あまり心配するな。レティも青嵐のドラゴンも付いてるんだ。アーシェは絶対に大丈夫さ」
「はい。ありがとうございます」
二度目のありがとうを言うシルックの表情がちょっと安心したように見えたのは気のせいではないかもしれないとトールヴァルドは思った。
「そういや、忘れてたわ。スマン」
夕食後、トールヴァルドが謝りながらフィクスに封書を渡した。
「アマリアからの手紙を預かってたんだ。渡し忘れてたよ」
「ああ、ありがとう。帰りもアマリアにあったのかい?」
「フェヴローニヤからフェーディーンまで高速馬車を出してもらったんだ。フィクスの顔を見ていったらどうだと誘ったんだが、急いでドンカークに帰らなきゃならないと言ってたよ」
「そうか」
フィクスは受け取った封書から手紙を取り出すとその場で読み始めた。
「どうやら西の方もきな臭くなってるみたいだ」
「西はたいていきな臭いイメージだけどな」
「見てくれ」フィクスがトールヴァルドに手紙を渡す。
「いいのか?」
手紙にはいくつかの情報が簡潔に書かれていた。
「ベルナディス大公が退位する模様……、ふんふん、シルヴェンノイネンで内戦が始まりそうと。なに? べドナージョヴでクリストフェルらしき人物を目撃だって?」トールヴァルドが目を丸くする。「なんだってそんなところに」
べドナージョヴはオースルンドの北西に位置する国だが、東側をグルッと山に囲まれていて西側からしか入れないはずだ。
トールヴァルドは壁の地図を見て確認する。
まあ山に囲まれていても山を越えれば抜けられるわけだが、べドナージョヴにいるってことはクリストフェルはオースルンドにでもいたのか?
「ずいぶん積極的に動いてるんだな、あの司令官は」フィクスが言う。
「ああ。ただ奴は焔のドラゴンを追ってたはずなんだがな」
「アーシェがいるのとは逆方向だな」
「なにか別の目的なんだろうさ」
クリストフェルについては考えても仕方ないのでトールヴァルドは考えるのをやめた。
「まあ東に戻る我々が考えてもどうにもならん。そういや、結局アマリアからアンシェリークの秘宝について聞けなかったな。シアーノ村やナサリオでは何か話さなかったのか?」
「ああ、スマン。なんせバタバタしてたから──」と言うとフィクスは言葉を切って考え始めた。
「どうした?」
「ちょっと待っててくれ。一つ思い出した」
フィクスは慌てて食堂を出ていったかと思うとすぐに戻ってきた。手には小さな瓶を持っている。
「なんだそりゃ?」
「商会では秘密文書のやり取りにはこいつを使ってたんだ」
そう言うとフィクスは小瓶の中の液体を手紙に振りかけた。手紙に文字が浮かび上がってくる。
「ほう、面白いな。でも読めんぞ?」
浮かび上がった文字は不規則に並んでいるだけで意味のある文章には見えない。
「暗号だよ。なになに──」フィクスは文字を辿りながら解読していく。「石版は……ハーフルトと……フェーディーンにある」
「フェーディーンにもあったのかよ」トールヴァルドが悔しそうに言う。
「……」
「どうした?」
続きを読み上げないフィクスをトールヴァルドが見る。
「……いや、秘宝は探さない方がいい、と書いてあるな」
「なぜだ?」
「理由までは書いてない」
「そうか」
なぜアマリアが探すなと言うのかは分からないが、その言葉にトールヴァルドはちょっと嫌な予感がした。
トールヴァルドが船に戻りました。
次話で第二章はラストです。明日更新します。
※誤字を修正しました(2018/11/02 9:25)




