第七十八話 ユニオール暦八百七十三年八月一日 ラスムス首都ミュンテフェーリング 天気晴れ
アンハレルトナークからテサジーク共和国、シュタール帝国、ルベルドーを経由して六日目。ようやくラスムス王国の首都ミュンテフェーリングに到着した。
イリスレーアとクリスティーナの乗った馬車が城壁に囲まれたミュンテフェーリングの門をくぐると、道の両脇に市民が鈴なりになって手や旗を振り、歓声を上げる。
「姫様ー!」
「クリスティーナ様ー!」
馬車の中からクリスティーナが手を振るとさらに歓声が高まる。
「すごいわね」イリスレーアが目を見張った。
「きっとお父様の仕業ですわ」
クリスティーナの語気は強いが笑顔のままで手を振り続けている。
「親子喧嘩はご挨拶の後でお願いね」
城に着いたら今回のクリスティーナの件に対するお礼をラスムス王に申し上げる予定になっている。お礼の品もたくさん積んできている。いきなり喧嘩を始められてはお礼が言いにくい。
「分かってますわ」
さらに笑顔を深めて手を振るクリスティーナがちょっと怖いと感じたイリスレーアだった。
ひと通りのお礼を申し上げて、お礼の品の目録と父からの親書をラスムス王に渡すと、イリスレーアは小さく息を吐いた。こうした堅苦しいことは苦手だ。
「お疲れ様でした、姫様」
部屋に戻ると護衛として今回の旅に付いてきたエストがイリスレーアを労う。
「疲れたけどちゃんとお礼が言えて良かったわ」
「そうですね」
「お父様にもイリスレーアはしっかりお礼を言ったと報告してね」
「国王陛下はそんなことは心配されていませんよ」
エストが炒れてくれたお茶を飲みながらひと息つく。城に併設されたこの建物は国賓の宿泊用だそうで、ずいぶんと豪華な内装が施されている。
「クリスティーナは今ごろ家族会議かしらね?」
「そうでしょうね。夕食まではまだ時間がありますので」
どうやらラスムス王はこれを機にクリスティーナを国に留めようとしているようだ。町に入った時の民の歓迎振りもそうなのだろうし、先ほどの式典でも町の子供たちから花を渡され「これからもわたしたちをまもってください」と言われていた。
「子供を使うのは反則よね」イリスレーアが苦笑する。
「ラスムス王も必死なのでしょう。放っておけばまたレティシア様を探しに国を出てしまうでしょうから」
とはいうもののこの六日間、クリスティーナといろいろ話をしてみると、今まで抱いていたイメージとは違うのだなと感じた。
「レティを追いかけてもあまり意味はなさそうだけどね」
「レティシア様はクリスティーナ様とは戦われないでしょう」
「ええ。レティはクリスティーナを敵とは思ってないし、クリスティーナも本当はレティと戦いたいわけではないと思うわ」
話を聞けば聞くほど、ライバルと言いながらもクリスティーナはレティを好きなんじゃないかと思えてくる。魔法学校時代のレティの話をするクリスティーナは実に楽しそうだった。
「そうでしょうね。それにレティシア様はクリスティーナ様と戦っている場合ではありませんね」
「そうね……」
アーシェは飛び去ってしまったが普通の状態ではないように見えた。レティは何も言ってなかったけどアーシェの状態を確認して、おかしなところがあれば治したいと思っているに違いない。白銀のドラゴンと会って、そこでなんらかの話や示唆を受けてその先の行動を変える可能性は十分にある。
「ねぇ、エスト。レティたちはまっすぐシーグバーンに着いたと思う?」
「どうでしょう?」エストが首をひねる。「シーグバーンやモレナール、フェヴローニヤには我が国の情報員がいますので、一応行動は追い掛けていると思いますが……」
「町には泊まらないと言っていたわね」
とはいえフィクスとシルックが見付かっていないだけに、どこか寄り道をしていてもおかしくはない。
予定通りにはいってないだろうなぁ。
このとき、実際には想像を大幅に上回ることになっているとはイリスレーアもエストも思ってもいなかった。
夕食会を終え部屋に戻るとイリスレーアは正装の上着を脱いだ。これで今日の予定は終わりだ。
「なごやかな夕食会でしたね」エストが上着を手に取りクローゼットに仕舞った。
「表向きじゃないと良いんだけど」
ラスムス王もクリスティーナも夕食会では終始笑顔を絶やさなかった。だが、王妃のほうは娘を心配する目になっていた。
「きっとすぐに旅に出る宣言でもしたんじゃないかな」
「さすが姫様よくお分かりで。マルガレータ様もいつもあのような目で姫様を心配されていますよ?」
「うっ、……私のことはいいのよ」
母がいつも自分のことを心配しているのはよく分かってる。でも私は別に戦いのために旅に出ているわけでもないし、危険なことはそれほどなかった。もっともその「それほど」の基準が母と私で違うのが問題なのだろうけど……。
そんなことを話していると扉がノックされ、エストが対応に出て行った。
とりあえずラスムス王へのお礼は終わったがこれですぐにお暇しますという話ではない。明日から三日間はミュンテフェーリングに滞在して行事などに参加することになっている。それは今回の訪問がお礼だけでなく、今後のアンハレルトナークとラスムス友好のためという目的もあるからだ。
公式行事的なものは苦手なんだけどね……。
アンハレルトナークでは兄たちがいるので式典や行事はすべてお任せできたけど、話の流れ上ラスムスとの友好には自分が立つのが当然だとイリスレーアも諦めている。
「姫様、ラスムス王が内密でお話がしたいということで来られています」エストが戻ってきて私に耳打ちする。
「え? ここへ?」
「はい」と言ってエストはクローゼットから上着を出してイリスレーアに手渡した。「ご案内します」
エストに案内され部屋に入ってきたラスムス王は夜分の訪問を詫び、ソファーに腰掛けた。父と同じくらいの歳だと思うが、騎士のようながっちりした体格の父とは異なり、ラスムス王は魔法王国の国王だけあって線の細いタイプだ。
「お疲れのところ申し訳ない。クリスティーナは今イルマと話をしているのです。イリスレーア姫と話をするならこの機しかないと思ったのです」
イルマとはラスムス王妃だ。母と積もる話もあるのだろう。
「そうですね。明日からはずっとクリスティーナ殿と一緒ですからね」イリスレーアも腰掛け、話を聞く体勢を取る。「お話とはクリスティーナ殿のことですか?」
「いや、あれのことは正直諦めています。というか、もうなるようにしかならないでしょう」
ラスムス王が諦めの表情を浮かべる。話はクリスティーナのことではないようだ。
「イリスレーア姫はこの後レティシアと合流されるのですね?」
「ええ、その予定です」
「なるほど。あなたがたが偉大な五体のドラゴンに関わっていることは知っています。いくつか関連する情報が入っているのでお知らせしようと思ったのです」
「それは大変助かります」イリスレーアが頭を下げる。
「とうにご存じの話かもしれませんが」ラスムス王はそう前置きして話を始める。「焔のドラゴンが成竜になって我が国北東の深い山の中に戻りました。四日ほど前の話です」
「なるほど」
焔のドラゴンは成竜になってからはその辺りに棲むのか。それは知らなかった。
「それからこれは確証が取れていないのですが」ラスムス王は少し声をひそめた。「ハーフルトのラ・ヴァッレ王が偉大な五体のドラゴンの一体を手にした、という情報があります」
「偉大な五体のドラゴンを?」
焔ではないし、白銀でもないだろう。あと可能性があるのは青嵐や大地、輝のどれかか。どれにしてもそんな簡単に手にできるようなものではない。
「はい、それゆえなのでしょうが、ラ・ヴァッレ王がシュタールとの開戦に踏み切るのも時間の問題のようです」
「ドラゴンの力を戦争に?」
「と思われます」
だとしたら大ごとだ。
「分かりました。こちらでも調べてみます」
「ルベルドーが間に入って戦争を止めようとしていますが抑えるのは難しそうです」
「時間がないんですね」イリスレーアが頷く。
「両国が戦争に突入すれば周辺にも多大な影響が出ましょう。アンハレルトナークのお力もぜひお借りできればと」
「分かりました。すぐに父に伝えます」
「エスト、聞いていたわよね?」
「はい」
ラスムス王が帰っていくと、イリスレーアは上着を渡しながらエストに尋ねた。
「国元はこの話を掴んでるかしら?」
「私は聞いておりません。恐らく王もご存知ないのではないかと」
「ハーフルトには多くの諜報が入っているはずだけど」
「姫様もご存知の通り、海上での出来事には弱い面があります。本当なら上手く隠されたというべきでしょう」
「そうね」イリスレーアは少し考え込んでエストに命じる。
「エスト、悪いけどすぐにアンハレルトナークに戻ってお父様に報告してくれる? 私が判断するには事が大きすぎるわ」
「ご賢明です。すぐに飛びましょう。三日後までには戻るか、あるいは何らかの形で対応をお知らせします」
「ええ、よろしく頼むわ」
イリスがラスムスに着きました。
続きは明日です。




