第七十六話 四十四日目 フェーディーン北部からフェヴローニヤ 天気曇り
私たち、つまり私とトールヴァルド、エサイアスの三人はちょっと場所を移動し、座るのに良さげな岩を探して腰掛けた。
「ふう」私は思わず息を吐いた。
「ほい、これを飲め」
トールヴァルドが炒れてくれたお茶に口を付ける。生き返った気分だ。
「エサイアスも飲むかい?」
「もらおう」
エサイアスもお茶を飲む。ちょっと雰囲気が柔らかくなったような気がする。
「我が焔に会ったのは四日ほど前のことだ。北の山脈の上空をふらふらと飛んでいた」
「四日前……。あのアンハレルトナークでの件が六日前ですから、その翌々日ですね」
「目もはっきり見えてないようだったが、かろうじて我と分かったようだった。いったん山に降りて話を聞いた」
「話はちゃんとできていましたか?」
「なんとかな。急激に膨大な魔力を吸ったので、段階を経ずにいきなり成竜になるしかなった、と言っていた」
「いきなり成竜になって大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではない。中身もないまま膨らんだようなものだ。骨も肉もでき上がらねば体を支えることはできぬ。それゆえ我らは時間を掛けて幼生から成竜になるのだ」
よく分からないけどいい状態では内容だ。
「それなら魔力を吐き出して体を小さくできないんですか?」
「クク、我らは魔法使いではないからな」エサイアスが小さく笑う。「自由に魔力を吸ったり吐いたりはできぬ。だが焔は他のドラゴンとは異なるゆえ、もしかすると魔力を排出する手段があるかもしれぬ」
「吸収、ですよね」
「うむ。焔の特性だ。吸収するからには何かに使うか捨てるかしているのだと思うが、そこまでは分からん」
なるほど、アーシェだけの特性だったのか。それよりも治し方だ。
「それでアーシェはどうなるんですか? 治るんですか?」
「うむ。完全に治せるかどうかまでの確信はないのだが、一つ方法を知っておる」
「なんですか?」
「幼生として生まれた場所で静養することだ」
「転生した場所……」
アーシェが生まれた場所はヴィスロウジロヴァー山だ。
「そうだ。我らが転生する場所はそれぞれ異なる。その場所は転生のための力を得られるところなのだ」
「傷を癒やす力もあるんですか?」
「うむ。実は我も昔一度試したことがあるのだ。傷を負ったときにな」
青嵐のドラゴンを傷つけられそうな者がいるとは考えられないけど、それはともかく実際に癒やしたというならそういう力はあるんだろう。
「でもどうやってヴィスロウジロヴァー山まで連れて行くんだ? アーシェは今中央アポロニア山脈の東にいるんだろ?」トールヴァルドが首をかしげる。
「その心配は不要だ、女海賊よ。我が運べば良いのだ。焔が体の大きさを変えられないのだとしても、我のほうはどうにでもなる。背中に乗せて飛べば良い」
「なるほど」
「実はその六日前に会った時にも我が乗せていくゆえ転生した山で静養したらどうかと提案したのだ。だが焔はそれを聞かず、東に行ってしまったのだ」
「そうだったんですか」
「ゆえにレティシア、そなたが一緒に行って、ともに行くように説得せよ。そうでなければ奴は動かぬ」
「もちろん行きますよ」
私は即答する。行かない理由がない。私はトールヴァルドに言う。
「明日の朝、フェヴローニヤに行ってアマリアがいればフィクスとシルックの動向を聞きましょう。それで、トールヴァルドは船に戻ってください」
「一人で行くつもりか?」
「ええ、トールヴァルドは船でバルテルスに向かってください。大丈夫ですよ、一人じゃありません。エサイアスがいますし」
そうは言ってもトールヴァルドは心配そうだ。
「そもそもレティシアはこの状況でフェヴローニヤに寄っても大丈夫なのか?」
「あ……」
そういえば先ほどの件でフェーディーン軍の兵士には結構顔を見られてしまった。
「でも別にフェーディーンに敵対したわけでもありませんし……、それにアマリアに会うだけですからそんなに時間も掛かりませんよ、たぶん」
「たぶん、なぁ……」
「騒ぎになっちゃったら逃げれば大丈夫です。というわけで、エサイアス。明朝少しだけフェヴローニヤに寄ってからアーシェのところに行くって感じでも良いですか?」
「うむ、分かった」
「トールヴァルドも良いですね?」
「まぁ仕方ないな。その方向でいってみよう」
翌朝、日が昇ってくるとすぐに私たちはフェヴローニヤに移動した。昨日の今日だけどとくに混乱していることはなさそうだ。
「我はここで待っている」
フェヴローニヤに着くと、エサイアスは人混みが嫌いとのことなので西門前の広場で待っていると言った。
「分かりました。なるべく早く戻りますね」
とりあえず泊まっていた宿のほうに向かって歩いて行く。まだ朝は早いが人は結構出ている。
「あそこですよね」
「ああ、そうだな」
前に泊まっていた宿屋だ。アマリアが泊まっているか確認しようと思ったら、通りの向こうから女性が駆けてきた。アマリアだ。
「アマリアさん」
「ああ、よかった。西門であなたがたらしき人を見かけたと聞いて急いで来たんです」アマリアは肩で息をする。
「会えてよかったです。フィクスとシルックはどうなりましたか?」
「はい。ちょっとそこの喫茶店に入っても良いですか?」アマリアがすぐそこの店を指さす。
「そうですね。入りましょう」
喫茶店に入るとアマリアは頼んだお茶を一気に飲み干した。よっぽど急いでくれたようだ。
「ふう。あの少年、アーシェ君は一緒ではないんですか?」
「あ、ああ」トールヴァルドが答える。「ちょっと事情があって別行動なんだ」
「そうですか」
それほど興味はなさそうで、アマリアはフィクスとシルックのことを話してくれた。シアーノの村で発見して、そこからナサリオに行って、今はシーグバーンに戻っていると。
「東側の村にいるとは思ってませんでした」
「そうですよね。青嵐のドラゴンの方に逃げるとは思いませんものね。でも怪我もたいしたことなかったので、今は元気でシーグバーンにいるはずです」
「よかったです。アマリアさん、ありがとうございました」
「いえいえ、昔の仲間ですしね」アマリアがふんわり微笑む。「そう言えばお二人もシーグバーンに向かうのですよね?」
「えーと……」
「私はシーグバーンに向かうが、レティシアは別行動だ」言いよどむ私の言葉をトールヴァルドが引き取った。「ちょっと予定が変わってな」
「そうですか」
アマリアはちょっと考えてトールヴァルドに言う。
「ではトールヴァルドさん、良ければ馬車をご一緒しませんか? 高速な馬車を手配できますから二日もあればシーグバーンに着きますよ」
「ああ、それは助かるが、良いのか?」
「私もシーグバーンを経由してドンカークに帰りますので。では馬車を手配してきますね。後ほど南門広場でお会いしましょう」
「ああ、ありがとう」
アマリアが席を立っていった。
「とりあえず二人が無事で良かったです。色々とよろしくお願いしますね、トールヴァルド」
「ああ、任せておけ。バルテルスで待つよ、といってもそっちのが早いかもな」
「どうですかねぇ」
バルヴィーンの南を回るルートだと十日ほどの船旅でバルテルスまでは着くだろうとのことだ。こちらはここから山脈の東まで行ってアーシェを探して、それからヴィスロウジロヴァー山に向かうことになる。順調にいけば同じくらいのタイミングで着くかな?
「まぁレティシアのことだ。順調には進まないだろうけどな」と言ってトールヴァルドが笑う。
「私はいつでも予定通りに進もうと思ってるんですよ」
でも状況の方がそうさせてくれないのだ。
「万一予定が大幅に変わるようなことがあって連絡が取れないなら、私たちはバルテルスの後はスティーナに向かうつもりだ。その予定だけ頭に入れて置いてくれればいい」
「そうですね。イリスと合流しないといけませんからね」
喫茶店の前で別れて、トールヴァルドは南門広場へ、私は西門広場に向かう。
思えば多い時には六人、いやベアトリスの船員たちも含めれば数十人の仲間と旅をしていたのに、また一人に戻ってしまった。ちょっと寂しさを感じるが、そこでエサイアスが待っているはずだ。
西門広場に戻ると、門の側で座っていたエサイアスが私が戻ったのを気付いたように立ち上がる姿が見えた。こりゃ「遅い」と叱られるかと思って駆け出そうとした刹那、
「レティシア様!」と大きな声で呼び止められた。
嫌な予感を背筋に感じながら振り向くと、何人かの騎士がこちらに駆けてくる。真ん中の一人は昨日見たベルトラン王子だ。
ベルトランとその護衛であろう騎士たちは私の前に来ると跪いた。「レティシア様、フェヴローニヤにようこそ。我が王がぜひレティシア様にお目に掛かりたいと申しております。城へお運びいただけませんでしょうか?」
ええええ……。
振り返ってエサイアスの方をチラッと見ると、諦めたように再び門の脇に座った。行ってこいってことかな。
ベルトランの大声のおかげで私たちの周りを市民たちが取り囲み始めている。うだうだしていると面倒なことになりそうなので城に行くことにする。
「分かりました、ベルトラン。案内してください」
ちょっとだけ寄るつもりがちょっとでは済まなくなりそうです。
続きは明日です。




