第七十五話 四十四日目 フェーディーンとオースルンドの国境付近 天気曇り
「レティシアといると飽きないよな」
「……私のせいじゃないです」
私は飛行魔法にトールヴァルドを乗せて北へ急ぐ。戦争を止めるならすでに陣を張っているフェーディーンよりも、まだ進軍中のオースルンドの方が先だ。
「本当に大丈夫なのか?」トールヴァルドが心配顔で私に聞く。
「はい。説得っていっても結局は脅すようなものですから」
「カッカッ。空にドラゴンを見せながらそれでも戦うかって聞けばそりゃ逃げ出すわな」
「そういうことです」
フェーディーンもオースルンドも前回痛い目に遭っているのだ。青嵐のドラゴンの恐ろしさは身に沁みてるだろう。
「でもよく青嵐のドラゴンが乗ってくれたよな。結局脅しじゃないのかって言われるんじゃないかとハラハラしたぜ」
「青嵐のドラゴンだって本当は人を殺したくないんだと思いますよ。ただプライドというか誇り的に自分が説得するのは嫌だってだけで」
「そうかあ?」
「そうですよ。たぶん暴れてくると言えば私が止めると思ったんじゃないですかね。話に乗ってあげたのは私の方ですよ」
「カッカッカッ。面白い考え方だな」
視界にオースルンド軍が見えてきた。あと少し進めば戦いが始まってしまうくらいのところまで来ている。間に合って良かった。
「敵の大将はどこですかね?」
「大将? 司令官なら行軍の真ん中か後ろかだろうな。あ、あそこだ。旗が見えるだろ?」
トールヴァルドが指さすあたりに大きな旗を何本も掲げている部隊が見える。
「トールヴァルド、あの目の前に降ります。兵が押し寄せてきたら蹴散らしてくださいね」
「ああ、分かった。どうするんだ?」
「ひと演説ぶちますよ」
「レティシアが?」
「マント貸してください」
私はトールヴァルドからマントを借りると飛行魔法を急降下させ、司令官部隊の目前に降りた。
「何者だ!?」
兵士が私たちを取り囲んで剣やら槍を向ける。部隊は行軍を停止して、慌ただしく兵が動き出した。連絡したりしているんだろう。よく分からないけど。
「聞け! オースルンド軍よ!」
大声にはあまり自信ないんだけど、私が目一杯声を張ると周囲のざわつきが収まり、注目が集まる。
「私はラスムスの魔女、レティシア・ローゼンブラードだ!」
名乗ったのに静寂だ。疑ってるのか次のセリフを待ってるのかあるいは私が舞い上がりすぎていて周りの声が聞こえないだけなのかよく分からない。
「オースルンド軍よ! 司令官に話がある!」
目の前の部隊がざわついたかと思うと、兵の群れが左右に割れ、その間を一人の大柄な騎士がこちらに歩いてくる。司令官かな?
「オースルンド騎士団のヴェイセルだ」私の前に立った騎士が名乗った。「我らの行軍を止めるとは何用か? ふざけた用なら許さぬぞ」
私は空を指さす。と同時に上空の雲の間から巨大なドラゴンが姿を見せた。青嵐のドラゴンだ。ナイスタイミング!
途端に周囲から驚愕やら悲鳴ともつかない声が上がる。一目散に逃げ出す兵も見える。効果は抜群だ。
「私は青嵐のドラゴンから遣わされた」私はことさら重々しく言う。
「な、なんだというのだ!」ヴェイセルは浮き足立っている。
「すぐに行軍を止め、引き返せ」
「なんだと!?」
「引き返さなければ先日と同じ悲劇がその方らを襲うだろう」
「な、な――」
その時上空の青嵐のドラゴンが咆吼を上げた。耳をつんざく雄叫びにすでに目の前の部隊だけでなく、周囲の部隊も崩れ始めた
「戻って王に伝えよ。この地は青嵐のドラゴンが棲む土地だ。古来争いごとは持ち込まぬことになっていたはず、とな」
「く、こ、このまま戻ればドラゴンは我らを見逃してくれるのか!?」
「うむ。そして二度とこの地に争いを持ち込むな。必ず王に伝えよ」
ヴェイセルは何度も頷き、部隊のほうを振り返ると「全軍退却!」と命じ、自らも駆けていった。
もっとも彼が退却を命じる前にすでに他の部隊は崩れるように逃げ始めている。私とトールヴァルドは北へ逃げ帰っていく大軍を見守っていたが、ほんの数分もすると目の前からはすべての兵が逃げ去っていた。
「逃げ足早いですねぇ」
「剣も鎧も捨てて行ったやつが多いみたいだな」
辺り一面に剣や鎧が散らばっている。戦ってもないのに敗走したかのような状態だ。
「降りてくるぞ」
トールヴァルドが空を見上げて言う。青嵐のドラゴンが降りてくる。羽ばたきの風圧に飛ばされそうになる私をトールヴァルドが支える。青嵐のドラゴンは着地すると私に言う。
「見事だな。これで戦争は回避したというわけか」
「まだですよ。これからフェーディーン軍のほうにも行かないと」
「ほう、あちらも脅しておくのか」
「向こうはすでにあなたの姿が見えてるでしょうから、このまま行きますよ」
私は飛行魔法を出し、トールヴァルドを乗せて南に向かう。後ろを低空飛行で青嵐のドラゴンがついてくる。
フェーディーン軍のほうはすでに陣を敷いていたが、私たちが近づいていくと明らかに両端のほうから陣が崩れていく。兵士が逃げ始めているのだろう。
私は飛行魔法を降下させ、地に立った。私の後方に青嵐のドラゴンも降り立った。地面が大きく揺れた。
「私はレティシア・ローゼンブラードだ! フェーディーン軍の司令官に話がある!」声を張る私。おそらく明日はさぞ声が枯れてることだろう。
陣の中央から一人の騎士が進み出てきた。彼の後ろには騎士が付き従っているが、みな腰が引けている。それはそうだ。今私の後ろには巨大なドラゴンが鎮座しているのだ。近付くだけでも恐ろしいに違いない。
「私がフェーディーンの第三王子ベルトランだ。王より軍の指揮を任されている」
ベルトランが私の前に立った。ドラゴンにおびえている様子は見て取れないけど、王族は感情を表情を出さないものだから本当のところは分からない。
「青嵐のドラゴンに代わり伝える。ただちに軍を返すべし。ここは青嵐のドラゴンの棲む場所である」私は精一杯威厳のあるように言う。
「ラスムスの魔女よ。青嵐のドラゴンに伝えて欲しい。我らは侵略するためではなく、祖国を守るために陣を張ったのだと。住処を荒らすためではない」
「それは分かっている。すでにオースルンド軍は逃げ散った」
「それはそうだが――」
「聞け、ベルトラン」私はベルトランの言葉を遮って続ける。「ここでの争いが禁忌であること、王族であるそなたが知らぬとは言わせぬ。戻って王に伝えよ。オースルンドともエールヴァールとも争うことを止めよ」
私がそう言って、ベルトランが何かを言うとした時、青嵐のドラゴンが雄叫びを上げた。本当は私もびっくりしたけど顔には出さずに済んだ。でもフェーディーン軍のほうは大勢の兵が今の雄叫びで逃げ出し始めた。
「青嵐のドラゴンも我慢の限界だと言っている。今後また争いを起こせば、先日以上の悲劇がそなたらに降りかかることになるだろう」
「わ、分かりました」
ベルトランと護衛の騎士たちが転げるように下がっていく。そしてオースルンド軍同様、あっという間に退却していった。
「お疲れさん」トールヴァルドが私の肩を叩く。
「疲れました……」
慣れないことをすると疲労感も半端ではない。
青嵐のドラゴンが光に包まれ、また少年に変化した。
「これで当分争いごとはないと思いますよ、青嵐のドラゴンさん」
「エサイアスでよい」
「はい?」
「名だ。いちいちドラゴンと言われても面倒だ」
なんだかちょっと照れているようにも見えるが、これがツンデレとかいうやつなんだろうか。
「分かりました、エサイアス。じゃあさっそくアーシェを救う手段について教えてください」
フェーディーンとオースルンドの戦争を回避しました。
続きは明日です。




