第七十三話 ユニオール暦八百七十三年七月二十九日 シーグバーン 天気曇り
シーグバーンに戻るとフィクスとシルックはまず港へ向かった。トールヴァルドの海賊船ベアトリスが帰港しているかを確かめるためだ。
「おぉ、戻ってるじゃないか」
停泊しているベアトリスを見付け、埠頭に向かう。
「フィクスさん!」ベアトリスの乗組員の男が駆け寄ってくる。「お帰りなさい。シルックさんもお疲れ様」
「ああ、ただいま。トールヴァルドたちは戻ってるかい?」
「え? ご一緒じゃないんですか?」
「ああ、途中で別行動になったんだが」
「そうですか……。とにかく副官も待ってますので乗船ください」
乗船して食堂に向かうと、見知った船員たちが迎えてくれた。だが、トールヴァルドが一緒ではないことを知ると皆ガッカリした表情を浮かべる。
「どのような行動だったか教えてもらえますか?」トールヴァルドの副官のアードラーがフィクスに尋ねる。
「うん。モレナールまでは一緒だったんだけど――」
フィクスが知っている限りの状況を話すとアードラーは頷き、壁にある地図を見た。
「なるほど。もし三人がアンハレルトナークまで行ったとすれば帰還が遅れていても不思議ではありませんね」
「うん、騒動があったのが二十三日だからもう六日経っている。山脈の南には戻ってると思う」
「そうですね」
「フェーディーンとオースルンドの戦争が再開しそうなので僕たちは先に戻ってきたが、あの三人なら上手く避けて戻ってくるさ」
「私もそう思います。ただ、念の為リューディアの方にも偵察を出しておきましょう」
とりあえずフィクスとシルックは船室に荷物を置いた。そんなに長く乗っていたわけでもないのに、それにそんなに長く離れていたわけでもないのに不思議と懐かしい感じがする。
「これはシルックの本な」
フィクスが荷物から本を出してシルックに渡した。ニーロラ借りた本が五冊だ。医学やら歴史、軍事など、手にするだけで頭が痛くなりそうな本ばかりだが、シルックは無表情ながらも嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます」
本を受け取るとさっそく読み出すシルック。
「僕は船内をうろついて来るよ」
「いってらっしゃい」
船内をぶらぶらすると船員たちが声を掛けてくれる。乗っていた間にいろいろと手伝ったり働いたりしたのでベアトリスの船員とはすでにほとんど顔見知りだ。
「手伝おう」
甲板に上がるとベアトリスの専属料理人アマドルが大きな荷物を運び込んでいた。
「お、フィクスさん! ありがとうございます」
「ずいぶん荷物が多いな。食材かい?」
「ええ」アマドルはニッと笑う。「アーシェがたくさん食べるんで余計に積み込まないと足りなくなりますからね!」
「違いない」フィクスも笑う。
日が沈んでもその日はレティたちが帰ってくる様子はなかった。食堂で船員たちと食事をとっているとアードラーが話しかけてきた。
「フィクスさん、シルックさんは?」
「ああ、船室で読書中だよ」
「そうですか」アードラーが空いていたフィクスの隣の席に座る。「食事中にすみません。ちょっと話をしてもいいですか」
「ああ、いいよ」
周りの船員たちが席を外そうとするとアードラーはそれを制してフィクスに話し始める。
「秘密にするような話ではありません。どうやらフェーディーンとオースルンドの戦争が本格的に再開するようです」
「やはりそうか」
「ええ、私たちはこちらに情報網を持たないので詳しくは分からないのですが、両国の国境付近ですでに始まっていてもおかしくないということです」
「なるほど」
となると心配なのは青嵐のドラゴンだ。先日のように戦争に反応して現れると大きな被害が出るだろうし、レティシアたちが心配だ。
「今フェヴローニヤまでは偵察を出しています。ただその先までの情報を得るのは私たちには難しいところです」
「分かった。僕の方でも少し調べてみるよ」
ナサリオのニーラロの手の者がここシーグバーンにもいるはずだ。フェヴローニヤにはアマリアがいるし、連絡を取れる体制になっているに違いない。
「今回はエールヴァールの援軍もフェーディーンに付いています。先日のような一方的にオースルンド優勢ということもないでしょう」
「そうだね。オースルンドにはレッジアスカールックが付いているだろうが、長い戦争になりそうだな」
夕食後フィクスはベアトリスを降り、シーグバーンの町中を歩いた。別に散歩ではない。
「あれだな」
大通りから一本入った道沿いにある、看板も出ていない一軒の建物にフィクスは見覚えがあった。アルフシュトレーム商会が存在していた時にシーグバーン支店だった建物だ。
「お邪魔するよ」
フィクスが扉をノックして中に入ると内装は昔のままだ。いくつかのテーブルに椅子、壁には書棚が並び、商会時代を思い出させる。
椅子に腰掛けていた一人の若い女性が立ち上がりフィクスに問い掛ける。
「あら? どちらかとお間違いではありませんか? こちらはお店ではありませんよ」
「いや、僕はフィクスだ」フィクスがニーロラから預かった手紙を渡しながら言う。「君はニーラロのところで働いているのかい?」
「あら、フィクスさんでしたか。ニーラロさんから聞いています」
手紙を確認した女性が警戒を解いてフィクスに席を勧める。
「汚いままですみません。もうこの建物はほとんど使ってませんので」お茶を出してくれながら女性が言う。
「解散して五年だからね」フィクスがお茶をひと口飲んで続ける。「君は?」
「私のことはアイラとでも呼んでください。商会時代はニーラロさんの下で働いていました」
「そうか、ではアイラ。フェヴローニヤからは何か入ってないかい?」
「いえ、まだ何も入ってませんね」
「そうか。ところで、戦争が再開するらしいね」
「はい。そちらの情報なら少し入ってます。ナサリオからはすでに軍が南下を始めていますし、フェーディーン軍もエールヴァール軍とともに国境に向かっています。開戦はおそらく明日だと見られています」
「明日か……」
「緒戦はおそらくオースルンドが制すると思われますが、フェーディーンからは二陣、三陣がすでに動いていますので前回のようにはいかないだろうというのがニーラロさんの見立てです」
「激しい戦いになるな」
「はい。フェーディーンのベルトラン王子が前回の雪辱を晴らさんとかなり意気込んでいるようですね」
フェーディーンの第三王子ベルトランは前回の戦いで何もできなかったことを大いに恥じ、オースルンドを打ち破らんと燃えているそうだ。
「そうか。青嵐のドラゴンについては何か掴んでないか?」
「はい、ここのところは空にも姿を見掛けませんね。もっとも最近は見掛けない日も多いそうです」
「どこかに行っていたりするのかな?」
「さすがにそこまでは分かりませんね」アイラは肩をすくめる。「ただ先日のフェヴローニヤのようなことはこれまでの記録にはありません。偉大な五体のドラゴンが人を襲うなんて……」
「戦争に反応したのであれば今回も何かあるかもしれない」
「はい。兵士たちの中にもそう考える者が多いと聞いています。暮らしている場所で戦争を始めたことに青嵐のドラゴンが怒ったのだと」
「戦争はともかく、また青嵐のドラゴンが現れると大ごとだ。そうならないように祈るしかないな」
戦争の行方には興味はないが人死が多く出るような状況はフィクスも好きではない。
レティたちが巻き込まれるのが心配といえば心配なところではあるものの、青嵐のドラゴンと出会ったとしてもアーシェがいればいきなりブレスということはないだろう。
そう思いながらも不安が胸から消えないフィクスだった。
フィクスとシルックは船に戻りました。
続きは明日の昼頃です。




