第七十二話 四十三日目 ヴァーニャ山 天気曇り
「なるほど。飛び去ってしまったか」
「はい……」
ヴァーニャ山に着いた私とトールヴァルドは白銀のドラゴンが棲む洞窟に行き、アーシェのことを話した。
「なんか悪い魔力を吸収しちゃっておかしくなるみたいなこともあるんでしょうか?」
「いや、魔力自体には良いも悪いもない。属性の違いがあるだけだ。アンシェリークにとって水や氷属性の魔力は良くないが、その話では水でも氷でもなさそうだな」白銀のドラゴンが言う。
あの時大きな魔法陣の中で光っていたのは赤緑黄色だった。青や白の光はなかった。
「焔のドラゴンはどこに棲んでいるんだ? 私たちが会いに行っちゃマズいかな?」トールヴァルドが白銀に尋ねる。
「ふむ……」白銀がちょっと考え込む。「アンシェリークは中央アポロニア山脈の東側、そなたたちの言うラスムスとアンハレルトナークの境あたりに棲んでいる」
「そんなに遠くないですね」
「だが山はとても深く、険しい。空からでも見付けるのは難しいだろう」
中央アポロニア山脈の東側は高い山が密集していて人が立ち入るのは難しいところらしい。
「それにそなたたちのことが分からなかったのだろう? いきなり行くのは危険だ」
「そうかもしれませんね……」
たしかにあの状態のアーシェに会っても話は難しいだろう。
「何か良い方法はありませんか?」
「ふむ……」
白銀が考え込む。治療のことで彼以上に詳しいものはいないはずだ。私たちは白銀の答えを待つ。一分ほど考え込んで白銀が口を開いた。
「極めて特殊な例なので確たることは言えぬが、おそらく翼の傷と相まって良くない作用が働いているのだと思う。これを解決するには大地の知恵が必要だ」
「大地……、大地のドラゴンですか?」
「そうだ。大地ならば解決の方法を知っているかもしれぬ」
「大地のドラゴンはどこにいるんですか?」
「それは分からぬ」白銀は首を振った。「知識を求めて世界を旅しているのだ。一定の場所には長く留まらぬ」
「そうですか……」
そう言えばアーシェも大地のドラゴンについては同じようなことを言っていた。そしていずれ会うだろう、と。
「うむ。探さぬでもいずれ出会うであろう。大地はそういう奴だからな」
「じゃあ待つしかないんですね……」
慌てても仕方のないことだとは分かっているが、心配する気持ちは簡単には晴れない。でもとりあえずは待つしかないと無理矢理納得する以外になさそうだ。
「ところで、前に会った時に聞くのを忘れてたんだけど、青嵐のドラゴンがフェヴローニヤで暴れた件については何か知らないか?」アーシェの話が一段落したところでトールヴァルドが白銀に聞く。
「うむ。我も聞いた。困ったものではある」
「困った?」
「青嵐はもともと気が短くてな。相当にイライラしていた」
「イライラで攻撃されては人間は堪らんな」
「そうだな。だが本来あの地域、そなたたちがフェーディーンと呼ぶあたりの荒野は争いごとが禁じられているはずなのだ」
「そうなのか?」
「うむ。古来、ドラゴンの棲む場所での争いごとは禁忌とされていたのだ。長い時を経て人間は忘れてしまったのだろうな」
「あの辺、とくに南の方は始終戦争が起きてるはずだが……」
「青嵐も我慢しておったのだろう。それが爆発したようなものだな」
怒りがピークに達したのか。だとするとこれ以上フェーディーンとオースルンドの戦いが続くととんでもないことになりそうだ。
「イライラには何か原因があるのか?」
「うむ……」白銀が考え込む。私たちに言うべきかどうかを考えているようだ。「そなたたちは知っておいた方が良いかもしれぬな。輝のドラゴンが行方不明なのだ」
「行方不明?」
「そうだ。青嵐はそれを人間の仕業と考えている」
「人間が輝のドラゴンを攫ったっていうのか?」
ドラゴンを攫うと聞いてすぐにクラウディアのことが頭に浮かんだ。
「真偽は分からぬ。だが青嵐はそう思っている」
「輝のドラゴンはどこで行方不明になったんだ?」
「それも分からぬ。輝は幼生から成竜になる時期だったのだ。幼生のときに消えたのか、成竜になっていたのかも分からぬ」
「なるほど。それも解決は容易じゃないな」
「そこまでそなたたちが背負う必要はないであろう」
でも私たちはすでに偉大な五体のドラゴンと深く関わってしまっている。それに、仮に輝のドラゴンを攫ったのがクラウディアだとしたらそれこそ見過ごせない。
「とはいっても、アーシェ以上に探すのは難しいですね」
「そうだな。本当に行方不明に人間が関わってるとすれば、偉大な五体のドラゴンの力を欲している奴は大勢いる。簡単には絞れん」
「そうなんですか?」
「ああ、クラウディアもそうだろうし、ハーフルトもアーシェを狙っていただろ? 他の大国だって同じだ」
「なるほど。そうですね」
クラウディアしか思い浮かばなかったが、たしかにハーフルトのクリストフェルも焔のドラゴンを探していた。同時に輝のドラゴンを探していたとしても不思議はない。
「輝のドラゴンってどんなやつなんだ?」
「輝は我らの中でも特殊でな」
「特殊?」
「我と焔、青嵐と大地が対の存在だという話を聞いたことがあるか?」
「そういやアーシェがそんなことを言ってたな」
「うむ。輝は他の四体、どのドラゴンとも好の関係なのだ」
「友好的ってことか?」
「友好とはちょっと違うな」白銀が言葉を探す。「別に対の関係とは言っても敵対しているわけではない。好の関係は相乗だな。強めあう関係なのだ」
「よく分からないな……。とにかく危険な存在ではないんだな?」
「うむ。危険はまったくない。それどころか輝単体ではなんの攻撃もできぬ」
ん? ということは……。
「じゃあ他のドラゴン、例えばアーシェと一緒にいるとアーシェの力を強めるってことですか?」
「そうだ」白銀が頷く。「ゆえに他のドラゴンと一緒の時のみ大変危険なのだ」
不思議な関係だ。でもこれでドラゴンの力を狙う者が輝のドラゴンの力も欲しておかしくないことは分かった。
「まぁとにかく輝のドラゴンについて私たちができることはなさそうだな」トールヴァルドが言う。「情報には気を付けてみるよ」
「そうだな。あまり我らに深い入りしないほうが良い。そもそも我らは人間の世界に関わらないように生きているのだ」
アーシェも同じことを言ってたな。
「ああ、それじゃ色々と世話になったな」
私たちは白銀から貰ったけど使わなかった薬の原料や触媒を返して、ヴァーニャ山を下りた。
白銀のドラゴンからいろいろ聞きました。
続きは明日です。




