第七十一話 ユニオール暦八百七十三年七月二十八日 ヴェードルンド 天気晴れ
「ふう」
クリストフェルは額の汗を拭った。なんで北なのにこんなに暑いんだろうと空を見上げれば真夏の空だ。
「これくらいでどうですかね? フランシス」
目の前に積まれているリーソヴの死骸の山を見上げながらユリシスが言う。
「これくらいあれば充分かもね」
ここはヴェードルンド中央部の荒野だ。周囲には村も町もない。昨日ここに到着するとフランシスはユリウス、クリストフェルに頼み事を発表した。それが「野生のリーソヴをたくさん狩ってきて」だった。リーソヴはこの地方に生息する大型の草食動物だ。草食でも気は荒く、人間が近づくと頭の二本の角で攻撃してくる。
「これが青嵐のドラゴンの好物、なんですね」
「ええ、そうなの。よく食べに来ているみたいよ」
「死骸でも大丈夫なんですかね?」
「それは分からないわ」あっけらかんとフランシスが言う。「早く来てくれないとこの暑さじゃ腐っちゃうね」
「……腐ったらどうしますかね?」
「やり直しね」
ユリウスががっくりと肩を落とす。
ほぼ丸一日リーソヴを狩り続けたのでさすがに二人とも疲れを隠せない。
「まさか狩りの真似事をする羽目になるとは思わなかったな」
「私も人間以外を攻撃したのは初めてです」
「そりゃ、言葉だけ聞くとなんか物騒だな」
そう言うクリストフェルもユリウス同様に人間以外に剣を向けたことはない。
嫌な時代だ。
クリストフェルは改めて思う。
「お、さっそく来たわよ」フランシスが南の方の空を指さす。「あなたたち二人は隠れていた方が良いかもよ?」
「そうだ――」
「いえ」ユリウスがクリストフェルの返事を遮る。「同席させてください。ドラゴンの話には興味があります」
「おい、ユリウス殿」
「大丈夫ですよ、クリストフェル殿。万一の時の逃げ足には自信があります」
「そういうレベルの相手ではないだろう」
みるみるうちに南の空に見えていた点が大きくなってきて、それがドラゴンの姿と分かる。体は薄緑色に輝いている。
「おーい」フランシスが無邪気に手を振る。
ドラゴンは三人とリーソヴの山の上空を何回か旋回すると、三人の前に地響きを立てて降りてきた。羽ばたきの風で飛ばされそうになるのをこらえながら、青嵐のドラゴンをしげしげと観察する。とにかく巨大だ。オールフェルドの城並の大きさだとクリストフェルは思った。
「何ごとかと思えば大地か。久しいな」青嵐のドラゴンの声が重々しく響く。
「久しぶりだね」
「そこの人間はなんだ?」
「私の友達よ。喋りにくいから小さくなってよ、エサイアス」
「うむ。その前にこれを食っていいか?」
「うん、ほっとくと腐るからね。食べて食べて」
青嵐のドラゴンが長い首を伸ばして、リーソヴの山に口を突っ込む。バリバリと音を立てて食べ始めると、あっという間に平らげてしまった。
「うむ。久々に食ったぞ」
そう言うと青嵐のドラゴンはモゴモゴと何か唱えた。すると巨大な体が光に包まれ、その光が収束して人間の形になった。少年だ。青い髪に緑色の瞳。目つきは鋭い。
「用とはなんだ」少年の姿になった青嵐のドラゴンがドカっと地面に座った。
「その様子だと輝はまだ見付かってないのね」フランシスが青嵐のドラゴンの前に座る。
「ああ」
青嵐のドラゴンが苦虫を噛みつぶしたような顔でクリストフェルとユリウスの方をチラッと見た。
「人間どもに捕まったに違いない。あいつはトロいんだ」
「それは否めないわね」フランシスが苦笑する。「あの娘は優しすぎるのよ」
「転生して十年ほどだ。成竜になったかならんかの頃のはずだ。そこを狙われたんだろうよ」
「まだ分からないけどね」
青嵐のドラゴンは相当イライラしているようだ。クリストフェルはここは黙っておかないと危険だと感じたが、空気を読まずにユリウスが話し掛ける。
「偉大な青嵐のドラゴン。私はユリウス・クライバーです。フランシス殿と旅をしています。ひとつお話させていただいてよろしいですか?」
「……なんだ」
「輝のドラゴンはフランシス殿と私たち二人が必ず見付けます。お任せいただけませんか?」
「……お前らがだと?」
「はい」
クリストフェルはハラハラしながら見守っているが、フランシスはニコニコしたままだ。
「輝のドラゴンがどこにいるのかはまだ分かりませんが、人間が関わっているのであればその片付けは私たち人間がしましょう」
「……できるのか?」
「アテはいくつかあります。そういうことをしそうな人間にも心当たりがあります」
「ならばそれを我に言え。すぐさま滅ぼしてくれる」青嵐のドラゴンの目が鋭く光る。
「それは困ります」ドラゴンの視線をものともせずユリウスが続ける。「あなたは強力すぎます。他のなんの罪もない人間にも被害が出てしまいます」
「フン、罪のない人間などいるものか」
フランシスが会話に割って入る。
「まあそう言わずに任せてよ。この二人は人間の世界に色々と通じているのよ。私たちが空から見てるだけでは分からないことも知ってるわ」
「……お前がそう言うなら任せてやってもよい。だがそんなには待てんぞ」
「大丈夫。ひと月もあれば状況は変わるわ」
「……いいだろう」
クリストフェルは胸を撫で下ろした。悠長なことをと怒られるかと思ったが、ドラゴンにとってのひと月は人間の一瞬みたいなものなのだろう。
「じゃあそういうことで」フランシスがにこやかに言う。
「フン、吉報を待っている」
そう言うと青嵐のドラゴンは再びドラゴンの姿に変化して飛び去っていった。
「ふう」青嵐のドラゴンが小さくなっていくのを見送るとクリストフェルが安堵のため息をついて座り込んだ。ユリウスも汗を拭っている。
「どういうつもりなのだ、ユリウス殿」
「どういうとは?」
「我々で見付けるなんて約束をしてしまって、見付けられなかったらどうするつもりだ?」
「見付ければいいのですよ」
しれっと言うユリウスにフランシスがにこやかに頷く。
「そうよ。見付けないとまた青嵐は暴れるわよ?」
「とはいっても……。心当たりとは誰のことだ? ユリウス殿」
「それはあなたも思っている通りですよ。まず思い当たるのはユニオールのクラウディア女王でしょう。焔のドラゴンを攫おうとしていた彼女です。ドラゴンを使って何かをしたいのでしょうからね」
「うむ……」
「他にもいますよ。シルヴェンノイネンは輝のドラゴンの存在を知っていてもおかしくありません。手に入れたいと思っても不思議ありません」
輝のドラゴンは普段はシルヴェンノイネンで暮らしていると言っていた。あの王ならやりかねないとクリストフェルは思った。
「レッジアスカールックやメジェンツなどもドラゴンの力を手に入れて野望を達したいと思っているかもしれません」
「それはそうだが……」
「それにハーフルトやシュタールも例外ではありませんよ。なにせ焔のドラゴンを探しているのは私たちの国も同じです」
「……その通りだな」
争いの絶えない時代だ。偉大な五体のドラゴンの力を手に入れたいと考える国はいくつもあるだろう。クリストフェルは暗澹たる気持ちになった。
「心当たりが多すぎないか? ひと月で突き止めるのは容易ではあるまい」
「その通りです」ユリウスが頷く。「だから知恵を絞りましょう。私たちにはこの世界の知識を司る大地のドラゴン、フランシス殿が付いているではありませんか」
「そうね。考えましょう」フランシスが立ち上がった。「ひとまず近くの村まで移動しましょ。二人とも疲れたでしょ」
青嵐のドラゴンでした。
続きは明日です。




