第七十話 四十一日目 アンハレルトナーク城 天気晴れ
「準備は万端だな」
「ええ、忘れ物もありませんよ」
今日私たちはヴァーラの町を出発する。三日も休養したおかげで体調はバッチリ、魔力も十分だ。
「準備はどう?」
扉を開けてイリスが入ってきた。イリスも今日、クリスティーナとともにラスムスに旅立つことになっている。
「完璧ですよ」
「そう、よかった」
イリスが椅子に腰掛けてちょっと息を吐いた。
「疲れてますね? 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」イリスが微笑む。「私もやっと出国できるから本当に良かったわ」
どうやらたまに帰国すると両親はもとより兄たちや親族たちも次々と面会を申し込んでくるのだそうだ。ゆっくりしているどころではなかったらしい。
「カッカッカッ、可愛がられてて良いことじゃないか」トールヴァルドが笑う。
「まぁそうなんだけどね」
イリスが苦笑して、そして真面目な顔になって私たちに言う。
「二人はシーグバーンに向かうのよね?」
「ああ、そうだ。途中でヴァーニャ山に寄って、白銀に会うつもりではあるけど、そこからは町にも村にも寄らずにシーグバーンだ」
「分かったわ。一つ情報が来たので伝えておくわね」
「お、なんだ?」
「クリストフェル・オールフェルドとユリウス・クライバーがアンハレルトナークに来ているわ」
「え!?」
思わず立ち上がってしまい、ハッと気付くとトールヴァルドがニヤニヤと私の顔を見ていた。私は何ごともなかったようにまた座った。
それにしてもユリウスがここに来ているとは知らなかった。何用だろう。
「といっても、ヴァーラにいたのは昨日の話で、西に向かったそうよ」
「西か……。ユニオールかヴェードルンドか?」トールヴァルドが考え込む。「二人は一緒なのか? 繋がりがあるようには思えんが」
「そう、ハーフルトの南方艦隊司令とシュタールの騎士だものね。しかも少女と一緒だったという情報よ」
「少女?」
「ええ、素性までは掴めなかったわ。三人の会話も聴けなかったみたい」
「そりゃ騎士の会話を盗み聞きするのは無理だろう」トールヴァルドが頷く。
エールヴァールの首都モレナールで別れて以降の話はこの休養中にイリスにしてある。余計なことに、ユリウスが私にプロポーズした話までトールヴァルドはしてしまったいた。
「残念だけど、レティに会いに来たわけではないようよ」イリスがニッと笑う。
イリスもこの手の話が好きのようだ。女の子だもんね。でも私は華麗にスルーする。
「……それは良いんですけど、クリストフェルさんはちょっと前にアンハレルトナーク王に会いに来たんですよね? また来たってことですか?」
「そうね。いったんはアンハレルトナークを出国したはずなんだけどまた戻ってきたみたい。目的は分からないわ」
「もしかして、ユリウスと二人でクラウディアを倒そうっていうんじゃないか?」トールヴァルドが言う。
「そんな無茶な!」
「まぁそう言ってもな、レティシア。クリストフェルはクラウディアを相当に危険視している。ユリウスはレティシアのためにその障害となるクラウディアを除こうとして、そんで、二人で組んだとしてもおかしくはないだろ?」
「それはそうかもしれませんが……」
ちょっと無理矢理だし、それに危険すぎる。今回対峙してみて改めて感じたが、クラウディアの古代魔法は尋常な強さではない。クリスティーナの不意打ちでなんとか撃退できた形だけど、普通に戦っても倒し切るのは難しいだろう。
「でも、それだと少女がいる理由が分からないわ。どうやらヴァーラで待ち合わせていたような気配もあるみたいなの」
「ものすごい魔法使いとかじゃないのか?」
「七、八歳くらいの少女だそうよ。剣を振るえるような体格でもなければ、魔力も感じなかったようよ」
「なるほど。よく分からんなぁ」
トールヴァルドが考え込む。私もどうも他の理由があるように感じるけど、情報が少なすぎて分からない。
「でね、この話をしたのは、二人はこの話を気にせずに、シーグバーンに向かって欲しいって言いたかったからなの」イリスが真面目な顔で私たちに言う。「どうもレティの旅は予定通りにいかないのが普通みたいになってるからね」
「そう言えばそうですね」
ある程度予定を立ててもその通りに進んだ試しがない。でも私のせいじゃないよ。
「この不可解な三人組はアンハレルトナークで後を付けているから、心配せずに南下して」
「カッカッカッ、それなら言わない方が良かったんじゃないのか?」
「いえ、私が言わなくてもいずれあなたたちの耳に入るかもしれないし、耳に入れば気になって行き先を変えかねないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「だから事前に言っておいたほうがいいと思ってね」イリスがフッと息を抜いて微笑んだ。「バルヴィーン経由でスティーナに向かって。私はまた二人と一緒に旅をしたいわ」
「私もですよ、イリス」
「ああ、そうだな」
三人でなんとなくホンワカした気持ちになったところで扉がノックされて、今度はクリスティーナが入ってきた。
「イリスレーア姫、わたくしも準備が整いましたわ」
「ああ、分かったわ。そろそろ出発ね」
クリスティーナもすっかり旅支度だ。ここヴァーラからラスムスまでは高速馬車でも六日ほども掛かるそうだ。本来なら飛行魔法で帰りたいところだろうけど、アンハレルトナーク王からいろいろ荷物を持たされているようだし、イリス以外にも何名も護衛が付くそうで、クリスティーナはかえって大変だろう。
「レティシア、トールヴァルド。わたくしはひとまずラスムスへ帰ります。いろいろとお世話になりましたわね」
「いや、こっちこそ助かったよ。またどこかで会うこともあるだろう」トールヴァルドが言う。
私はなんと言うべきかちょっと悩んだ。また追いかけ回されるのは困るが、今回は本当に世話にもなった。それをそのまま伝えればいいのか。
「クリスティーナ」
「なんですの?」
「今回はいろいろとありがとうございました。戦うのでなければまた会いたいですね」
「まあ」クリスティーナが驚いたような声を上げて笑った。「フフフ、本当に変わりましたわね、レティシア」
「そうですか?」
「そうですよ。……もっと早くちゃんと話をしていれば良かったですわ」
「じゃあ今度はもっと話をしましょう」
私はクリスティーナに手を差し出した。クリスティーナが握手に応じる。
部屋の外にイリスの向かえがやってきてそろそろ出発だと告げた。イリスが席を立ち、私たちに言う。
「じゃあ、レティ、トールヴァルド、またね」
「おう」
「必ずまた会いましょうね、イリス」
クリスティーナとイリスは高速馬車でラスムスに向かうが、私たちは南のグリプまで馬車で行って、そこからは飛行魔法で山脈を抜ける予定である。南へ向かう馬車の窓から見える景色はアンハレルトナークの田園風景だ。
「来る時は朝でしたからあまりよく見ませんでしたけど、アンハレルトナークは豊かな国なんですね」
「ああ、麦や米の大産地だしな」
他愛のない話をしていると、アーシェがいないのがなんだかとても寂しく思えてきた。ひと月足らずだけどずっと一緒だったし、ちゃんとお別れが言えなかったし……。
「アーシェ……、大丈夫ですかね?……」
「ああ……。きっと大丈夫だよ」
アーシェが飛んでないかなと思ってふと空を見たけど、アンハレルトナークの空は雲ひとつない夏の青空だった。
港町に戻ります。
続きは明日です。




