第六十八話 ユニオール暦八百七十三年七月二十四日 ユニオール城 天気曇り
「セラフィーナ様、女王陛下がお呼びです」
執務室でアンブリスと一緒に書類と格闘していたセラフィーナはちょっと息を吐いた。
「あら、お目覚めになったのですね。アンブリス殿、ちょっと行ってまいります」
「うむ。ついでにこの決裁書類をお渡ししてくれ」
案の定セラフィーナがアンハレルトナークに行っている間に執務が山積みになってしまっていた。もちろんアンブリスの責任ではなく、議奏という面倒なシステムのせいだ。だがこれがないとクラウディアの処理が追いつかない。議奏がある程度奏上する内容を絞らなければ政務は回らない。
早く旧ヴェードルンドの件を片付けなければどうにもなりませんね。
レティシア・ローゼンブラードが首都を壊滅させたヴェードルンド王国は、その後ユニオールが統治を代行している。
本来ならヴェードルンド内で他の王族や貴族が立って新たなヴェードルンドをスタートさせれば良かったのだろうが、折り悪くその時はヴェードルンド王の生誕祭で全王族、全貴族が首都に集まっていたのだ。
つまり、ヴェードルンドは一瞬にして全ての王族、貴族を失ってしまった。もちろん中には生誕祭に参加しなかった幼い貴族の子もいたのだが、国の上に立って統治ができるような者は全員消えてしまったわけだ。
それから十年に及んでユニオールは文官や武官を派遣して、ヴェードルンドの秩序を守ってきた。ところかそこに口を出してきたのがアンハレルトナークだ。「ユニオールによる侵略だ」として以来ずっと揉め続けていた。
ようやくアンハレルトナークとも穏やかな関係が築けそうですし、ヴェードルンドの件が片付けば政務も落ち着きますね。
そんなことを考えながらクラウディアの居室まで来たセラフィーナは扉をノックして室内に入った。
「ご気分はいかがですか? 陛下」
「うむ。問題ない」
昨日セラフィーナが報告に来た時は顔色も良かったが、今はあまり良い顔色ではない。
「もう少しお休みの方がよろしいのではありませんか?」
「ありがとう、セラフィーナ。でも本当に大丈夫じゃ」
クラウディアに促されてセラフィーナもソファーに腰掛けた。
「セラフィーナ、アンシェリークの秘宝の話を知っておるか?」
「アンシェリークの秘宝ですか?」
子供の頃にきいたことがある。おとぎ話のようなものだったと記憶している。
「そのアンシェリークの秘宝は本当にあるのじゃ」
「本当にですか?」
「うむ。そなたが首を傾げるのは分かる。でも本当じゃ」
「どのような物なのですか?」
「そこまでは分からぬ。じゃが、おとぎ話で言うところの、なんでも叶うという類のものではなく、とても危険な物らしい」
「危険な……、そうですか」
セラフィーナはなぜクラウディアがそんな話をし始めたのか真意を計りかねて曖昧に頷いた。
「ところで我には独自の情報網があることを知っておるな?」
「はい、なんとなくですが」
「うむ。王女時代から使っている者どもじゃ。真贋定からならぬ話も含め、さまざまな情報が我のもとには集まってくる」
「はい」
「その一つにとても気になる話があったのじゃ。例のレティシア・ローゼンブラードがアンシェリークの秘宝を求めておる、とな」
「レティシア・ローゼンブラードがですか? 彼女はアーベントロートから逃げ出したと聞きました。シュタールはまだ彼女を捕らえていないのですね」
「あちこちで秘宝の情報を集めておるらしい」
「そうなのですね」
たしかに秘宝が危険な物であった場合、レティシアの手に渡るのは良いことではないだろう。何しろヴェードルンドを襲ったレティシアを捕らえたのはユニオールなのだ。
「我が国はレティシアに恨まれているであろう。彼女に危険な秘宝が渡っては、我が国が危機に陥る可能性もある」
「ですが、それは逆恨みでは……」
「うむ、じゃが正論が通じる相手ではないであろう。何十万人もの人々とともに町一つを消滅させた大逆人だからの」
だがその秘宝とやらはユニオールにあるわけではない。危険とは分かってもどうしようもない。
「そこでじゃ、先に手を打とうと思っておるのじゃ」
「先にですか?」
「うむ。アンシェリークの秘宝を得るための鍵はエルフの女王が握っておるらしい」
「エルフ……、中央アポロニアの森のエルフですか?」
「そうじゃ。ゆえに先にエルフの女王に会い、話をしたいのじゃ」
「それは危険です、陛下。中央アポロニアの森はドラゴンの生息地です。それに森は深く道もなく、危険なモンスターも多くて陸路もままなりません」
「そうじゃの。そこで騎士と魔法使いの精鋭を用意してほしいのじゃ。それぞれ五名ずつほどで良い。我によく従う者でな」
「陛下も行かれるおつもりですか?」セラフィーナは驚いて身を乗り出した。「あまりに危険です」
「案ずるな、セラフィーナ。そのための精鋭じゃ。そうじゃの、レティシアがエルフの女王のもとに辿り着く前に、何とかして話をしたいのじゃ。二、三週後には出立できるように手配を頼む」
「……かしこまりました」
いったんクラウディアがこう決めてしまうともうひっくり返せないことをセラフィーナはよく知っていた。ならばクラウディアに危険が及ばないように万全を期すことが自分の役割だとセラフィーナは腹をくくるしかなかった。
「他の者には内密でな。なに、十日もあれば往復可能と見ておる」
「はい。ルートも含め万全の計画も私が作成いたしますのでお任せを」
「うむ、頼りにしておるぞ、セラフィーナ」
セラフィーナが部屋から出ていくとクラウディアはソファーに身を沈めた。
魔力の使いすぎだの。体がダルいわ。
アンハレルトナーク城ではかなりの魔力を消費した。その上、目的は全く果たせなかったのだからただの徒労だ。
とくに焔のドラゴンが成竜になってしまったのが誤算だった。
じゃが、これでレティシアも秘宝から遠ざかった。そう考えれば全くの徒労でもないかもしれんの。
そう考え、クラウディアはちょっと口の端を上げた。その時テーブルの上に小さな魔法陣が浮かび上がり、そこに封書が現れた。
封書を手に取り中身の手紙を確認するとクラウディアの表情がさらに緩んだ。
クックックッ、やはりアンハレルトナークは正面切って攻めてくることはなさそうだの。
クラウディアが手紙をテーブルに放ると、手紙は一瞬で燃え尽きた。
アンハレルトナークにも古代魔法の使い手がいたのは正直少々驚いた。だがそれゆえにあの魔法の威力が分かるのだろう。ヴァーラを吹き飛ばすほどの魔法を我が使えると知れば、簡単には攻め込んでこれまい。
牽制にはなったの。
これで多少時間は稼げた。後は問題のエルフだ。レティシアたちが接触する前に手を打てれば、後は思い通りに進むだろう。
しばらくは魔力の回復と準備じゃな。
寝室に移動するのも面倒と感じたクラウディアはそのままソファーに横になった。
まだ何も諦めていないクラウディアでした。
続きは明日です。




