第六十七話 ユニオール暦八百七十三年七月二十四日 ナサリオ 天気曇り
オースルンドの首都ナサリオは少々不穏な空気が漂っていた。パッと見では分からないかもしれないが、いろいろな町や村を渡り歩いてきたフィクスには空気の違いが分かった。
「やっぱりまた始まるんだな」
「ええ、そんな雰囲気ね」
隣のアマリアも同意した。オースルンドはまたフェーディーンに攻め込むつもりで準備を進めているようだ。こうして大通りを歩いていると、町行く人も普段と変わらないように見えるが、ちらほらと兵士が走り回ってるのが目に入るし、食料品店がほとんど店を閉めているのも戦争の前触れだと分かる。遠征する兵士の兵糧をかき集めているのだろう。
二人は大通りの外れにある大きな家に入っていく。ここにはアルフシュトレーム商会時代の同僚が暮らしている。
「ただいま、ニーラロ。情報は?」
アマリアが居間でくつろぐ初老の男に声を掛けた。男が振り返って答える。
「無いな。レッジアスカールック側も引っ掛からん」
レティたちがヴァーニャ山の麓で野営をした跡はすぐに発見された。そこから中央アポロニアの森に入ったとして、すでに六日が経っている。そろそろ戻っても良い頃合いだ。帰りが入った場所と同じとは限らないので、南のレッジアスカールック側にも見張りを出している。
「さすがにもうエルフの村には着いていると思うんだけどな」フィクスがソファーに座りながら言う。「もっともエルフの村がどこにあるのか分からないのが問題なわけだが」
「万一村が東の端だとしても三、四日だろう。そろそろ戻ってもおかしくはないな」
「魔法使いが上空から探すわけにもいかないしね」
アマリアの言う通り、中央アポロニアの森はドラゴンの生息地で上空は危険だ。地上で待つしかない。
「シルックは?」フィクスが居間を見回しながら聞く。
「今日も俺の書斎に籠もりっぱなしだよ」ニーラロが笑う。「本当に本が好きなんだな」
フィクスは書斎の扉をノックしたが返事がなかったのでそのまま扉を開けた。「なんだ、いるじゃないか」
シルックが本から目を上げフィクスを見る。
「おかえりなさい。何かありましたか?」
「いや、まだ見つからない」
「そうですか」
シルックがまた本に目を落とす。フィクスは窓際の椅子に腰掛けた。
「シルック、ちょっと話をしてもいいか?」
「いいですよ」シルックがまた顔を上げた。
「またオースルンドとフェーディーンの戦争が再開しそうなんだ」
「そうですか」
「国境付近か、あるいはまたフェヴローニヤあたりが戦場になるかもしれない。そうすると通過が困難だし、青嵐のドラゴンも怖い」
ちゃんと聞く気になったか、シルックが本を閉じた。
「それで、早めにシーグバーンに移ろうかと思っている」
「はい」
「トールヴァルドの船も戻ってくる頃だろうし、どのみちレティたちはいずれ船に戻ると思うからね」
「良い判断だと思います」
シルックが賛成してくれてフィクスはちょっと安心したように表情を和らげた。
「せっかくここを気に入ってくれたのに残念だけどな」ニーロラは読書家で、書斎には本がぎっしり詰まった棚が並んでいる。
「シーグバーンに図書館はありますか?」
「いや、どうだろう?」フィクスが首をかしげる。「そうだ、何冊かここの本を借りていけばいいんじゃないか? ニーラロに言っておくよ」
「それは素晴らしい考えです」
相変わらず無表情なシルックだけど、喜んでいるのがフィクスには分かった。
翌日、シーグバーンに発つ準備をしているとニーラロが部屋に入ってきた。
「フィクス、関係あるかどうか分からんが、情報が入った」
「なんだ?」フィクスはバックパックに荷物を詰めながら答えた。
「アンハレルトナークでひと騒動あったらしい。城壁が壊れたり、城そのものも一部崩れたらしい」
「アンハレルトナークで?」フィクスは準備の手を止めた。
「城からの発表では何らかのモンスターの襲撃があったようだが、詳しくは公表されていない。だが、見たこともないような巨大な石のモンスターが出たという情報もある」
「石のモンスター……」
考え込むフィクスの横に座っていたシルックが口を開いた。
「ゴーレムではありませんか? ヴィスロウジロヴァー山でクラウディアが召喚していました」
「シルックもそう思ったか」
フィクスがまたちょっと考え込んでから言う。
「クラウディアがアンハレルトナーク城に直接攻め込んだのかもしれない。ということはイリスかアーシェがアンハレルトナークにいたということか」
「イリスがいないからこそ攻めた、ということも考えられませんか?」
「もちろんその可能性もある。でもクラウディアの目的はやはりアーシェかイリスじゃないかと思う。なにより今、アンハレルトナークを攻めて仮に勝ったとしてもあまり意味はないはずだ」
ユニオール王が死んでクラウディアが即位したという話は一昨日ここに着いてから聞いたのだけど、即位して間もなく戦争を始めるとは思えない。
「そうだな。ユニオールは今アンハレルトナークと戦えるような状況ではないな」ニーラロも頷く。
「それでもなお城に直接攻め込んだとすれば、やはりそこにアーシェかイリスがいたのだと思う」フィクスは確信がありそうだ。「王やその姫が怪我をしたとかそういう情報はないんだな?」
「ああ、無い。だが本当に無いのか発表していないだけなのかは判断できん」ニーロラが首を振る。「とは言え、王や王族に何かあれば雰囲気で分かるはずだ。そういう雰囲気はないと言っていた」
「そうか」
フィクスは頷いてシルックを見た。
「とにかく僕たちはシーグバーンに向かおう。アンハレルトナークに向かって行き違いになるよりも良いしね」
「私もそう思います」
「フェヴローニヤにはアマリアを待機させておくよ。そうすればレティシアやトールヴァルドがお前らを探し回らんで済むだろう」
「ああ頼むよ、ニーロラ」
フィクスとシルックは港町に戻ることにしました。
続きは明日の昼頃です。




