第六十五話 三十八日目 アンハレルトナーク城 天気晴れ
私がありったけの攻撃魔法を撃ち込もうと決意すると、クラウディアの後ろに人影が見えたような気がした。
! 人!?
宝物庫はそもそも薄暗く、クラウディアの魔法陣が放つ光で周りが照らされているだけだ。その人影はクラウディアの影になっていて、顔や姿がよく見えない。
「!」
気配に気付いたかクラウディアが後ろを振り返ろうとしたが、その刹那に人影がクラウディアを後ろから羽交い締めにした。
「捕まえましたわよ!」
「無礼な! 何者じゃ!」
クリスティーナだ! なんでこんなところに……。
「呪文を止めなさいませ!」クリスティーナがクラウディアを羽交い締めにしたまま後ろに引き摺っていく。クラウディアの周りに浮いていた魔鉱石も下に落ちてしまっている。
「やめよ! この魔法は途中で止められぬ!」
クラウディアが珍しく慌てて見える。でもジタバタしても羽交い締めからは抜け出せない。体の大きさが大人と子供並みに違うし、物理的に組まれてしまっては防御魔法も意味はない。
「クリスティーナ!」
「レティシア! この魔法陣を何とかしてくださいませ!」
クリスティーナが私に言う。
何とかと言われても……。
私はクラウディアの出した魔法陣に近付く。見たことのない術式だ。外側の魔法円の中にさらに七つの魔法陣が描かれていて、そのうち三つが赤緑黄色に光を放っている。後の四つはまだクラウディアが魔力を流している途中だったのだろう。
「え? え?」
魔法陣の中央部から黒い煙が上がり始めた。どうやら普通の状態ではない。
「クラウディア! どうやったら止まるのです!?」
クラウディアに聞くしかない。クラウディアはクリスティーナに組み敷かれて諦めたか、もうジタバタはしていない。
「無駄じゃ。それはもう止まらん。途中で詠唱を止めてはこの後どうなるかも分からぬ」
「そんな無責任な!」
魔法陣から上がる黒煙はますます濃くなっていく。煙はバチバチと音を立てていて、どう見ても魔法陣が暴走している。すると魔方陣は小刻みに揺れ出した。
ああ、もうどうしたら……。
「余に任せよ」
いきなり声を掛けられ驚いて振り向くとそこにいたのはアーシェだ。
「アーシェ!」
「余がこれを吸い込むゆえ、下がっておれ」
「そんな危険な!」
「時間がない。この魔法陣はもう限界じゃ」
アーシェが魔法陣に近付き、魔法円の外側にそっと手を触れた。その途端、すごい勢いで魔力がアーシェに吸い込まれていくのが分かった。
魔力吸収!
アーシェの、いや焔のドラゴンの特性だ。アーシェの表情は変わらないけど、このまま吸収を続けて大丈夫なのだろうか?
「レティ! 大丈夫!?」
ケルベロスを倒したイリスが部屋に飛び込んできて私に問うと、アーシェを見て目を丸くした。「アーシェ! レティ!? 大丈夫なの!?」
「分かりません。でも!」
見ている以外にどうすることもできない状況だ。黒煙が徐々に小さくなっていき、魔法円のなかの光も薄れてきた。
これなら大丈夫かな?
私がそう思った時、魔力を吸い続けているアーシェが少し苦悶の表情を浮かべた。
「うう……」
「アーシェ! 大丈夫ですか!?」
私はアーシェの側に寄る。体から黒い魔力が溢れているように見える。
「……近付いてはならぬ。早く離れ……よ……」
「アーシェ!」
黒煙と魔法陣が消えた瞬間、アーシェの体から目も眩まんばかりの光が放たれた。
「アーシェ!!」
激しい爆発とともにアンハレルトナーク城の西殿は消滅した。
光で眩んだ目が視力を取り戻すと私はイリスに抱きかかえられて城の中庭にいた。
西殿のあった辺りはまだ爆発の煙が濃く、何も見えない。イリスが引っ張ってくれなかったら私も爆発とともに消えていただろう。
「アーシェは!?」
「レティ! 落ち着いて!」
「イリス! アーシェが! アーシェが!」
煙の方に突っ込んでいこうとする私をイリスが止める。私の頭の中はアーシェが無事かどうか以外になかった。
「イリスレーア! 無事か!?」
大きな剣を持った騎士が私たちのところにやってきて尋ねた。後で聞いたらイリスの父親、アンハレルトナーク王だったそうだ。
「私は無事なんだけど……」
だんだん煙が晴れていく。早くアーシェを助けないといけない。
「え?」煙が晴れていくのを見ながらイリスが驚きの声を上げる。私には何も見えない。
「なんですか? 何が見えるんですか!?」
「レティ……」
煙が晴れていくとともに私にも見えた。瓦礫の上には巨大なドラゴンが姿を現した。
「アーシェ……なんですか?……」
「あれが……焔のドラゴン……」イリスも呆然と立ち尽くす。
全身に燃えるような紅の鱗をまう焔のドラゴンは四足で立ち上がると長い首を上空に向けて吠えた。
「グオラオオオオオオオ!」
巨大な咆哮があたりに響き、空気を震わせる。
「アーシェ!」
私は一歩前に出て焔のドラゴンに呼び掛けた。ドラゴンの顔がこちらを見た。漆黒の目が私を見つめているように見える。
「アーシェ! 無事で良かった……! もう大丈夫ですよ!」
だが、焔のドラゴンは私の言葉には答えず、再び首をもたげると、咆哮を上げた。
「グオラオオオオ!」
咆哮とともに強烈な炎が町の外に向けて吐き出された。
「アーシェ! どうしたんですか!? 私が分かりますか!?」
アーシェに近付こうとする私をイリスが後ろから抱きかかえて止める。
「レティ! ダメよ! もうアーシェには私たちが分からないんだわ!」
「そんな! アーシェ!」
焔のドラゴンはさらに咆哮を上げて炎を吐くと、巨大な翼を広げた。左側の翼の付け根は黒く変色している。それでも飛び立とうとしているに違いない。
「待って! アーシェ!」
その声には答えることなく、焔のドラゴンは翼をゆっくりと羽ばたかせると悠然と浮き上がり、そのまま飛び去っていってしまった。
「アーシェ……」
私はその姿を呆然と見送るしかなかった。そして私の意識はまた消失した。
アーシェは行ってしまいました。
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