第六十四話 三十八日目 アンハレルトナーク城 天気晴れ
「トールヴァルド、着きましたよ!」
私が肩を揺するとトールヴァルドはようやく目覚めた。
「……うーん……」
「ヴァーラの町に着きましたよ」
「……うん」
寝ぼけるトールヴァルドを馬車から降ろし、御者から預けておいた荷物を受け取る。
昨日の夕方グリプの町に着いた私たちは、予定では一泊するつもりだったのが、夜出発して朝方にヴァーラに着く高速馬車があると聞いてそれに乗ったのだ。
トールヴァルドも眠そうだが私もよく眠れなかったので眠い。アーシェだけはぐっすり眠っていたので元気そうだ。
「なにか騒がしいの?」アーシェが城の方を見ながら言う。この馬車の発着場は町の南にあって、建物に遮られているので城は上の方しか見えない。
でもたしかに城の方に駆け出す人や、逆に城の方から走って来る人などもいて、なんだか騒然としてきた。
「ちょっとそこの通りを見てきますね」
荷物に持たれてまだ目が開いてないトールヴァルドをアーシェに任せて、私は大通りの方に行ってみた。大通りからはまっすぐ城まで見えるはずだ。
「!」
白い敷石が美しい大通りの先には、大きな城が見える。城の下の方は城壁に囲まれていてよく見えないが、そこから煙が上がっているのが見える。遠くてよく分からないけど、魔法の爆発の煙のようなものも見える。
私はアーシェのもとに戻り、トールヴァルドの肩を揺する。
「トールヴァルド! 起きてください! 城から煙が上がってます!」
「なに!」トールヴァルドは目をパッチリ開いて立ち上がった。「よし! 行くぞ!」
そう言ってトールヴァルドはアーシェの手首を掴んで引き寄せると背負った。「レティシア! 私はアーシェを背負って走る! 飛行魔法で先に行ってくれ!」
「分かりました!」
私が飛行魔法を出している間にもトールヴァルドはアーシェを背負って風のように城の方に駆け出した。私は全力で飛び上がって、城に近付いていく。
「! あれはゴーレム!」
城の目の前で巨大なゴーレムが暴れている。城そのものは無事のようだが、手前の城壁はすでに壊れ、盛大に土埃を上げている。近付いていくとさらに様子が見えてきた。アンハレルトナークの騎士と魔法使いが攻撃を仕掛けているが、ゴーレムには痛くも痒くもないようで、今度は城本体の壁を殴りだした。ゴーレムに殴られるたびに轟音を立てて壁の魔方陣が光る。防御魔法陣が埋め込まれているのかな?
「レティシア!」
トールヴァルドが追いついてきた。私たちは堀の向こうで城を殴るゴーレムを見る。
「あれはクラウディアが呼び出したのと同じ奴だな」
「はい。トールヴァルドが火口に落としたやつですね」
「だが、この程度の堀では落としても意味ないな」
堀を見ながらトールヴァルドが言う。堀は底が見えていて、水深はせいぜい二、三メートルだ。ゴーレムは体高二十メートルはある。
「とりあえずあれは私が足止めする。火口で戦ってるから戦い方も分かってる。レティシアはクラウディアを探してくれ」アーシェに背負わせていたバックパックから伸縮剣を出しながらトールヴァルドが言う。
「でも、アーシェは……」
「余はここにいよう」
「ああ、ゴーレムと戦いながらでもアーシェからは目を離さないから心配するな」
「気を付けてくださいね」私はトールヴァルドに補助魔法を掛けて送り出した。
「ああ、任せろ」
トールヴァルドが「どけどけ! そいつに魔法は効かん!」と言いながらゴーレムに突っ込んでいく。頭のあたりを攻撃され鬱陶しそうな動きでゴーレムが振り返る。ここからはトールヴァルド対ゴーレムだ。
「じゃあ、アーシェ。私はイリスとクラウディアを探しますね」
「うむ。気を付けてな」
とアーシェが言ったその時、西の方の建物から大きな爆発音が聞こえてきて、盛大に煙が上がった。
「……あれは!」
「うむ。魔力の爆発じゃな」
「行きます!」
私は飛行魔法に飛び乗って西の建物に向かう。すぐに煙の発生源と思われる場所が見えてきた。建物が盛大に破壊されている。煙の合間に人影が見えた。目を凝らせば、クラウディアとイリスだ!
「イリス!」
上空からでも激しい戦いになっていることが見て取れる。イリスがすさまじい勢いで棍を振るっているが、クラウディアの防御魔法陣に防がれて当たらない。防御魔法陣に棍が当たるたびにカラフルな光が周囲に舞う。
クラウディアも防御の隙に黒い矢を小まめに撃ち出している。
「光の攻撃魔法!」
私は上空からクラウディアに光の矢を撃った。矢は防御魔法陣に防がれたが、その隙にイリスが攻撃の勢いを強めた。
「くっ!?」
「レティ!?」
二人が上空の私を見た。私はイリスの後方に着地し、すぐさま防御魔法陣を展開した。
「イリス、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」前方のクラウディアを見たままイリスが答える。「レティ、そこに倒れているエストをお願いできる?」
そう言うとイリスはまたクラウディアに火のような攻撃を仕掛けていく。
私は後ろの瓦礫のところに倒れている女性のところに駆け寄る。息はあるようだ。気絶しているだけだ。
「治癒魔法」
治癒魔法を掛けても目を覚ます様子はないので、戦闘の範囲から出るように通路の向こうに運んでおいた。
「イリス!」
通路を戻ると激しい戦闘が続いていた。棍と魔法の激しい打ち合いだ。隙を見てイリスに補助魔法を掛けようと思ってもその隙が全くない。すでに周りの壁も天井も落ちていて、遮蔽物も多くなっている。
うーむ、どう支援したものかな。
流れ弾に気を付けつつ考えていると、イリスがクラウディアに回し蹴りを仕掛け、クラウディアがよろめいた。
「おぉ!」
しかしその瞬間、クラウディアはイリスと体を入れ替え、一瞬で私の懐に飛び込んできた。
「え!?」
「ここは戦場じゃぞ」
クラウディアが右ストレートを私に打ち込む。防御魔法陣が防御はしたがその勢いは私の顔に伝わって、私は後方に吹き飛ばされた。防御魔法はもっとちゃんと防御してほしい。
「うぐっ」壁に背中を打ち付ける私。
「レティ!」イリスが駆け寄ってくると、クラウディアはまた後ろに下がった。イリスが私を起こしてくれる。「レティ、大丈夫!?」
「大丈夫です。不意を突かれて押されたようなものです」
クラウディアは、と見ると奥の扉を開け、部屋の中に入っていく。
「あそこは?」
「あの奥は宝物庫ね」そう言うとイリスは立ち上がり、奥に向かって駆け出した。私も後に続く。
「あれは!」部屋の前でイリスが足を止めた。
「なんです?」
部屋を覗き込むと、薄暗い中でクラウディアの周りを人間の頭ほどの大きさのカラフルな石が浮いている。
「魔鉱石?」
「クラウディア! 何をするつもり!?」
イリスがクラウディアに言う。
「クックックッ。お前らはこれと遊んでおれ」
そう言うとクラウディアは胸から紙を取り出して放り投げた。紙が地面に落ちるとそこに魔方陣が浮かび上がり、そこから湧くように現れたのは犬だ。犬?
犬じゃない! 首が三本!
レティシアの記憶でそれがケルベロスというモンスターだと分かった時にはもう、ケルベロスが私たちに牙を剥いて襲いかかってきていた。イリスが棍で牙を防ぎながら少し後ろに下がった。
「レティ! これは私が止めるからレティはクラウディアをお願い!」
「分かりました!」
私は部屋の中のクラウディアに向かい、「火の攻撃魔法! 爆発の攻撃魔法!」と立て続けに攻撃魔法を撃つ。でも防御魔法陣に阻まれて届かない。
「無駄じゃ」クラウディアが右手を私の方にかざすと、無数の黒い矢が私に襲いかかる。
「くっ!」
私は大きめの防御魔法陣を出して少し下がった。私を見るクラウディアがニヤッと笑ったかと思うと、彼女の足下に大きな魔方陣が浮かび上がった。魔方陣は五十センチほどの高さまで浮かび上がって光を発し始める。同時にクラウディアの周りの魔鉱石が七色に輝いて回り出した。そしてクラウディアは何やら唱え始めた。
「ノサダ ルォレコ ヂバコザベメ ルバセダド ピソアゲ ドヨデユネ ゲカプイ」
レティシアも聞いたことがない呪文だ。クラウディアが唱えるたびに魔方陣が徐々に光を増していく。魔鉱石から魔力が流れ込んでいるようだ。
「え? え? 何なんですか? これ?」
迂闊に攻撃魔法を撃ち込むのは危険だとレティシアの記憶が私に告げる。魔方陣に魔力が流れるのを見て、私は手を出せない。
「クックッ。ヴェードルンドの首都を吹き飛ばした古代魔法の威力を思い知るが良い」
「な、なんですって……」
こうなったら危なくてもなんでもありったけの攻撃魔法を撃ち込むしかない、と覚悟を決めるしかなかった。
レティたちも合流です。
続きは明日です。




