第六十三話 ユニオール暦八百七十三年七月二十三日 アンハレルトナーク城 天気晴れ
「騒がしいわね? どうしたのかしら?」
部屋でクリスティーナと朝食をとっていたイリスレーアはナイフとフォークを置いた。その時、扉がノックもなしに大きな音を立てて開き、側仕えが慌てた様子で飛び込んできた。
「大変です! 姫様! 何者かの侵入です!」
「侵入? 落ち着いて」
イリスレーアとクリスティーナは立ち上がった。
「城の目の前に巨大な石のモンスターが現れて、城の中にも無数の黒い骨のモンスターが!」側仕えがおびえた顔でイリスレーアに伝えた。
「石のモンスター?」クリスティーナが首をひねる。しかしイリスレーアはすぐにピンときた。
ゴーレムだ! そしてそれはつまり――、
「クリスティーナはここにいて!」
そう言うとイリスレーアは部屋の隅にある棚から伸縮混を取り出すと、飛び出していった。
通路は兵やら側仕えやら文官やらが逃げ惑い大混乱の様相だ。イリスレーアは城の中央部に向かって走る。通路の先では黒いスケルトンが剣を振り回し、何人かの兵が当たっている。
ダークスケルトン! やっぱり!
イリスレーアは駆けながら伸縮棍をひと振りして伸ばすと、素早くダークスケルトンの懐に入った。
「たああ!」
棍がダークスケルトンに当たるといくつかの魔法陣が光り、ダークスケルトンはガラガラと崩れ落ちた。大丈夫、魔法陣もしっかり作動している。
「姫様、ありがとうございます」助けられた兵たちがイリスレーアに言った。
「敵が多いのはどこ?」
「謁見の間です。国王陛下も出られています!」
「分かった。あなたたちは非戦闘員の避難を援護しなさい」
「はっ!」
イリスレーアは謁見の間を目指して駆け出す。途中で何体かのダークスケルトンを倒したが、謁見の間に近付くにつれて数が多くなってきたように感じる。
「お父様!」
謁見の間に飛び込んだイリスレーアが目にしたのは、広間が狭く見えるほど巨大なモンスターだった。
サイクロプス!
ディートヘルム王と数人の騎士がサイクロプスに当たっている。サイクロプスが振り回す巨大な腕を交わしながら攻撃を仕掛けているが傷は与えられていないようだ。
「お父様! これはサイクロプスです」
イリスレーアはディートヘルム王のもとに行き、サイクロプスから護るようにその前に立った。
「イリスレーア!」
「これは倒せません! お父様は避難してください!」
「そうはいかぬ!」
サイクロプスの拳がイリスレーアを目掛けて振り下ろされる。轟音とともにえぐれる床。イリスレーアはディートヘルム王とともに後方に飛んだ。
「お父様。クラウディアが来ているはずです。彼女を倒さなくてはサイクロプスは止まりません」
「ここにはおらぬ。エストも同じことを言って探しにいったところだ」
話をしている間にもサイクロプスは暴れ続けている。シャンデリアはほとんど落ち、床もめちゃくちゃだ。
「イリスレーア、ここは我らが足止めする。そなたはクラウディアを探してくれ」
「でも──」
「なに、あんな緩慢な攻撃を喰らうような騎士はアンハレルトナークにはおらぬわ」ディートヘルム王はイリスレーアを安心させるように笑った。「それにこれもある」
ディートヘルム王の手には巨大な剣が握られている。
「それは、シュヴェンクフェルトの剣ですか?」
「そうだ。我が国の秘宝だ」
大変危険な剣なので手を触れぬようにと言い聞かされてきた剣だ。
「いざという時はこいつを喰らわせてやるわ」ディートヘルム王が笑う。
「分かりました。気を付けてください、お父様」
エストには確信があった。クラウディアが直接乗り込んで来たのなら、イリスレーア姫と戦う前に「あの返礼品」を目指すに違いないと。
あの返礼品と古代魔法の組み合わせはあまりに危険だ。
ユニオールから返礼品は城の西殿、その奥にある宝物庫に保管された。謁見の間でサイクロプスを召喚したクラウディアはその足で宝物庫に向かったはずだ。
西殿は多くの政務室が並ぶ区域で、働いているのも文官がほとんどだ。今はみな避難したようで、通路にも人影はない。
この先を曲がると宝物庫──。
エストが角を曲がると通路の前方にダークスケルトンの群れが見えた。その中には黒いマントを纏った小さな人間の姿がある。
クラウディアだ!
「爆発の攻撃魔法!」
エストは躊躇なく攻撃魔法を放った。ダークスケルトンの群れを巻き込んで大爆発が起き、両側の壁ごと吹き飛ばした。
「驚いたの。アンハレルトナークにも古代魔法を使える者がおったのか」
爆発の煙の中から少女が現れた。少女の周囲には小さな無数の魔方陣が展開されている。むろん傷ひとつない。エストはクラウディアを見たことはないが、これが彼女であることは分かった。
「クラウディア女王ですね?」
エストはそう尋ねつつ、自分の周りにいくつもの魔方陣を展開した。
「そうじゃ。その方は?」
「私はエスト、アンハレルトナーク王の側近です」
そう言うとエストの周りの魔法陣から黒い矢が撃ち出される。立て続けに発射された矢はクラウディアの魔法陣にすべて弾かれた。
今度はクラウディアが右手を上げ、小さな火球を浮かび上がらせた。火球はまっすぐエストのもとに飛んでいくとエストの防御魔法陣に触れた瞬間、彼女ごと飲み込む巨大な火柱に変化した。
「キリがないですね」火柱が収まると半球型に変化した防御魔法陣の中でエストが呟く。「これでは城を壊しているだけのようなものです」
そう言ってエストは右手をクラウディアの方にかざす。手から激しい稲妻が発生し、クラウディアに襲いかかる。しかしクラウディアも右手をかざして同様に稲妻を出すと、お互いの稲妻が通路の中ほどで衝突する。
「クックッ、古代魔法の力比べといこうかの」クラウディアが笑いながら右手に少し力を入れると稲妻の太さが増し、衝突点が押し戻される。
「くっ!」
エストも負けじと魔力を込める。お互いの稲妻がどんどん大きくなり、衝突点は巨大な雷の塊のようになりバチバチと音を立てる。
「なんて威力……!」
エストが押され始め、じりじりと巨大な雷の塊が近付いてくる。しかし、塊はエストに辿り着く前に限界に達し、大爆発を起こした。
「うぐっ!」
後ろの壁に叩き付けられるエスト。防御魔法陣は張っていても衝撃のすべてを吸収しきれなかったようで、一瞬息が止まった。骨も折れているかもしれない。
空が……。
西殿は三階建てで、それぞれの階の天井も高い。それが空が見えるということは、三階まで吹き飛ばすほどの爆発だったのか。
だんだんと煙が晴れ始める。
「クックッ、同じ古代魔法を使えても魔力の違いは明らかだったの」煙の中から現れたクラウディアは無傷だ。「その方は危険じゃ。ここで死んでおいてもらおう」
クラウディアが右手をエストの方にかざす。手の前に魔方陣が展開され、光を増していく。
立ち上がれない……。
エストが死を覚悟した瞬間、中央部からの通路をすさまじい速さで何かがこちらに飛んでくるのを目の端に感じた。何かは見えなかったが、エストにはそれが誰かはすぐに分かった。
「クラウディアあああ!!」
イリスレーアはクラウディアとエストの間に飛び込むと同時に伸縮棍をクラウディアに打ち付けた。クラウディアの防御魔法陣が甲高い音を立てて棍を弾く。クラウディアは攻撃をキャンセルして後方に飛ぶ。
「あなたの思い通りにはさせないわ! クラウディア!」
「クックックッ、今日こそ決着を付けようぞ。 イリスレーア!」
イリスレーアとクラウディアの壮絶な戦いが始まったのを見ながらエストは気を失った。
戦いは続きます。
続きは明日です。




