第六十ニ話 ユニオール暦八百七十三年七月二十三日 ユニオール城 天気曇り
「城が見えてきました、セラフィーナ様」
飛行魔法に同乗している騎士のイーナが西の方を指さす。
「ええ、やっと帰ってきましたね」
セラフィーナが頷く。結局、飛行魔法を使っても帰国に丸二日掛かってしまった。護衛にイーナを乗せていることもあるが、一気にユニオールまで飛べるほど魔力がないのが原因だ。
七日も城を空けているのだ。アンブリス殿はさぞ大変なことになっているだろう。
宰相の仕事と議奏の仕事を同時に行うのは無理がある。早く政務に復帰しないとと考えながらセラフィーナは城の正門に降りた。
「私は女王陛下に報告申し上げに参ります。イーナは帰って休んでください」
「かしこまりました」
早足で女王の居室へ急ぐ。女王陛下も報告を待っているだろう。
「セラフィーナ、アンハレルトナークより戻りました」
「よく戻った、セラフィーナ。疲れておらぬか?」
居室に入るとクラウディアが笑顔で迎えてくれた。セラフィーナはたしかに疲れていたが、クラウディアの笑顔を見たら疲れは吹き飛んだ。
「いえ、問題ありません。お待たせいたしました」
「そうか、ではこちらで話を聞かせてくれ」
セラフィーナはクラウディアに勧められるままにソファーにかけた。側仕えがお茶を炒れると、クラウディアは彼女たちに下がるように命じた。
お茶をひと口飲むとセラフィーナは報告を始めた。入国からアンハレルトナークにどのように扱われ、返礼の式典の規模や出席者なども細かく報告した。クラウディアは一つ一つ頷きながら聞いていた。
「返礼の品にアンハレルトナーク王は大変満足そうでした」
「そうであろ。あれはユニオールの秘宝だからの」クラウディアが微笑む。「親書もその場で開いておったか?」
「はい。ご覧になっていました」
「何か感じなかったか?」
そう言えばアンハレルトナーク王が親書に目を通した時、眉がちょっと上がったように感じた。そのことを話すとクラウディアは満足そうに頷いた。
「そうか、そうか」
「こちらがアンハレルトナーク王からの親書です」
クラウディアは親書を一読して、「うむ」と頷いた。
「それと、エスト殿というアンハレルトナーク王の側近と話したのですが――」
イリスレーア姫のことを聞いたところ国にはいないという返答だったことを話すと、クラウディアはその話に食いついてきた。
「その会話の状況をもっと詳しく思い出せるかの?」
「はい。短い会話でしたので」
セラフィーナはその時の会話を思い出せる限り話した。話しながら思ったが、そう言えばエストの返事にはちょっと間があったような気がする。
「うむ、よく分かった。さすがセラフィーナじゃ。よく見ておる」
「ありがとうございます」
褒められるようなことはしていないと思うのだが、クラウディアが満足ならそれで良かったとセラフィーナは胸を撫で下ろした。
「疲れておるであろ? 今日は休むがよいぞ」クラウディアがセラフィーナを労って言う。
「いえ、仕事をアンブリス殿に頼んでしまいましたので……。きっと困っていらっしゃると思いますので、さっそく仕事をします」
「クックックッ、アンブリスはそなたがいない間はひたすら駆けずり回っておったようじゃ。そうじゃの、助けてやると良い」
「はい、分かりました」
セラフィーナはソファーから立ち上がり一礼した。そして気付いたように言う。
「クラウディア様、腕の方はずいぶんとよくなられたのですね」
「うむ。もうほとんど問題ない」クラウディアが右腕を軽く回す。「そなたらのおかげじゃ」
「いえ、そんな。では私は執務に復帰いたします」
「よろしく頼む」
セラフィーナは部屋から退出していった。
「クックックッ。やはり城におるのだな、イリスレーア」部屋に一人になったクラウディアが笑う。「怪我をして帰国したというのは本当のようじゃな」
そう呟くとベルを鳴らして側仕えを呼んだ。
「我はこれから少し眠るゆえ、誰も通さぬように。昼過ぎには起きる」
「かしこまりました。お休みなさいませ」
側仕えが部屋を出るのを見届けるとクラウディアは寝室に移動し、ベッドの向こうの壁に手を当てた。壁に魔方陣が光る。クラウディアはその魔方陣の中に躊躇せず入っていった。
魔方陣の先は薄暗い部屋になっている。いくつかの棚や薬品の調合台、小さな書き机のようなものもある。
「服はこれじゃな」
棚から服を取り出し、手早く着替えていく。よく見ればその服やマントには魔方陣が縫い込まれている。着替え終わるとクラウディアは満足そうに頷いた。「これでよし。同じ轍は踏まぬ」
次にクラウディアは壁際の棚の前に移動し、いくつかの触媒を取り出した。
「セラフィーナは城の壁に魔方陣が彫られていたと言っていたな」
クラウディアは羊皮紙とインクが用意された書き机に向かった。
「この魔法を唱えている時間がないからの」
羊皮紙に何やら魔方陣を書き始めたクラウディア。書き終わるとそこに触媒を並べ魔力を注入していく。同様の作業をあと三回続け、四枚の羊皮紙を胸に忍ばせた。
「これで万全じゃ」
クラウディアは目を閉じて魔法を唱え始めた。体が黒い霧に包まれ、部屋から消失した。
クラウディアが目を開くと、そこは巨大なアンハレルトナーク城の目の前だった。朝ということもあるのか、入り口は開かれ、兵士やら文官やらが往来しているようだ。みな足を止めて突然現れたクラウディアを凝視している。
やはり城の中に直接は出れんかったか。
クラウディアが忌々しげに城を見上げると確かに壁に魔方陣が彫り込まれている。外敵の侵入を阻む高度な魔方陣だ。
「おい、貴様! 何者だ!」
兵がクラウディアに近付いてきて腕を取ろうとすると、服の魔方陣の一つが反応して光を放ち、その兵を弾き飛ばした。
「防御の魔方陣もキチンと作動しておるの」
クラウディアは満足そうに頷いて、胸から一枚の羊皮紙を取り出した。部屋で魔方陣を書いた羊皮紙だ。
クラウディアが羊皮紙を両手で開き、地面にゆっくり置くと、魔方陣が光り始め、だんだん大きくなっていく。魔方陣は直径十メートルほどにもなるとひと際輝き、そこから巨大なゴーレムが湧き出すように現れた。
アンハレルトナークでの戦いスタートです。
続きは明日です。




