第六十話 三十五日目 中央アポロニアの森から山へ 天気曇り
とりあえずアンハレルトナークにイリスを迎えに行こうと決めた私たちはひとまず中央アポロニアの森に入った。中央アポロニアの森の北は険峻な山脈となっていて、そこを抜けてアンハレルトナークに入るためだ。
「大丈夫ですか? トールヴァルド」
「ああ、問題ない」
森の北側は山に向かって上っていて、しかも道なき道を行かなくてはならない。歩きにくいことこの上ない。私は歩くことを早々に諦め、飛行魔法でトールヴァルドについて行っている。そのトールヴァルドは危ないところではアーシェを背負ったり、時々出てくるモンスターを倒したり、実にタフである。
「この先だ。あの山見えるか?」
トールヴァルドが前方を指さす。木々の間に見えるのは山脈だが、連なっていてどの山を指しているのか分からない。
「どれも同じに見えますが……」
「いや、少し低くなっているんだ。この角度だと見づらいし、どのみち雲に隠れてるんだけどな」
北の山脈はどこも途中で雲に隠れてしまうほどに高いのだが、その中で一つだけ少し標高の低い山があるのだそうだ。その脇に稜線が低くなっている鞍部があるらしく、(稜線の低いところを鞍部と呼ぶらしい)、そこを抜けてアンハレルトナークに出るつもりだとトールヴァルドは言う。
「ずいぶん詳しいんですね?」
「そりゃあ、前にこの森に入る時にどうするのが一番良いかを調べたからな。結局、前来た時はレッジアスカールックの北側から入ったんだけどな」
今日中にできるだけその鞍部の南側に近付いておいて、明日一気に登ってしまおうという算段だ。
「アーシェでも登れるようなところなんですか?」
「アーシェは私が背負っていくから大丈夫だ」
「本当ですか? 辛くなったらすぐに回復魔法を掛けますから言ってくださいね?」
「ああ、助かるよ」
結局この日も歩きっぱなしで、日が暮れてくるとともにキャンプだ。森に入って三日。それでもトールヴァルドはまだまだ元気だ。
簡易テントを立て、小型のバーナーのようなものでお湯を沸かしてお茶を炒れた。ちなみにこのバーナーはガスではなく、小型の魔鉱石を原料に火が点くらしい。
「お疲れ様でした、トールヴァルド」私はトールヴァルドとアーシェにお茶を渡す。
「おう。ありがとう」
三人でお茶を飲む。いよいよ明日は山登りだ。といっても私は飛行魔法で登るけど……。
「トールヴァルドはタフですよね。やっぱり海で鍛えられてるんですか?」
「ああ、もちろん鍛えてるよ。体力がない奴は海賊にはなれんよ」
「ですよねー」私はアーシェの方を見る。「アーシェも意外に元気ですよね? やっぱり体力あるんですね?」
「うむ。跳んだり跳ねたりはできんが、歩くだけなら何の問題もない」
「なるほど」
私はただ歩いてるだけでも疲れてしまうよ……。
「それよりレティは一日中飛行魔法を使っていても大丈夫なのか?」アーシェが私に尋ねる。
「ええ、ゆっくりですし、低く飛んでいるので、ほとんど魔力を使わないんです。明日の登りは魔力を使いそうですけど……」
「登りは半日程度だな。朝出れば昼には登り切れるだろう。別に頂上を目指すわけではないしな」
「それなら大丈夫だと思います」
そんな話をしていると、ふとフェーディーンでのトールヴァルドの戦いを思い出した。
「そう言えば、トールヴァルドは体力あるのに、ユリウスとの戦いではずいぶんと疲弊してましたよね? やっぱり騎士との戦いは急激に消耗するものなんですか?」
「ああ、あいつか」トールヴァルドが顔をしかめる。「あいつの剣は少々特殊なんだ」
「え?」
「斬り合ってると徐々に体力を奪われるんだ。実は戦ってる時は分からなかったんだけど、後で思い返すとそういう剣術があるって聞いたことがある」
「体力を奪う剣術ですか」
「ああ、あの若さでシュタールのナンバー2騎士にまでなるだけのことはある。ちょっと間抜けだが、強さは本物だぞ」
「そうですか」トールヴァルドの目が私をからかうモードに入りつつあるのを察して私は席を立とうとした。「じゃあ、私はそろそろ先に休みますね」
「まあ待て」ニッと笑ってトールヴァルドが私を引き留める。「まだ晩飯も食ってないぞ。それより実際のところどうなんだ? プロポーズされた気持ちは?」
私は諦めて座り直し、どうやってトールヴァルドのからかいを交わすか考え始めた。
翌朝は良く晴れて、北側の山の稜線もよく見える。たしかに一部低くなっているところがあり、そこを抜ければ早そうだ。
荷物類はすべて私の飛行魔法に乗せ、トールヴァルドがアーシェを背負う。それもなるべく軽くするためにアーシェはドラゴンの幼生の姿に戻っている。「人間の子供の姿よりはこちらのほうが軽いからの」
私は飛行魔法で上がっていくが、ただ上がっていくだけはなく、ほんの少し先行してトールヴァルドが登っていけそうなルートを確認する役割だ。登山道などはもちろん無い。
「この先岩が突き出しているので、少し右寄りに登ってください」
「おう」
トールヴァルドはひょいひょいと軽快に登っていく。軽くなったとはいえ背中のアーシェは二十キロはありそうなのに実に健脚だ。
ずんずん登っていくと周りに木がなくなった。森林限界というやつだろう。むき出しの岩で歩きづらそうなことこの上ないが、トールヴァルドは苦にしない。
「休憩しなくても大丈夫ですか? 回復魔法掛けますか?」
「大丈夫。このまま上まで行こう」
さらに進むと傾斜が緩くなり、登りがなくなった。尾根に出たのだろう。トールヴァルドは昼くらいと言ってたけど、昼前に登り切ってしまった。
「お疲れ様です。登り切りましたね」
「ああ、意外に楽だったな」トールヴァルドはそう言って汗を拭いた。「あそこが開けてるな。休憩にしようぜ」
手頃な岩に腰掛け、お茶の支度をする。トールヴァルドはアーシェを下ろして、北の方に目をやる。
「アンハレルトナークがよく見えるな」
眼下には広大な平野が広がっている。
「緑に覆われて綺麗ですね」私もおでこに手をかざして風景に見入った。
「ああ、今は夏だからな。冬になればこの辺は白一色だろうさ」
イリスもアンハレルトナークの冬は厳しいと言っていた。
「アンハレルトナークの首都は……、ヴァーラですよね。ここからどれくらいですかね?」
「そうだな。今日下まで降りて一泊して、明日途中の村か町に泊まって、明後日には着くだろう」
「意外に早く着くものですね」
といっても、普通の人は中央アポロニアの森を抜けたり、この山脈を登ろうなんて思わないはずだ。
「そうだな」トールヴァルドが笑う。「普通は東を回って行くものだからな。このルートでアンハレルトナークに入ろうって奴はそういないだろう」
軽く食事をとって私たちは下り始めた。下りのトールヴァルドはさらに軽快だ。
再び周りに木々が生え始めて、夕方には私たちは山を下り切った。
「ふう。今日はここまでだな。何ごともなくてよかったよ」
「本当ですね。お疲れ様です」
「ここらはもうアンハレルトナークだ。北にしばらく行くとグリプという町があるらしい」トールヴァルドが地図を見ながら言う。「グリプで馬車か馬を調達だな」
イリスにずいぶんと近付いてきた。
「イリス、驚きますかね?」
「カッカッカッ、そりゃ驚くだろうさ」
レティたちもアンハレルトナークに来ました。
続きは明日の昼頃です。




