第五十九話 ユニオール暦八百七十三年七月二十日 アンハレルトナーク城 天気晴れ
「大きいとは聞いていたけどこれ程とは……」
城門から渡された橋を渡り、いくつもの城壁を抜けてようやく城の前まで案内されたセラフィーナは、目の前のアンハレルトナーク城を見上げて思わず唸った。城そのものの大きさもユニオールの城の倍、いや三倍はある。
遠目では分からなかったが、城の真っ白な壁には複雑な魔法陣の彫刻がビッシリと施されている。
敵の侵入を防ぐための魔法陣ですね。もっともここまで辿り着ける敵がどれだけいるのか知りませんが……。
城内に入り、控室に案内されてセラフィーナはひと息ついた。この後、アンハレルトナーク王と会うことを考えると緊張が収まらない。
大丈夫よ、セラフィーナ。あなたはユニオールを代表して来ているのだから、しっかりしなさい!
自分で自分を勇気づけてみたがあまり効果はない。
アンハレルトナーク王ディートヘルムは若くして即位すると、国内の反対勢力を自ら先頭に立って剣を振るい殲滅したと言われている。王でありながら騎士でもあるのだ。
「お待たせいたしました、セラフィーナ様。準備が整いましたのでご案内させていただきます」
騎士に案内され、謁見の間の入り口に着いた。私の後ろにはユニオールの騎士が二人付いているが、見るからにカチカチだ。
「ユニオールのセラフィーナ様が参られました」と騎士が両開きの大きな扉を開く。
広い謁見の間は入り口から奥に向けて真っ赤なカーペットが敷かれていて、その両脇をずらっとアンハレルトナークの騎士が正装で出迎えている。騎士たちの後ろでは大勢の貴族たちが観ている。こんな状況で緊張するなといっても無理だ。
よし!
セラフィーナは覚悟を決めてカーペットを進んでいく。先にはアンハレルトナーク王が立っている。奥の立派な椅子には座らず、手前で立って出迎えられるとは思っていなかった。
「よくぞ参られた、セラフィーナ殿」
アンハレルトナーク王ディートヘルムが微笑みながらセラフィーナを歓迎した。セラフィーナは跪き、挨拶をする。
「ユニオール王国議奏のセラフィーナ・ノールストームです。初めてお目に掛かり光栄です」
ディートヘルム王が深く頷いて、セラフィーナに言う。
「セラフィーナ殿、顔を上げてくだされ。遠路お疲れでしょう。こちらへ」
壇上に設けられた二脚の椅子のほうへセラフィーナを誘う。椅子は向かい合わせではなく、六十度くらいの角度で広間の方を向いている。セラフィーナは勧められるままにいったん着席した。広間にいるすべての貴族、騎士たちの目が壇上に注がれる。
セラフィーナは小さく深呼吸すると立ち上がった。
「このたびは前王崩御へのお見舞い、および新王の即位へのお祝いをいただき、ユニオールは心より感謝を申し上げます」セラフィーナは懐より目録を取り出す。「ユニオール王国女王クラウディア・エルマ・ユニオールより、心ばかりの返礼の品をお贈りします。お納めください」
セラフィーナが目録を差し出すとディートヘルム王も立ち上がって受け取った。それと同時に壇の脇より、返礼の品を乗せた台が運び込まれる。
「おー」と広間の貴族たちから声が上がった。
返礼の品は、人の頭の大きさくらいありそうな魔鉱石が七色七つ、それも原石ではなく美しく精製されたものだ。ユニオールに伝わる秘宝である。その周りを、パルヴィアイネンの化石樹やクレーモラの炎石、クイスマの聖水といった、セラフィーナが本で見たことしかないような貴重な触媒がずらりと埋め尽くしている。
「結構なものばかり、有り難く頂戴する」
ディートヘルム王が満足そうに頷いた。
「こちらは女王クラウディアからの親書です」とセラフィーナが親書を手渡した。
「うむ。拝見する」
ディートヘルム王は親書を開き一読した。親書の終わりの方を読んだディートヘルム王の右眉が少しだけ動いたように見えたが、ディートヘルム王は読み終えるとすぐにセラフィーナの方を向き、微笑んだ。
「親書もたしかに頂戴した。こちらが我からクラウディア女王への親書だ。戻ったらお渡しいただきたい」
「お預かりいたします」
セラフィーナがディートヘルム王から親書を受け取ると広間の貴族たちからいっせいに拍手が巻き起こった。
返礼の会見は無事終了した。
控室に戻り椅子に座るとセラフィーナは大きく息を吐いた。我ながら上手くいったんではないだろうかと思うが、少し心配になって扉の前に立つ二人の護衛騎士に尋ねる。
「おかしくはありませんでしたか?」
「はい、ご立派でした」
「女王陛下もお喜びになると思います」
それは良かった。セラフィーナはホッと胸を撫で下ろした。
その時ドアがノックされ、護衛騎士が対応に出た。戻ってきた騎士が告げる。「セラフィーナ様、アンハレルトナーク魔道士団のエスト様がお見えです」
「分かりました。お通しして下さい」
「セラフィーナ様、エストです。お見知りおきを」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
型どおりの挨拶をして二人とも席に着いた。
「セラフィーナ様、この後は本日ご宿泊いただきます貴賓館にご案内させていただきます。城の敷地内ですので徒歩で十分ほどです」
「ありがとうございます」
「しばしご休憩いただきまして、夜には晩餐会を開催させていただきます。お疲れとは存じますがよろしくお願いいたします」
「はい、大丈夫です」
正直疲れてはいるんだけど出席しないわけにもいかない。
「何かご質問はございますか?」エストが尋ねる。
「そうでした。私、執務が溜まっていますので、明日の朝食が済みましたら国王陛下にご挨拶させていただき、帰国したいのです」
「かしこまりました。話は通しておきます」
「あ、それでですね」セラフィーナは慌てて言葉を付け足した。「急ぎますもので、飛行魔法で帰国したいのです。領内を飛行する許可をいただけませんか?」
「なるほど。お急ぎなのですね」
「はい。お恥ずかしい限りなのですが、新体制になってまだ日も浅く、私がいないだけでも回らないところがあるのです」
「ええ、ご即位間もないですから仕方のないことですわ。かしこまりました。飛行の許可も明日の朝までに取っておきますのでご安心を。護衛の方々はどうされますか?」
ユニオールからは返礼品の護衛もあるため二十名ほどの騎士、兵士を連れてきているのだ。
「彼らは来た道を帰らせます。私は騎士を一人乗せていきます」
「分かりました。あとは何かございますか?」
「あ、そうでした」思い出したようにセラフィーナが尋ねる。「イリスレーア姫は晩餐会にはご出席されますか?」
「は?」
一瞬エストの動きが止まったように見えた。「……イリスレーア姫ですか?」
「はい、帰国されているとお聞きしましたので」
「いえ、姫は現在アンハレルトナークにはおりません」
エストはニコッと笑うと丁寧にお辞儀をして、後ほどお迎えに参りますと言って部屋から退出していった。
なんか怪しいような気もするけど、とりあえず着替えないとね。
セラフィーナは着替えるので護衛に部屋の外に出るようにと命じ、貴賓館へ移動するための支度を始めた。
無事返礼品を渡せました。
続きは明日です。




