第五十七話 三十三日目 ヴァーニャ山の麓 天気曇り
朝日とともに目が覚めた。スッキリとはいかず頭はボーッとしている。簡易テントの寝床では眠りも浅くなるし、というか、なぜかプロポーズされたことが頭から離れず、頭の中と顔が火照ってなかなか寝付けなかったのだ。
「おはよう、レティシア」
「……おはようございます、トールヴァルド」
「隈ができてるぞ。寝付けなかったか?」
「はい……」
「お茶を入れるから朝飯にしよう」
トールヴァルドが入れてくれたお茶を飲みながら朝食をとる。朝食といってもレーションのような簡単なものだ。栄養はあるんだろうけど味気ない。
「そろそろ普通の食事が恋しいな」
「牢獄のカプセルよりはマシですけどね」
「ありゃあよっぽどの時用の非常食だわな」
あれを十年も食べ続けていたレティシアはさぞ味気ない思いをしていたことだろう。
モグモグと食べていると、トールヴァルドが私の左手を見て言う。「レティシア、指輪はどうしたんだ?」
「外しましたよ」
ニヤニヤと私の顔を見るトールヴァルドに私は言う。
「魔法使いは基本的に指輪をしないんですよ」
「え? そうなのか?」
「ええ、指輪そのものに術式や魔力が籠められていると他の魔法詠唱の邪魔になるんです」
「へー。あの指輪にも何か術式が組み込まれていたのか?」
「どうなんでしょう?」私は首をかしげる。「宝石の中に何かあってもおかしくはないですね。魔力を籠めなければ発動しないので分かりませんけど」
「試してみないのか?」
「危険な魔法だったら困りますからね」
もちろん全部レティシアの知識の受け売りだ。どこか大きな町に行ったときにでも調べてもらった方がいいかも知れない。
「そんなことより、疑問に思ってたことがあるんですけど」私はアーシェの方を見る。「なんで白銀のドラゴンが治療に詳しいんですか? その手の知識も大地のドラゴンの方があるんじゃないですか?」
大地のドラゴンはこの世界の知識を集め続けているとアーシェが言っていた。ならば治療の知識も大地のドラゴンのが詳しそうだ。
「うむ。大地も治療に関する知識はあるの。だが、治療は白銀の持つもともとの特性なのだ」
「ほうほう」
「五体のうち、余と白銀は対の存在なのだ。青嵐と大地もそうだ」
「対ですか? 対立してるわけじゃないですよね?」
「うむ。その存在が対なのだ。余は攻撃や吸収を特性とし、白銀は治療や回復を特性としている」
「へー。吸収はともかく、攻撃がアーシェの特性とは知りませんでした」
その割にちっとも攻撃的でもないし。大人になると違うのだろうか?
「やたら攻撃をするというわけではない」アーシェは少し笑った。
その時、トールヴァルドが山を見上げながら言った。「お、白銀のドラゴンが来るぞ」
降りてくる姿が私にも見えた。
「待たせた」
白銀のドラゴンは私たちの前に降り立つと言った。そして人間の姿に変化して、バックパックのような袋を渡す。
「これに薬の材料と錬金のための触媒が入っている。それからエルフの女王への紹介状だ」
「ありがとうございます」
「冬の時期なら我も同行できたのだが、今の時期は山から離れられぬ」
「そこまでは大丈夫です。私たちで何とかしますよ」
私は念のためバックパックの中身を確認する。見たこともない植物や不思議な光を放っている鉱石などが入っている。見るからに貴重そうだ。無くさないように気を付けないと。
「エーリカはとても気難しい。話をするとには気を付けるが良いぞ」
「そうなのですか?」私はエーリカと話したはずのトールヴァルドを見る。
「そうだな。私が会ったときは向こうが呼んだんでそうでもなかったが、人間を嫌っていることは間違いないよ」
苦笑するトールヴァルド。それだけでもあまりいい会見ではなかったことが分かる。
「エーリカとは余が話をしよう。心配ない」
「それがいいかもな」
であれば、エーリカに会いに行く前に打ち合わせをしっかりしないとね。アーシェの薬の件がメインの話だが、できれば古代魔法についても聞きたいのだ。あと、イリスがシーグバーンで見付けてきた本についても。本は念のため持ってきている。
「世話になった、白銀の。ことが済んだら改めて礼に参ろう」
「いや、完治したそなたが来ては雪や氷がすべて溶けてしまうのでそれは不要だ」
白銀のドラゴンが笑う。そう言えばそうだ。本来は一緒にいられない二人なのだろう。
「ではまた会おう」
そう言って白銀のドラゴンは山に戻っていった。
「親切なドラゴンでしたね」
「うむ。白銀はいい奴だな」
「さて、じゃあこの先どうするかを手早く決めよう」トールヴァルドが私とアーシェを見る。「次に向かう場所は三つ考えられる」
まず一つが予定通りフェヴローニヤにいったん戻り、フィクスとシルックの動向を確認するパターン。
次にフェヴローニヤには戻らずこのまま中央アポロニアの森に行き、エルフの女王エーリカに会うパターン。
最後に、アンハレルトナークに行きイリスと合流するパターンだ。ただ、「ここからアンハレルトナークに行くには山を越えないとならん」とトールヴァルドは付け加えた。
「私はいったんフェヴローニヤに戻るのがいいかと思いますが」やはりフィクスとシルックのことは気掛かりだ。
「うん。心情的には私も同感だ」トールヴァルドが頷く。「だがここからフェヴローニヤに戻るよりエーリカに会いに行くほうが近いんだよな」
ここから少し東に移動すれば広大な森が広がっていて、そこが中央アポロニアの森なのだ。
「フェヴローニヤに戻ってまたここまで来ることを考えると六、七日違う。前にも言ったが、私はアーシェの治療を急ぐことが最優先だと思っている」
たしかにそれはトールヴァルドの言う通りだ。私も頷いた。
「そうですね。アマリアさんたちもいますし、フィクスとシルックは大丈夫でしょう」
「ああ、そうだな」
「アーシェもそれでいいですか?」
「うむ」アーシェが珍しくちょっと考え込む顔付きをした。「余はまずアンハレルトナークに行くべきだと思う」
「え?」
アーシェが意外な選択を提示したので私とトールヴァルドは驚いて顔を見合わせた。
「何か理由でも?」
「明確な理由ではない」アーシェはいったん言葉を切った。「だが、あのクラウディアという娘が次に狙うのはイリスではないかと思うのだ」
「どうしてです?」
「そんな気がするのだ」
たしかにイリスとクラウディアには因縁がある。でも狙いはやはりアーシェの方なんじゃないだろうか?
「あれから二十日足らずか……。クラウディアの状態がどうなのかは何とも分からないな」
「あれだけの大怪我です。そんな簡単に治るとは思えませんが……」そう言いながらも私はクラウディアが治してしまう可能性を否定できない。「でも、たとえ治ったとしてもやっぱり狙うのはアーシェじゃないですかね?」
トールヴァルドがさらに考え込む。そしてようやく口を開いた。
「クラウディアがどの程度の情報を持っているかによるが、たしかにクラウディアがイリスレーアを亡き者にしようと思うなら今が千載一遇の好機だろう」
「そんな──」
「まあ聞け、レティシア。いかにクラウディアとはいえ私たち三人が一緒にいる限り、イリスレーアを倒すのは無理だと分かっただろう。イリスレーアは今アンハレルトナークで療養中、しかも私たちはいないときてる」
「……」
「逆にアーシェにはレティシアと私が付いてる。簡単にアーシェを奪える状態ではない。成功確率だけを考えれば、イリスレーアを狙う可能性はある」
「それはそうですが……」
「いずれユニオールがアンハレルトナークと戦おうと思ったらイリスレーアは強力な敵だ。そのイリスレーアが療養中の今、何か仕掛けてもおかしくはないな」
トールヴァルドの言うことは分かる。だが理屈では分かってもイリスが狙われるなんて信じたくない自分がいる。
「余には幸いなことにそなたらが付いている。だがイリスは今一人のようなものであろ?」
「でもアンハレルトナークのお城にいるんですよ? いかにクラウディアでもそう簡単に手を出せますかね?」
騎士団も魔道士団もいるだろう。それにあのエストという女性は古代魔法を使える可能性が高い。そんなところに単身乗り込むなんて考えにくい。
「もちろんアンハレルトナークも警戒はしてるだろう。だが私たちが一緒にいた方がより安全てことだろ、アーシェ?」
「うむ」
エストはイリスがまだ治癒カプセルに入っていると言っていた。たしかにそこを狙われたらひとたまりもないだろう。クラウディアにはあの黒い霧の転移魔法があるのだ。そう思ったらやたらと心配で、いてもたってもいられなくなってきた。
「分かりました。アンハレルトナークに行きましょう」
次の目的地はイリスのいるアンハレルトナークに決まりました。
続きは明日です。




