第五十五話 三十二日目 ヴァーニャ山の麓 天気曇り
「あそこです」
気絶したユリウスと魔法使いを乗せて、飛行魔法で麓まで降りてきた。小さくなった白銀のドラゴンも一緒だ。
「お待たせしました」
トールヴァルドとアーシェが出迎えてくれた。
「白銀も一緒か、小さいな!」トールヴァルドが白銀のドラゴンを見て目を丸くする。
「大きさは変幻自在だそうです」
「ところでそれは?」気絶した二人を指さす。
「あの時の二人ですよ。私を追っかけてきたそうです」
「ああ、ユリウス・クライバーか。……しつこいな」
地に降りた白銀のドラゴンがアーシェの前に立った。
「久しいな、白銀の」
「うむ。健勝ではないようだな、アンシェリーク」
アーシェが何やら呟くと、人間の身体からドラゴンの幼生に戻った。小さい。左側の羽の根元に黒いアザのようなものがある。クラウディアにやられたものだ。
「うむ。羽をやられたか」白銀がアーシェの羽を見る。「この体ではちょっと見づらいな」
そう言うと白銀も何か呟き、今度は人間の姿になった。綺麗な銀髪の少年だ。「こっちの方が見やすい」
「どうかの?」
「うーむ」人間の姿になった白銀がアーシェの羽を調べながら唸った。「これはちょっと厄介だな」
「厄介ですか?」私も思わず覗き込む。
「これは魔法というより呪いに近いな」
「呪い?」
レティシアの記憶に呪いに関するものは無かった。完全に初耳だ。
「うむ。効果が永遠に続く魔法のようなものだ。術者が解除しない限り効果を発揮し続ける」
「そんな魔法が?」
「昔はあったのだ」白銀が頷く。「今は失われているはずだが」
「古代魔法なのですね、やっぱり」
アーシェがまた人間の姿に戻った。
「それで、この呪いは解けるのですか?」
「うむ。解呪の魔法で解ける。だが、我らに魔法は効かぬ」
「そうですね」ドラゴンには魔法が効かないのは分かっている。「あ、でもこの古代魔法はアーシェに効いたわけですよね? もしかして古代魔法にも解呪の魔法があるんじゃないですか?」
「それは残念だが我にも分からぬ。だが他の方法もある。ドラゴンにも効く薬を作れば良いのだ」
「どんな薬ですか?」
「貴重な材料、触媒が多く必要だ」白銀が言う。「しかし、それは我が提供しよう」
「ありがとうございます!」
「だが調合はとても難しい。この世界でこの薬を調合できるのはエルフの女王だけだろう」
またエルフか。よく話に出てくるな。どのみち会わないとならないようだ。
「中央アポロニアの森にいるエルフの女王エーリカですよね? 会いに行きますよ」
「うむ。彼女たちは基本的に人間とは会わない。だが、私が紹介状を書こう」
「ありがとうございます」至れり尽くせりだ。有り難い。
「では、薬の材料を取ってくるゆえしばしここで待つが良い。少々準備もあるが明朝には来よう」
「分かりました。本当に助かります」
「うむ。助かる、白銀の。礼を言うぞ」アーシェも礼を言う。
白銀のドラゴンを見送り、まだ気絶している二人のことを思い出した。
「さて……、どうしますかね?」
「しかし、よく勝ったな。どうやったんだ?」
私はトールヴァルドにどうやってユリウスを倒したかを説明した。話を聞くとトールヴァルドは笑い転げた。
「カッカッカッ、実に間抜けな話だな」
「ですね」
「そんな高地で戦うことはまずないからな。魔法使いのサポートが切れるとは思ってなかったんだろう」
「そんなわけでおそらく酸欠と急性高山病みたいなもので気絶してるんだと思います」
私は二人に治癒魔法を掛ける。光が二人を包み、見る見る顔色が戻ってくる。
「うーん……」
「……うう」
二人が目を覚ました。頭を振ったり目をしぱしぱしている。二人とも先ほどの記憶を呼び戻しているのだろう。
「目は覚めましたか?」
ユリウスが私を見上げる。にやけ顔ではなく辛そうな表情だ。
「ええ、なんとか……」
二人ともまだぼやーっとした感じだ。
「たぶん、お二人とも急性高山病のようなものだと思います。国に戻ったら医師に診てもらった方が良いですよ」
「……」
「はい、そうします……」魔法使いの女性が答えた。
頭を押さえているユリウスに私は言う。
「いいですか、ユリウスさん。あなたは私に負けたことを認めて、二度と仕掛けてこないと誓いましたよ。絶対に忘れないでくださいね」
「……はい」
魔法使いの女性の方は意識がハッキリしてきたのか、顔付きも大丈夫そうだ。
「魔法使いさん、飛べそうですか?」
「はい、なんとか」
「ではユリウスさんを乗せてお仲間のところに戻ってください。そして医師に診てもらうことを忘れてはダメですよ」
「わ、分かりました」
魔法使いの女性がふらふらしながら立ち上がり飛行魔法を出そうとすると、隣のユリウスも立ち上がった。どうやら大丈夫そうだと思って見ていると、ユリウスが目を輝かせてこちらを見た。
「レティシア殿!」
「は、はい!?」
突然大声で呼び掛けられて私も大声で返事してしまった。
「あなたは実に素晴らしい!」
「は、はいい?」
「あなたはとてつもなく強い!」ユリウスはなにやら踊るようにその場で両手を広げて一回転した。「そして優しい!」
高山病で頭が変になったかな?
「レティシア殿! 私の妻になってください!」
「え? えええ!?」
「あなたほどの女性はいません! 必ずや私が幸せにいたします!」そう言うとユリウスは唖然としている私の手を取った。「それに私の妻になっていただければもうどこにも逃げる必要はありません! シュタールの地で一緒に暮らしましょう!」
えええええ?
私はどうすれば良いのか分からずトールヴァルドの方を見るとニヤニヤ笑っている。アーシェは興味深そうに見ている。助けていただきたい。
「あの、いえ、その、私は結婚はできません」
私はなんとか言葉をひねり出した。
「なぜです!? 私はシュタール帝国騎士団ナンバー2、皇帝陛下からの信頼も厚い男です! きっとあなたを幸せにします!」
目をキラキラさせてユリウスが言う。真剣なのだろうけど怖くなってきた。
「私にはやることがたくさんあります。あなたとだけでなく、誰とも結婚はできないのです」
「お待ちします! いつまでも!」ユリウスが私の手を離し、胸元からなにやら小さな箱のようなものを取り出し蓋を開けた。中には指輪が入っている。「これは我が家に代々伝わる秘宝の指輪です。カンペリエで手入れに出していたものを受け取ったところでして、ちょうど良かった!」
ユリウスは指輪を箱から出すと、素早い動きで私の手を取り私の左の手の薬指にはめた。
「よくお似合いです」
「ちょっ、困ります──」
指輪を外そうとする私を制してユリウスが言う。
「あなたが焔のドラゴンを救い、アンシェリークの秘宝を手に入れた後、お返事を聞かせてください。指輪はお預けします」
そう言ってユリウスは私の左手を自分の額に押し当てた。そして立ち上がると、魔法使いの女性の飛行魔法に乗り、笑顔で飛び去っていった。
「……」
なんのことだか理解が追いつかず呆然としている私の顔をトールヴァルドとアーシェが覗き込む。
「おめでとう、レティシア」
「うむ。めでたいな」
「ちっともめでたくありませんよ!」
どうすればいいのこれ……。
人生で初めてもらってしまった指輪を見つめ、呆然とするしかない私だった。
プロポーズされてしまいました。
続きは明日の昼頃です。




