第五十四話 三十二日目 ヴァーニャ山の麓 天気曇り
「ほえー」
見上げたヴァーニャ山のあまりの高さに、思わず口が開いたままになってしまった。
「頂上なんて見えませんね」
「遙か雲の上だな」トールヴァルドが頷く。
元の世界では富士山に登ったことがある。でもあの時富士山を見上げた感じと、このヴァーニャ山を見上げた感じではまったく違う。桁違いにヴァーニャ山の方が巨大で高い。
「この山のどこに白銀のドラゴンがいるんでしょうね?」
「そこまでは余にも分からぬ」
「ぐるっと探してきますね。二人はここで休んでてください」
途中で野営はしているけど、トールヴァルドは三日間馬車を操っていたのだから相当に疲れているはずだ。
「見つかっても見つからなくてもいったん昼前には戻ってきますので」
私はそう言って飛行魔法で飛び上がった。
「気を付けてな」
二人に見送られながら私は山の上の方へ飛んでいく。
雲を抜けるとようやく頂上が見えてきた。富士山のように頂上が平らではなく、写真で見たエベレストのような鋭角な山だ。相当に寒くなってきたので冷気から体を守る魔法を掛けた。
「頂上にいるとは限りませんけど、上から見ていきますか」
頂上の方へ飛んでいくと、空気も相当に薄いことに気付き、呼吸魔法も掛けた。水中でも呼吸できるという魔法で、これがなかったらあやうく酸欠になるところだった。感覚的ではあるけど頂上まで七、八千メートルはありそうだ。
「ここが頂上ですね」
頂上らしきところまで来た。旗でも立ってるかと思ったけど、そういうのはなさそうだ。人類未踏破なのかしら?
「こんなところにいるわけがありませんね」
頂上と言っても切り立った頂で強風が吹き荒れている。人が立つスペースもままならないところにドラゴンがいるとは思えない。
山を見下ろすと雲の上は森林限界以上なのか草木も生えていない。それどころかもう夏なのに雪や氷があちこちに残っている。防寒の魔法はちゃんと機能してても見ているだけで寒くなってくる。
山をぐるっと回りながら徐々に下っていく。洞窟でもあればそこが怪しいんじゃないかと思う。
「それにしても大きな山ですねぇ」
思わず独り言が出るほどに大きな山だ。回りながら降りるといっても時間が掛かる。飛行魔法に防寒、呼吸の魔法も掛けているのだ。あんまり長時間だと魔力が心許なくなりそうだ。
山を何周かしたところで横穴を見付けた。高さも横幅も十メートル以上はありそうで、これならドラゴンがいてもおかしくない。
「熊はやめてくださいね……」
私は飛行魔法を解いて、横穴に足を踏み入れた。覗き込んでも先は見えない。だいぶ深そうだ。「灯りの魔法」と唱えると私の右肩当たりに光が浮かび上がってあたりを照らしてくれる。便利な魔法だ。
ずんずん奥へと入っていく。曲がりくねってはいるが一本道だ。しばらく進むと先が広くなっていそうな雰囲気に足を止めた。いるような気がする……。
ちょっと躊躇してから足を踏み出した。高さも奥行きも数十メートルはありそうな広い空間だ。
白銀のドラゴン!
空間の奥の方に巨大な、そして白銀に輝くドラゴンが横たわっている。二、三十メートルはありそうだ。長い首をこちらの方に突き出し、鋭い目が私のほうを見ている。正直怖い。
「そなたがレティシア・ローゼンブラードだな?」
ドラゴンのゆったりした声が広い空間に響く。
「は、はい!」
なんで私のことを知ってるのだろう?。
「あなたが白銀のドラゴンさんですか?」
私の問いにドラゴンがゆっくりと頭を縦に振った。
「いかにも我は白銀のドラゴンと呼ばれている。ウィルフレド・ドラゴン・デ・アージェントだ」
「あ、あの! 私ですね、あの――」
目の前のドラゴンの迫力に押されて上手く言葉が出ない。
「慌てるな、レティシア・ローゼンブラード。そなたがここへ来ることは分かっていた」
「へ?」
「アンシェリークが来ているのであろう?」
「は、はい! そうなんです。クラウディアの攻撃を羽に受けて飛べなくて」
「うむ。それも分かっておる。だがその前にそなたに客人のようだぞ」
「客人?」
私が振り返ると、広い空間の入り口あたりに男女が立っていた。男の方はあのシュタールの騎士、ユリウス・クライバーだ。
「見付けましたよ、レティシア・ローゼンブラード」
ユリウスが先日と変わらぬにやけ顔で立っている。後ろにいるのは魔法使いの女性だ。飛行魔法で付けてきたのか。
ほうほうの体で逃げたのにまた来るとはしつこいな。
「あなたとは決着が付いたはずですけど?」
「あの時は敗れましたが、最終的に勝てば良いのです」ユリウスはさらに笑みを深めた。「なにしろ我らが皇帝陛下は短気なのです」
「それは聞きましたよ」
ユリウスが剣を抜いた。私も防御魔法を出す。すでに防寒に呼吸、灯りの魔法も使っているだけにあんまり魔法を使いまくるわけにはいかない。だが、私には勝算がある。
「もう手加減しませんよ」
「もちろんです。私も本気で行きましょう」ユリウスが剣を構える。と同時にこちらに向かって凄いスピードで飛び込んでくる。私の周りでいくつかの防御魔法が剣を防いだ。
今だ!
ユリウスの剣を受けた私は、ユリウスが立っていた方に全速で移動した。そして一緒にいた魔法使いに攻撃魔法を放った。「光の攻撃魔法!」
まさか自分が攻撃されると思っていなかったのか魔法使いは防御も間に合わず、光の矢を受けて倒れた。私は魔法使いに駆け寄る。大丈夫、気を失っただけだ。
「なんの真似です? 魔法使いを倒しても意味はありませんよ?」ユリウスが私に言う。「まさか私を帰れなくしようというなら小賢しいだけですよ」
「そんなことではありませんよ」
首をかしげたユリウスが「あっ!」と叫んだ。そしてブルブルと震えだした「ま、まさか、防寒の魔法を切るためですか!?」
「そういうことです。防寒だけじゃないですよね?」
「呼吸の魔法も!」苦しそうに喉のあたりを押さえるユリウス。術者が倒れれば補助魔法は消えてしまう。補助魔法に頼った戦いをしたことがないのか、あるいは高い山の上だと忘れてしまったのか、どっちにしてもこんなにあっさり引っかかるとは。腕は立つけど迂闊なのね。
「どうしますか? 私を倒せばここで三人凍死するだけですよね。いや、その前に酸欠ですかね?」
「うぐぐ――」ユリウスが入り口の方を見た。
「おっと。逃がしませんよ」私は両手を広げてさらに言う。「ここで死ぬか、降参するかすぐに決めてください」
「くっ、はあ、はあ、分かりました。降参です。はあ、はあ、本当にもう二度と……」
ユリウスはその場でドサッと倒れた。酸欠か急性の高山病だろう。私はとりあえずユリウスと魔法使いの二人に防寒と呼吸の魔法を掛けた。しばらくは目は覚まさないと思う。
「お騒がせしました。白銀のドラゴンさん」
「見事な戦い振りだな」
「いえいえ、相手が迂闊だっただけですよ」私はそう言って、気を引き締めた。「そんなことよりも、アーシェは治せますか?」
「うむ。見なくては何とも言えぬな」
「でもアーシェを飛行魔法に乗せられないんです」
「それは分かっておる」そう言うと白銀のドラゴンは何やら口の中で呟いた。するとサイズが急速に縮み、体高が一メートルくらいになった。
「……そんなこともできるんですね」
「大きくては不便な場所もあるのでな。では行こうか。そこの二人はどうするのだ?」
「運びますので大丈夫です」
またユリウスが来ましたが撃退しました。
設定ではヴァーニャ山はエベレストと同じような山です。
続きは明日の昼頃です。




