第五十二話 二十九日目 フェヴローニヤ 天気晴れ
エストを見送り、さてと考える。イリスとクリスティーナの居場所は分かったけど、いまだにフィクスとシルックの行方は分からない。
「結局、フィクスとシルックを探さないといけませんので、このまま近郊の村を見てきますね」
「ああ、頼むわ。こっちはもう一度町の中をくまなく見てみるわ」
私は隠蔽魔法を展開してから飛行魔法で飛び上がった。フェヴローニヤ近郊にはいくつか村があるのだが、オースルンドとの国境が近い東側を除くと、西に一つと南西に一つ、それぞれフェヴローニヤから馬車で一日以内の村がある。フェヴローニヤから避難するとしたらこの二つの村のどちらかだろうと当たりを付けた。
結論を言えばどちらの村にもフィクスとシルックはいなかった。
「どちらかにはいると思ったんですけどねぇ」
夕方、フェヴローニヤの宿屋に戻った私はさすがに疲れていた。どちらの村もそれほど大きな村ではなかったが、フェヴローニヤからの避難民が多くてフィクスたちがいないか探すのは結構骨が折れた。
「こちらも収穫なしだ」トールヴァルドが言う。「これで三日間、町中を探したつもりだけど、何の手掛かりもない」
「そうですねぇ……。どこ行っちゃったんでしょうね」
「レティシア、一つ提案がある」
トールヴァルドが真面目な顔で私を見つめて言う。
「明日の朝、アマリアがシーグバーンから戻ってくるだろ?」
「ええ、そう言ってましたね」
「フィクスとシルックの捜索を彼女に頼んで、私たちは先に進まないか?」
「え? うーん……」
でも置いていくのは悪いような気もする。
「アマリアは昔の仲間を連れてくると言っていた。しかも元盗賊だ。言わば捜しもののプロだ」
「それはそうですね」
「彼女に頼んで、私たち三人はひとまずヴァーニャ山まで行って白銀のドラゴンに会う。白銀にアーシェの治療方法を聞いてから、またフェヴローニヤに戻って、それから今後の方針を決めた方がいい」
一理ある。フェーディーンからオースルンドへ進むのであれば、青嵐のドラゴンによってオースルンド軍が壊滅した今だろう。宣戦布告したからにはまたオースルンドは軍を送ってくるはずだ。
「それにクラウディアのこともある。そうそうまだ回復はしてないだろうが、アーシェの件はなるべく早く進めたほうがいい」
「そうですね。アーシェはどう思いますか?」
「うむ。余もそれが良いと思う」
トールヴァルドが入れてくれたお茶を飲んで、私は頷いた。
「ではそうしましょう。馬車は手配できそうですか?」
「ああ、御者はこっちでやらないとならないが、馬と馬車は手配できた」
「トールヴァルド、馬車の御者までできるんですか?」
「まぁなんとかなるだろ」
トールヴァルドが地図を広げる。
「アマリアには簡単に事情を話して、野営の準備を整えれば明日の昼前には出発できるだろう。オースルンドに入国して、まっすぐ北東に進めばヴァーニャ山だ。途中で町や村には寄らずに行けば、三日目の昼前には着くだろう」
「二泊三日ですね」
「そういうことだ」
白銀のドラゴンと会えるのかは現状では分からないし、会えたとしても何を教えてくれるのかも分からない。でもそれが分からないと、たしかに今後の方針の立てようがない。
「よし。じゃあ、明日からの予定はこれでいいな」トールヴァルドもお茶を飲んで、話を続ける。「じゃ、ちょっと気になることがいくつかあるので、その話をしておこう」
「なんですか?」
「まずは青嵐のドラゴンだ。アーシェは青嵐のドラゴンがどこにいるのかは分からんのだよな?」
「うむ。残念だが分からぬ」
「姿を見たという町の人に話を聞いたところ、数百メートルはありそうな巨大なドラゴンだったそうだ。普段は山にいたり、空を飛んでたりするものなんだよな?」
「うむ。だが、大きさなど自由に変えられるゆえ、常に見えているとは限らぬ」
「そういうものなのか……」
本当に不思議な生き物ですね……。
「まぁそれはいい」トールヴァルドは気を取り直して話を続ける。「私が気になってるのは、また何らかの戦いが起きると青嵐のドラゴンが出てくるんじゃないかということだ」
「うむ」
「それ、私も気になります」私もアーシェの方を見て言う。「アーシェは人間の暮らしには介入しないって言ってましたよね? そうじゃない偉大な五体のドラゴンもいるってことですか?」
「そうだの」アーシェはちょっと顎に手をやった。「実はそのあたりは良く分からぬのだ。他のドラゴンと話をする機会も滅多にないので、年月を経て気が変わってもおかしくはないな」
「なるほど」
「ゆえに、またオースルンドの軍が攻め寄せてきたときに青嵐がどのような行動をとるのか、余には予測できぬ」
「アーシェの言う通り青嵐のドラゴンにとって何か気に入らないことがあったのだとしたら、それが何なのかが問題ですね……」
「まぁ、大軍を潰されたんだ。そう簡単にはオースルンドも軍を再編はできまい。青嵐が来た時と同じような状況にはそうそうならんとは思うが、私たちはなるべく素早く行動すべきだな」
そう言うとトールヴァルドは今度は私に向き直った。
「次は魔法の話だ、レティシア」
「なんでしょう?」
「あのエストというアンハレルトナークの魔法使い。傷ついたイリスレーアとクリスティーナをアンハレルトナークに連れていったと言ったよな」
「ええ」
「そしてまた今朝、私たちに会いにフェヴローニヤに来た」
「そうですね」
「飛行魔法はそんなに速く飛べるものなのか?」
「え?」
言われて気付いた。たしかにそうだ。しかもイリスとクリスティーナを連れて。
「そう言えば、速すぎますね……。全力で飛べるところまで飛んで、魔法使いを乗り継いで……、いや、それでも速すぎます」
レティシアの知識から計算するに、私が全速で休まず飛んでもここからアンハレルトナークは二日は掛かりそうだ。もっともそんなに魔力が持つとは思えないけど。
「そうだよな」
「どういうことですかね?」
「これは想像だが」トールヴァルドはいったん言葉を切った。「アンハレルトナークには、いや、少なくともあのエストって奴は古代魔法を使えるんじゃないかと思う」
「古代魔法を? 古代魔法にそんなに速く飛べる飛行魔法があるんですか?」
「いや、それは知らん。だが、レティシアが知らない魔法を使う。ならばそれは失われた魔法だろう」
「……つまり、どういうことですか?」
「私たちはアンハレルトナークにも気を付ける必要があるってことだ。イリスレーアは信用できても、アンハレルトナークが信用できるとは限らないと考えておくべきだ」
なるほど。さすがにトールヴァルドは目端が利く。なんとなくアンハレルトナークは良い国だろうと思っていたけど、何かあってもおかしくない。
私が頷くと、トールヴァルドも頷いてまた話を始める。
「最後にアマリアのことだ」
「はい」
「アルフシュトレーム商会は解散したという話だったよな」
「そうですね。フィクスはそう言ってましたよ」
「フィクスは解散の理由を何か言っていたか?」
「理由ですか?」私はちょっと考えたがとくに理由は聞かなかったと思う。「とくに何も言ってませんでしたね」
「そうか」
そう言ってトールヴァルドがちょっと考え込む。
「私はアルフシュトレーム商会は本当は解散してないんじゃないかと思う」
「解散してない?」
「ああ。情報が速くて正確だし、動きも速い。しっかりした組織でなければこうはいかないはずだ」
「でも、商会としては解散したと言ってましたよ」
「うん。表向きの商会は解散して、実体は地下に潜ったのかもしれない」トールヴァルドは一拍置いて言葉を続ける。「アンシェリークの秘宝を追っていたのだろう?」
「そう言ってましたね」
「まぁ、これは想像に過ぎないがな。フィクスもすべてを話しているわけではないんじゃないかと思う」
最初は怪しげな奴と思ってたけど、旅をする内になんとなくフィクスのことは信用していた。
「カッカッ」トールヴァルドは少し笑って私に言う。「まぁ道連れだし、あまり疑いたくない気持ちは分かる。だが、レティシア。自分の立場を忘れない方がいい」
「立場ですか?」
「そう。焔のドラゴンと旅をして、アンシェリークの秘宝にも近い人物と見られている。レティシアから情報を取りたい奴は大勢いるってことさ」
「……おたずね者ですね」
「そう。これから私たちはさらにドラゴンの秘密や、アンシェリークの秘宝に近付くだろう。得る情報はどんどん貴重になる。近付く者はすべて疑うくらいでも良いと思うぞ」
「……分かりました」
追われてると思うと気持ちが暗くなるのであんまり考えないようにしていたけど、基本的に私はおたずね者だ。気を引き締める必要はあると自覚している。
「まあそう暗くなるなよ」トールヴァルドが笑う。「少なくとも私は完全に味方だ。それは信じてくれていい」
「うむ、余もレティシアの敵ではないぞ」
少し気持ちが軽くなったような気がする。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
いろいろ考えてるトールヴァルドでした。
続きは明日です。




