第五十話 二十八日目 フェヴローニヤ 天気晴れ
昨日は結局イリスたちを見つけることはできず、今日は私も町中を探し回ったのだけどどこにもいなかった。日が暮れてきたので宿屋に戻ってきたところだ。
「これだけ探していないということは、フェヴローニヤにはいないってことですかね……」
「そうだな……」トールヴァルドも疲労の色が見える。「だがあいつらが何も残さずに勝手に移動するとは思えんがなあ」
戦争やドラゴンのことがあったとはいっても、待ち合わせをここフェヴローニヤとしてあるのだ。よっぽどのことがなければ勝手に移動しないだろう。
……そのよっぽどのことがあったのかもしれない……。
そう思ったが私は口に出さなかった。言葉にしてしまうと本当になりそうで怖い。
食欲はなかったが一応夕食をとり、今後のことを考える。アマリアはいったんシーグバーンに行き、昔の仲間を集めてくると出発していった。
「明日は近隣の村も探してみたほうがいいかもしれないな」
「そうですね」私はトールヴァルドに頷く。「私が行ってきます」
「うん。頼む」
フェヴローニヤ近郊にはいくつかの村がある。いったんそこに避難していてもおかしくはない。もっともそれならこちらに連絡をとってきてもいいはずだが……。
「アーシェ、どうして青嵐のドラゴンは攻撃したんでしょうか?」
これまでアマリアがいたので聞けなかったが、ようやく聞いてみる。
「うむ。理由は定かではないし、これを言うとそなたらは気を悪くするかもしれぬが、おそらくは何か気に触ったのであろう」
「気に触った……。戦争が嫌だったんですかね?」
「青嵐はこの辺りをねぐらにしていたからの。だがこの周辺は昔から戦の多い地域なのであろ?」
「そうですね」
だとすれば、戦争を憎んでとかそういうファンタジーな理由ではなく、本当に何らかの理由があったのだろう。
「クラウディア絡みってことも考えられるな」
「そうですね……」
トールヴァルドの言うようにこの件にクラウディアが絡んでいたら最悪だ。偉大な五体のドラゴンと戦わなければならいような事態は避けたい。
「はぁ……」
さすがに疲れて思わずため息を吐く。食事は終わったが、なんだか席を立つ気力もなくてボーッとしていた。トールヴァルドも喋る気力もなさそうだ。
「レティよ」
アーシェが真面目な顔で私を見つめている。
「なんです? アーシェ?」
「余が邪魔だと思ったらすぐに置いてゆくが良いぞ」
「え?」
「余がいることで自由に動けぬのであろう?」
寂しそうな……顔ではないな。でも真面目な顔だ。本気で言っているのだろう。
「邪魔とは思っていませんよ。逆にちゃんと付いてきてくれて感謝してますよ」
「感謝?」
「ええ、そうです。だってそうでしょう?」私はいったん言葉を溜めた。「アーシェを守ることがこの世界の平和にも繋がってるんですよ。凄いことじゃないですか?」
焔のドラゴンの力を欲する国もあれば、クラウディアもいる。アーシェを一人にしたらすぐに魔の手が伸びるだろう。偉そうな話だが、私が守らずどうするって感じだ。
「平和といっても余には何もできぬぞ」
「それでいいんですよ。アーシェが穏やかに暮らせる世界こそが平和なんですから」
トールヴァルドも笑いながら会話に加わる。「まだ秘宝の謎も解けてないしな」
「うむ。分かった。そなたらは面白い人間だな」
「ホント、レティシアは変わってるよな」
「いやいや、トールヴァルドもですよ」
三人で笑ったら少し気が晴れた。明日も頑張ってみんなを探そう。
翌朝、フェヴローニヤの町はまだどことなく落ち着かない雰囲気だ。町の人々の顔にもまだ不安の色が見える。だが、今朝から東門や壁の修復作業も始まったようで、徐々に活気も戻ってくるだろう。
「それでは行ってきますね」
宿の前でトールヴァルドとアーシェに後を頼んで、飛行魔法で飛び立とうと思った瞬間、通りのほうから駆けてくる女性に呼び止められた。
「ちょっと待ってくださいー!」
私はトールヴァルドと顔を見合わせる。
「知ってる方ですか?」
「いや、知らんな」
女性は私たちの前までやってきて、体全体で息を切らせている。「はあ、はあ……やっと……はあ……見付けました」
綺麗な青いストレートヘアでスラッとしたスタイルの美人さんだ。レティシアの記憶にも会ったことはない。
「あなたはどなたですか?」
「わたしは」やっと呼吸を整えて、女性が私たちをしっかりと見据える。「アンハレルトナークの者です。エストと言います」
アンハレルトナーク!
一瞬、返事に困った。イリスは今いないのだ。
「姫様のことでお話があります。少しお時間よろしいですか?」
「えーと、イリスは今……」
「それも含めてお話を」
どうやらその辺も分かっていての話のようだ。行方を知ってるのかな?
私たちは一度出た宿屋に再び入り、部屋に戻った。三人部屋なのに椅子は二脚しかないので、エストに座ってもらい、その対面の椅子に私が座り、トールヴァルドとアーシェはベッドに腰掛けた。
「さっそくですが、私はアンハレルトナーク王にお仕えしている魔法使いです。この訪問は王の許可を得ています」エストが切り出した。
「魔道士団員なのか?」
「いえ、魔道士団とは別に直接王にお仕えしています」
つまり側近ということだ。王やイリスにも近い人物なのだろう。
「姫様、いえ、イリスレーア姫は今アンハレルトナークにいます」
「えっ!?」
私とトールヴァルドは驚きのあまり同時に声を上げた。
「どうしてアンハレルトナークに?」
「青嵐のドラゴンのブレスを受けたのです」
「ブレスを!?」
イリスとクリスティーナはフェヴローニヤ防衛の助勢に出て、青嵐のドラゴンのブレスを受けてしまった。そして大怪我をした二人をエストがアンハレルトナークに連れ帰ったそうだ。
「二人は無事なんですか?」私は思わず立ち上がった。
「生命はとりとめました。ですがお二人とも重傷です」
「そうですか……」
ちょっと力が抜けて私は椅子に座り直した。重傷は良くないが、ドラゴンのブレスを受けて生きているのなら良かったと言って良いだろう。
「今お二人は治癒カプセルに入っています」
カプセルの中は治癒魔法の術式を混ぜ込まれた液体で満たされていて、その中に浸かっていると怪我の治りが早いのだそうだ。
「どれくらいで治るんですか?」
「それはまだちょっと分かりません。複数箇所の骨折に、火傷も負っています。じっくり治さなければ傷が残ってしまわれます」
「そうですね」
でもちゃんと治るなら本当に良かった。私はちょっとだけ胸を撫で下ろした。
「レティシア殿にお願いがあるのです」エストが改まって私を見つめる。「イリスレーア姫は体調がある程度戻り次第、みなさんのもとへ行こうとするでしょう」
「え? そうかもしれませんね」
「ですが、先ほども申し上げましたとおり、国王陛下も私たちも姫様にはじっくり怪我を治して欲しいと思っています。大事な姫様です。傷を残して欲しくないのです」
たしかにイリスの性格ならすぐに戻ってきそうな気がする。でもエストの言うとおり、怪我はじっくり治した方が絶対にいい。
「私もそう思います。怪我はキチンと治して欲しいです」
「ありがとうございます」エストはホッと息をついた。「そこでレティシア殿に姫様への手紙を書いて欲しいのです」
「手紙?」
「はい。無理することなくじっくり治すようにと」
「いいですよ。簡単なことです」私は頷いた。
トールヴァルドがバックパックから手紙を書くための道具と便箋や封筒を出してくれた。こんなものを持ち歩いているとは意外だが、携帯もない世界だ。旅をするには必需品なのかもしれない。
私は手紙を書き始める。無事でよかったこと、私たちのことは心配せずにじっくり治して欲しいことを書いた。
「もしよろしければ、一段落ついたらアンハレルトナークに行くから待っていて欲しいと書き添えていただけますか? そうすれば姫様は無理に飛び出さないと思います」
「私たち、アンハレルトナークに行っても良いんですか?」
「もちろんです。国王陛下も姫様のご友人として歓迎されると思います」
「分かりました。ではそう書きましょう」
サラサラッと書いて、トールヴァルドとアーシェにも声を掛ける。「二人も一言ずつ書いてくださいね」
「おう、そうだな」
「うむ、分かった」
二人が一言ずつ書いている間に私はもう一枚便箋を取り出す。
「エストさん、クリスティーナにも渡してもらっても良いですか?」
「ええ、もちろんですよ」
私はクリスティーナにも手紙を書いた。イリスを守ってくれたことのお礼と、くれぐれもゆっくり治すよう書き添えた。
「よし、書けたぞ」
私は手紙をそれぞれ別の封筒に入れ、エストに手渡した。「お願いしますね」
「はい。姫様のこと、クリスティーナ様のことはお任せください。アンハレルトナークが責任をもって完治してもらいますので」
「はい、よろしくお願いします」
50話まできました。
続きは明日です。




