第五話 二日目 フィクスの隠れ家 天気晴れ
フィクスの後ろに付いていきながらも、売られるかも?とか、襲われるかも?とか嫌な想像がつきまとう。私には武道の心得もないし、レティシアもこの身体の小ささだ。多分格闘には向いてないだろう。もしかしてと記憶を探ったけど、格闘の経験もないようだ。魔法使いなのだから仕方ない。
「心配しなくても大丈夫。君を売ったりはしないよ」離れて付いていく私にフィクスが声を掛ける。爽やかな笑顔が逆に信用できない。
少し歩くと麦畑が途切れ、フィクスは緑の深い山の方に入っていく。靴が大きくて歩きにくいので山奥は勘弁してほしい。
「すぐそこだよ」
フィクスの言うとおりさらに五分ほど歩くと森の中のちょっと拓けた場所に出た。
「ここですか? 何もありませんけど」
「隠してあるからね」フィクスはそう言うと小さく呪文をのようなものを唱えた。すると、小さな木造の家が浮かび上がった。「さあ、どうぞ」
フィクスに促されて家に入る。クリスティーナに吹き飛ばされた山小屋に良く似た造りだ。この世界の家はこういうものなのかもしれない。
居間のソファーに腰掛けた私にフィクスがお茶を入れてくれた。「心配なら毒味の魔法で調べてもらっても構わないよ」
そんな便利な魔法があるのか。レティシアの記憶から毒味の魔法を思い浮かべ、目の前のお茶に掛けてみる。カップの下に小さな魔法陣が浮かび、カップが光に包まれてしばらくすると消えた。ただのお茶のようだ。
「いただきます」
私はお茶を飲みながら気付いた。そう言えば、昨日から何も口にしてなかった。あのカプセルを飲んでいたので大丈夫だったのだろうか。
「ここはもともと、頂いたお宝なんかを保管しておくための隠れ家でね。以前は仲間もいたんだけど今はバラバラになってしまったので、ここに立ち寄る者は他にいないよ」
「そうですか。服はあるのですか?」なにより服を着替えたい。
「色んなところに紛れ込むために、各地の隠れ家には服もたくさん用意してある。君と背格好の良く似た仲間もいたので、ここにもおそらく合うサイズの服があると思う。後で部屋に案内するよ」
お宝とやらはもう無いらしいが、服なんかはそのままになっているらしい。
フィクスはこの十年くらいということでこの世界で起きたことを色々と話してくれたが、正直ほとんど分からなかった。レティシアは本当にこういった世事には疎いというか興味が無かったようだ。
「ところで、レティシア・ローゼンブラード。君はこれからどうするつもりだい? もしや投獄された恨みを晴らしに行こうとか思ってる?」
「恨み?」恨みもなにも、その辺の記憶がうまいこと出てこないのだ。恨みを持っていると思われるくらいなら、もしかするとよっぽど嫌な思い出なのかもしれない。
「そう、君を嵌めたのはユニオールなのだろう?」
ユニオール? レティシアの記憶によれば、ユニオールはアポロニア大陸の北方にある小国らしい。でも嵌められたという記憶は出てこない。
「別に、そのようなつもりはありません」
フィクスは真偽を図るように私を見つめている。でも見つめられても、実際そんな気はないのだから嘘ではない。
「そうか。どこかでは行くアテでもあるのか?」
「とりあえず、行きたいところはあります」
ここがノーブルヌの国と分かったので、世界地図の中でのおおよその現在位置は分かった。世界地図といってもレティシアの記憶の地図はかなり曖昧だけど……。
「なら、僕も一緒に連れて行かないかい?」フィクスが良い笑顔で自分を指さす。
「へ? あなたをですか?」
「そう。まあ聞いてよ。君がどこに行こうとしているのかは分からないけど、そんなに近くはないのだろう?」
「……ええ、まあ」
「そうすると、君は気配を消す魔法を掛けて移動するしかない。つまり、魔法でひとっ飛びってわけにはいかないよね」
「それは……」
たしかにそうはいかない。隠蔽魔法は人の目から姿を隠す魔法だが、魔法を使えるものには見えてしまう。気配を消す魔法を使えば魔法使いの気配そのものを消すことができるが、掛けている間は魔法は使えない。
隠蔽魔法だけではクリスティーナに気配を察知されてしまったように、追手に見つかってしまう可能性は高い。
「君はおたずね者だ。正体を隠して移動しなければならない。でも、少女が独りで旅をしていれば色々と疑われかねないよ」
「疑われますか……」
「普通は、少女が独りで国を越えていくような旅をすることはないよ。それに君はある意味有名人だ。気配は察知されなくとも、多少の変装では正体を見破られることもあるかもしれない。疑われずに移動することが重要だ。その上、牢獄から出たばかりの君は一文無しだろう?」
「うっ、それはその通りです……」
「魔物やモンスターを倒せば金目の物が手に入るかもしれないけど、それこそ君のような少女が強いモンスターを倒せば、何者だろうという話に必ずなる」
レティシアの魔法があれば魔物やらモンスターとやらも倒せるのかもしれないけど、そんな怖いことはしたくない。
「君に目を付けてる連中はたくさんいる。シュタールやハーフルトも追手を出しているだろう。堂々と街道を通って町を経由しながら目的地まで無事到着できるかな?」
「うう……。それは分かりません」
「いざというときには魔法で蹴散らしてしまおうって腹かもしれないが、そんな簡単にはいかないと思うよ」
たしかにそうだ。私にはレティシアの魔力と記憶があっても、この世界での経験値が圧倒的に足りない。そりゃまだ二日だし。じっくり記憶を呼び出しながら行動することはできるかもしれないが、とっさの時にどう動けば良いのか分からなくなることは多そうだ。
「たしかにそうですが……」それでも男の人と旅なんてちょっと抵抗がある。
「それではこうしたらどうだろう?」フィクスは手を打った。「君は僕を雇えばいい。盗賊のスキルもあるし、世界中色々なところに行ったことがあるから知識もある。なに、金は目的地に着いてからで構わない。僕は雇い主の言うことはちゃんと聞くし、君もその方が気が楽だろう?」
「ふむ」
そう言われてみればそうかもしれない。ベルナディス大公国のアジトにはある程度の蓄えがあるという記憶もある。もっともアジトがちゃんと残っていればだけど。
「分かりました。ではお願いします」私は意を決して頼むことにした。「それで、どうすれば良いですか?」
「今日のところは休んで、明朝出発しよう。その銀色の髪は目立つので染めた方が良いし、色々揃える物もある。ここから一番近いトセリの町へ行こう」
「分かりました」
「で、君はどこに向かうつもりかな?」
「ベルナディス大公国です」
アジトは危険かもしれないが他に行くアテもない。
「ベルナディス……か。ずいぶんと遠いな。馬車を乗り継いでも相当掛かるだろう」
「そうですね。どのくらい掛かりそうですか?」
「一ヶ月はくだらないだろうね」
この世界は、一ヶ月が三十日固定で、十二ヶ月で一年となるらしい。私のいた世界とほとんど同じ暦だ。ということは、一ヶ月の長さも変わらないわけで、ずいぶんと長旅になりそうだ。急ぐ旅ではないけれど、追手に追いつかれない程度には急ぐ必要がある。
フィクスが一緒に行くことになりました。
今日はお昼くらいにもう一本アップします。