第四十七話 ユニオール暦八百七十三年七月十二日 フェヴローニヤ 天気晴れ
そろそろ夜も更けて日付も変わる頃だが、フェヴローニヤの東門の外は苛烈な戦いが続いている。圧倒的に押しているのはオースルンド軍だ。
「爆発の攻撃魔法!」
クリスティーナが攻撃魔法を唱えてオースルンド軍の魔法使いを次々と墜としていく。
レティのライバルを名乗ってるのも伊達じゃないわね。
クリスティーナの飛行魔法に同乗しているイリスレーアは素直に感心した。アンハレルトナークの魔道士団でもこれほど使い手はそう多くない。
ただ一つ、レティシアと違うのは攻撃魔法を撃つ間隔だ。レティシアほどに次々とは撃てないようで、その辺は何かあるのだろう。
「本陣よりも城壁近辺の支援を先にした方が良さそうですわ」
イリスレーアの進言で東の丘のオースルンド軍本陣を目指そうとしていたのだが、状況があまりに悪い。すでに城壁にはオースルンド軍が取り付き始めていて、フェーディーンも必死で迎撃しているが何しろ数が違いすぎる。
「雷の攻撃魔法!」
城壁に取り付いているオースルンド兵に向けてクリスティーナが雷撃を放つと、兵がバラバラと落ちていった。
「雷撃も使えるのね」
「ええ。レティシアほどではありませんが、他にもいくつか使えますよの」
たいていの魔法使いは一つ二つの属性しか持たず、それを伸ばしていくことになる。レティシアのようにいくつもの属性の魔法を使いこなす方が稀なケースだ。
「あれは……」
城壁に取り付きつつあるオースルンド軍の中に白い鎧を着た一団が見える。レッジアスカールックの重装甲兵だ。さらに目を凝らすとその指揮官は銀と赤の軽装甲を纏っている。レッジアスカールックの聖堂騎士だ。
「聖堂騎士まで動員しているのね」
レッジアスカールックの聖堂騎士団は他国で言う宮廷騎士団のようなもので、法王直属の精鋭だ。
やっぱり本気でフェーディーンを落とすつもりなのね、レッジアスカールックは。
クリスティーナは次々と城壁に取り付くオースルンド兵を落としていくが、彼女がどんなに奮戦しても大勢は変わらない。次々と兵が城壁に押し寄せてくる。
「クリスティーナ、このままでは持たないわ。やはり先に敵の本陣を叩きましょう」
「そうですわね」
攻め寄せるオースルンド軍の篝火と、真上の月の光で戦場は明るい。
「風が出てきましたわね」
飛行魔法が少し揺れる。
「いっそ嵐でも来てくれればいいんどけど」
イリスレーアがそう言った刹那、ひときわ強い風が吹いた。
「しっかり掴まってくださいませ」
「ええ、大丈夫」
体勢を立て直して再び東の敵本陣へ向かおうとすると、先程より少し薄暗くなったのが分かった。
雲?
と思い、イリスレーアが空を見上げると、何やら影が月明かりを遮っている。よく目を凝らせば、翼を広げた巨大なドラゴンのシルエットだ!
「ドラゴン!?」
イリスレーアとクリスティーナは同時に叫んだ。
戦場を覆うほどの巨大なドラゴンはゆっくりと旋回すると、全身から緑色の光を発し始めた。
「いけない! ブレスが来るわ!」イリスレーアが叫ぶ。
「えっ!?」
次の瞬間、戦場全てにドラゴンから発せられた緑の光が降り注ぎ、戦場の人も馬もあらゆるものを一瞬にして吹き飛ばした。
東の空が一瞬、緑色に光ったかと思ったら凄まじい爆発音が鳴り響いた。町の中では周囲の建物の窓がいっせいに砕け散り、人々の悲鳴が響く。さらに間もなくすると岩や石も降り注いできた。
「シルック、ここは危ない! 避難しよう!」
「そうですね」
フィクスはシルックの手を引いて西に向けて駆け出した。二人がいた町の中央広場は民衆が阿鼻叫喚、逃げ惑っている。
「西門は開いてるぞ!」
誰かが叫んだ声に従うように民衆が西に向けて逃げ始める。だが、人が多すぎて進むのもままならない。
「フィクス、手を離さないでくださいね」
「えっ?」
シルックの言葉に頷く間もなく、フィクスの体がフワッと浮き上がった。足もとを見れば魔法陣が展開されている。
「シルックも飛行魔法を使えるのか?」
「はい。あくまで緊急用ですが」
そのまま浮かび上がると東側の様子が見えてきた。というか、そこにあるはずの東門が無い!
「門が無いぞ!」
「フィクス、あれを」
シルックが指差す方を見ると、悠々と空を旋回する巨大なドラゴンが月明かりに照らされている。薄緑の光を纏ったドラゴンだ。
「ドラゴンだって!?」
フィクスが驚きのあまり叫んだ。
「あれは青嵐のドラゴンですね」
「青嵐のドラゴン? 偉大な五体のドラゴンの?」
「そうです」
「偉大な五体のドラゴンがいったいなぜ?」
「それは分かりません」
さらに上がっていくと戦場の、いや戦場だったはずの東門の外も見えてきた。至るところで地面は大きくえぐられ、一面に兵が倒れている。
「何ということだ……」
東門とその両側の城壁から東の丘に至るまで惨状が続いている。
「おそらく青嵐のドラゴンのブレスでしょう」
「ドラゴンブレスか」
フィクスもその威力は強力とは聞いたことがある。だがこんな広い範囲を壊滅させるほどの威力だったとは。
「どうしますか? フィクス」
「どうって……」
眼前の惨状に圧倒されフィクスの頭は混乱というよりは真っ白だった。これほど圧倒的な力を前にどうしろというのだ。
フィクスは空を旋回する巨大なドラゴンを見ているしかできなかった。
「イリスは大丈夫でしょうか?」
シルックが呟いたことでフィクスはようやくすべきことを思い出した。
「そうだ、イリスとクリスティーナはどうなったんだ? 探さないと!」
「ドラゴンがいるうちは近付くのは危険です」
「でも怪我をしてる可能性もある。奴が去るまで待っていられない」
「分かりました」
シルックは頷くと何やら唱え始めた。「隠蔽魔法展開」
「隠蔽魔法か?」
「はい。ドラゴンに通じるとは思いませんが、無いよりマシかと」
「よし。二人を探そう」
イリスとクリスティーナの運命やいかに。
でも次話はレティの方です。
明日の昼頃更新です。




