第四十六話 ユニオール暦八百七十三年七月十一日 フェーディーン南部 天気曇り
「……うーん」
トールヴァルドがうなされたように目を覚ました。なぜ自分がベッドに寝ているのか分からず、周りを見ようと頭を動かすと、アーシェと目が合った。
「目覚めたようだな」ベッドの脇に座っていたアーシェが言う。
「……ああ」ハッとしたようにトールヴァルドがベッドに起き上がる。「レティシアは!?」
「隣で寝ておる」
隣のベッドで寝ているレティシアを見るとトールヴァルドは少しホッとしたように落ち着いたが、同時に肩口の痛みにも気付いた。
「痛むか?」
「いや、大丈夫だ」
「クリスティーナが治療してくれたのだ。今度礼を言うが良いぞ」
「クリスティーナが……」
肩口を触ろうとして自分がやけに可愛らしい服を着ていることに気付いた。これもクリスティーナのものなのだろうと分かった。
「あのにやけ野郎との戦いはどうなったんだ?」
アーシェがあの後のことをかいつまんで聞かせると、トールヴァルドは小さくため息を吐いた。「またレティシアに助けられちまったな……」
「うむ。だがまた急激に魔力を使った影響で二、三日は目覚めまい」
ベッドのレティシアを見やると穏やかな寝息を立てている。良い夢でも見ているのであろう。
「それでクリスティーナはまだ戻らないのかい?」
「うむ」
窓の外はとっぷりと日が暮れている。
「戦争が始まったんなら何かあったのかもしれないな」
トールヴァルドは少し嫌な予感がして身震いした。ここのところ想定外の事が起きすぎてる。よっぽど用心しなくては危険だ。
「腹は減ってないか?」アーシェがトールヴァルドに問う。
「ああ、そうだな」
トールヴァルドはベッドから降りて立ってみた。少しふらつくような気もする。
「血も流れたのだ。何か食べておいたほうが良いぞ」
「分かったよ。じゃあ行くか」
「いや、余はレティを見ているゆえ、一人で行ってきてくれ」
「おう、そうか」
てっきりアーシェが腹が減ってるのかと思ったら、そんなことはなかった。
食堂はガランとして客の姿はなく、カウンターの向こうで料理人らしき男が暇そうにしていた。何か精の付きそうな食事をと頼み、席に着くトールヴァルド。窓の外がちょっと騒がしくなってきたようだ。まさかまた嵐かと窓の外を見る。暗くてよく見えないが、風で木々が揺れている。
出された肉料理とサラダをバクバク食べながらトールヴァルドは考える。
クリスティーナがイリスレーアを見つけたのであれば、すぐに飛んできても良さそうなものだ。しかし来ないのはクリスティーナがイリスレーアを見つけられていないのか、あるいはクリスティーナかイリスレーアたちに何か起きたのかだ。
何ごともなければいいが……。
心配ではあっても情報がない以上、どうにもならない。
気を取り直して食事を続けていると食堂に一人の女性が入ってきた。旅人らしく、バックパックを背負っている。馬車はないと聞いたが、歩いて旅しているのだろうか?
「こんばんわ、同席してもよろしいですか?」
トールヴァルドが頷くと女性は向かいの席に着いた。
「また嵐が来るそうですよ」
「やっぱりそうなのか」トールヴァルドは窓の外を見た。さっきよりも木々の揺れが大きいように見える。
これはどうあがいても今夜は動けないな。明日の朝の状況を見てからか。トールヴァルドがそんなことを考えていると、向かいの女性がさらに話しかけてきた。
「あの、トールヴァルドさんですよね? フィクスが一緒に旅をしていると聞いていたんですけど」
「……あんたは?」
「私はアマリアと言います」
薄緑のふわふわな髪に青い瞳。ホワッとした雰囲気だが、目の奥に力を感じる。魔法使いなのかもしれないとトールヴァルドは思った。
「フィクスの知り合いなのかい?」
「はい。アルフシュトレーム商会の同僚だったのです」
アルフシュトレーム商会と言えば、表向きはアポロニア全土に店を持つ商会だがその裏は盗賊組織だったはずだ。数年前に解散したと聞いている。一般人ではないだろうと思っていただけどフィクスは元盗賊だったのか。レティシアは聞いているのだろうか?
「今は分かれて行動していて、あいつはフェヴローニヤだよ」
「あー、間に合いませんでしたか」アマリアは残念そうに眉をしかめた。「フェヴローニヤに向けてオースルンド軍が出発したという情報を得たので伝えに来たんですけど」
「アルフシュトレーム商会の情報網は今も生きてるのかい?」
「すべてではありませんが、一部昔のルートで情報が流れてくるんですよ。オースルンドには友達がいますので」
「フィクスとも情報のやりとりがあるのか?」
「ええ、と言ってもごくわずかですね。最近はドンカーク周辺の情報が欲しかったみたいで、少し流してあげました」
なるほど。本来ならドンカークを経由してさらに北に行くはずだったと聞いている。事前に情報を集めていたのか。なかなか良い手際だ。
「そうか。ところで、フェヴローニヤはどうなるんだ? フィクスだけでなく同行者が何人かいるんだけど」
「おそらく明朝までには落ちるでしょう」まったく悩まずアマリアは言う。「オースルンドはレッジアスカールックの援軍も含めかなりの大軍です。それに引き換えフェヴローニヤには今フェーディーンの主力がいません」
「準備万端てわけだな」
「はい。レッジアスカールックのクラルヴ王子は今回の作戦にかなり乗り気のようで、ずいぶん兵を送っています。聖堂騎士も数名混じっているようです」
「政変を勝ったっつー王子か」
バーンハルドまで送ってやったイクセル王子はいかにもお坊ちゃんだったが、もう一人の王子はなかなかやり手のようだ。兄に勝って次期法王の座を手に入れたくらいだしな、とトールヴァルドは納得した。
「フェヴローニヤは落ちるでしょうけど、フィクスは大丈夫だと思います。ああ見えていろいろ潜り抜けてますから」
「そんな感じだな」
心配はしていない。イリスレーアもいるし、シルックはまあ勝手に逃げるだろうし、クリスティーナも向かったのだ。おかしなことにさえ巻き込まれていなければ……。
「レティさんもフェヴローニヤなのですか?」
「いや、部屋ですこし休んでるよ」
「ああ、もしかして戦闘がありましたかね? 国境付近でシュタールの連中をちらほら見かけました」
「カッカッカッ、あんたは勘が良いな」
窓がガタンと音を立てた。どうやら本格的に嵐が来たらしい。小屋の管理人が食堂に入ってきて、嵐が来た旨を知らせてくれた。「こんなに立て続けに嵐が来るなんてホントに珍しいんですよ」と言いながら下がっていった。
「私も泊まりですね、これじゃ」アマリアが肩をすくめる。
「明朝までは動けんだろうな」
「もしよければ何かお話ししましょうか? この辺のことならそれなりに知ってますよ」
「あいにくだが対価の持ち合わせがない」
「フフ」とアマリアは笑って言った。「フィクスの道連れですし、サービスで良いですよ」
トールヴァルドも少し笑った。まぁ対価がないことを言っておけばそれなりの差し支えない話をしてくれるだろう。さっきまで寝ていたせいか夜なのにまったく眠くないので、少し話し相手になってもらうことにした。
「ドンカークに住んでるのか?」
「ええ。首都ボスフェルトです」
「私の縄張りは東の海だからこっちの方はまったく詳しくないんだ。よければ教えて欲しいな」
「西側はご存じかと思いますけど不穏な動きが多いですね。政情的にも不安定な国が多いんです。この辺に絞れば、エールヴァールとフェーディーンは長年戦争を続けてますし」
「ああ、あのおかしな戦争か」
「あれは対レッジアスカールックを念頭に置いた戦争ですね。この辺の魔鉱床を一番欲しているのはどこよりもレッジアスカールックですから」
それはトールヴァルドもよく知っている。レッジアスカールックは国こそ広大だが、たいした資源を有していない。宗教による結束で成り立っている国だ。だから資源を求めて他国と揉めることも多いのだ。
「シルヴェンノイネンは相変わらずですし、ベルナディスとクドルナも小競り合いを続けてますし」アマリアは言葉をいったん切って苦笑した。「こうみるとアポロニアはどこもかしこも揉めてばかりですね」
「まったくだな」トールヴァルドも笑った。
「そんなわけで今オースルンドへ向かうのは結構危険ですよ?」
「そうみたいだな」だが行かなければならない理由があるのだ。「町や村には寄らずにスルーするつもりだよ」
「もしかして中央アポロニアの森に行かれるのですか?」
フィクスは目的地までは伝えていないようだ。ならばぼやかしておいた方がいいだろう。
「まあその辺だよ。ちょっと用があってな」
「そうですか」トールヴァルドが曖昧に返事したことで言いたくないと分かったようだ。それ以上は行き先について聞かなかった。
またガタガタっと窓が鳴った。厄介な嵐だ。
「この辺の嵐はドラゴンが空を渡る時に起こる、と言われているんですよ」
「ほう。おとぎ話かい?」
「ええ、フェーディーン周辺には古くからドラゴンが棲んでいるってお話です」
第二章始まりです。
明日と明後日が都合で更新できませんので、次話は土曜日になります。




