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魔法少女はおたずね者  作者: 長門シゲハル
第一章 アンシェリークを追う者たち
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第四十五話 ユニオール暦八百七十三年七月十一日 フェヴローニヤ 天気晴れ

「何かあったとしか思えないわね」

「うーん」


 イリスレーアの言葉にフィクスが頭を抱える。これだけ待ってレティシアたちの馬車が到着しないとなると、イリスレーアの言うように何かあったとしか思えない。しかしレティシアにトールヴァルドまでいるのに、何か起こるとも考えづらい。


 すでに日が落ちかけたフェヴローニヤの乗り合い馬車乗り場でイリスレーアとフィクス、シルックはレティシアたちを待ち続けていた。


「嵐に当たったとしても、とっくに着いていないとおかしい時間だわ」

「そうだね」とは言うものの、探しに行くにも馬車がないのだ。フィクスたちがフェヴローニヤに着くなり、乗り合い馬車はすべて王の名で徴用されてしまった。


「まさか本当の戦争が始まってしまうとはね……」フィクスがまた頭を抱える。

「私が探しに行きます」シルックが言う。「この中で飛べるのは私だけです」

「でもシルック、あなたアーシェの居場所が分かったりするの?」

「いえ、そのような便利な能力はありません」

「では危険だわ。この上あなたまで離れてしまっては収拾が付かなくなる可能性があるわ」


 平常時ならともかく、北のオースルンドがフェーディーンに宣戦布告したのだ。この近辺がすぐに戦場になる可能性もある。そうなれば町はかなり混乱するだろう。実際すでに兵たちが走り回ったり、商人たちが荷車に荷物を積んで移動したりし始めている。


「イリスの言う通りだ。こちらはあまり動き回らない方がいいと思う」

「分かりました。待ちましょう」


さらに待っているとこれまで以上に喧騒が大きくなってきた。この馬車乗り場は町のほぼ南東角に位置する。どうも東側の城壁あたりが騒がしいようだ。


「何かしらね?」

「逃げ出そうという市民が騒いでるのかもしれないな」

「ちょっと見てくるわ。荷物をお願い」


 イリスレーアはそう言うと伸縮棍だけ持って駆け出した。素早い動きで建物の屋根に上り、見回すと東の門あたりに民が集まっている。


「あっちね」


 屋根を飛び移って東門前の広場までやってきた。大きな門は固く閉ざされている。大勢の市民たちと兵のやり取りが耳に入ってくる。


「そこまでオースルンド軍が来ているのは本当なのか!?」

「俺たちはどこに逃げればいいんだ!」

「落ち着いてください! 城壁の内側は安全です!」


 フェヴローニヤは周りを城壁で囲われた都市だ。壁の高さはあたりの二階建ての建物よりも遥かに高い。


 相手が歩兵だけなら安全でしょうけどね。


 イリスレーアは民と兵とのやり取りを見ながら周囲を伺った。少し南の方の壁のそばに三階建ての建物が一つある。あそこからなら城壁の上に飛び移れそうだ。


「よし」


 目にも止まらぬ速さでイリスレーアは建物から城壁の上に飛び移った。門から少し南側なので巡回する兵も配置されていないようだ。


 あれは!


 イリスレーアは城壁から東側を見て、目を見開いた。町からそう遠くないところに軍勢が進んできている。目を凝らすとオースルンドの旗がいくつもたなびいている。


 もうオースルンド軍がこんなところまで?


 おそらく宣戦を布告する前に綿密な準備をしていたのだろう。それを気付けないフェーディーンもどうなのかしら。


 あれは……。


 さらに目を凝らすと、軍勢の中に白い鎧を着た兵の一団が見える。あれはレッジアスカールック軍だ。


 マズいわね。


 イリスレーアは城壁から降りて、フィクスとシルックのもとまで戻った。

「もうオースルンド軍がそこまで来ているわ」声を潜めて二人に告げた。「レッジアスカールックの軍も混じってた。かなり良くない状況だわ」

「もう来ているのか……」

「南の門が開いているか見てくるわ」


 乗り合い馬車乗り場のあるここ南東の門も、先程までは開いていたのに閉まってしまっている。

 南の門の広場まで来ると、やはり門は閉じられている。これは西側も見ないといけないと駆け出そうとしたところ、何やら広場で揉めごとが起きているようで目をやった。


 もしかして……。


 民たちが集まっていて輪になり、その中心には金髪の女性がいる。周りの民衆が中心の女性に何か言っているようだ。


 やっぱり。


 輪の中心にいるのはクリスティーナ・ベステルノールランドだ。ノーブルヌからここまでレティシアを追ってきたのか。

 関わらないほうが良さそうな雰囲気なので、近づくのをやめて去ろうと思ったら、そうはいかなかった。


「待ってくださいませ! イリスレーア姫!」


 とあちらから大声で呼ばれてしまった。しかも本名って……。諦めて立ち止まるイリスレーア。クリスティーナが彼女を囲んでいる民衆とともにこちらに近づいてくる。


「イリスレーア姫って、アンハレルトナークの?」

「拳姫だ! アンハレルトナークの拳姫だ!」

「ラスムスの姫に続いて、拳姫まで!」


 クリスティーナを取り囲んでいた民衆がこちらを見て口ぐちに言ってくる。


 勘弁してよ……。




「どういうことなの?」

「あなたを探しに来たのです。でもここでは大っぴらには話が……」

「なぜ囲まれているの?」

「わたくしをラスムスからの使者だか援軍だかと勘違いしているみたいですわ」


 二人を取り囲む民衆の数が増えてきた。歓声も上がっている。


「どけ! どけ!」民衆をかき分けてフェーディーンの騎士らしき男たちが近づいてきた。二人の前にたどり着くと、その中の一人が跪いた。


「私はフェーディーン騎士団のベルトランです。クリスティーナ・ベステルノールランド様、イリスレーア・アンハレルトナーク様、初めてお目にかかります」


 フェーディーンのベルトランと言えばイリスレーアにも聞き覚えがある。第三王子かなにかで騎士団をまとめているはずだ。


「ベルトラン王子ですのね。初めまして。この騒ぎを沈めていただけませんこと?」


 クリスティーナもベルトランのことは知っていたようだ。ベルトランは頷き、部下たちが民衆に散るよう命じ始めた。


「ベルトラン王子。私たちは旅の途中で偶然こちらに立ち寄ったのです。決してアンハレルトナークの意向では……」

「分かっております」ベルトランは頷き、少し笑った。王族らしからぬ精悍な顔つきだ。「宣戦布告から半日も経っておりません。使者や援軍などと都合の良い話はあり得ません」

「ご理解いただけて幸いですわ」クリスティーナも少しホッとしたようだ。

「それを分かった上で一つお願いがあるのです」


 ベルトランが真剣な目つきでこちらを見つめる。嫌な予感しかしない。ここは聞かずに去るべきだ。


「なんですの?」


 急いでいるのですとイリスレーアが言う前にクリスティーナが返事をしてしまった。何という世間知らずな……と思いながら、こうなってはイリスレーアも話を聞くしかない。


「ありがとうございます。フェーディーンを助けていただきたいのです!」


 やっぱりね……。




 南門の脇にある兵の駐屯所のようなところに通され、イリスレーアとクリスティーナは勧められるままに席についた。向かいの席にベルトランが座る。


「お二人にとって迷惑至極であることは重々承知しています。ですが今フェヴローニヤは陥落の危機を迎えつつあります」


 ベルトランがテーブルに頭を擦り付けんばかりに低頭して言った。


「頭を上げてくださいませ。一国の王子がそのようにされるべきではありませんわ」そうクリスティーナが言ってもベルトランは頭を上げずに話を続ける。


「フェーディーンの主力は現在ほとんど出払っており、騎士団も魔道士団も通常時の半分もおりません」


 それを狙ってオースルンド、いやレッジアスカールックは戦争を始めたんだろう。戦争の常套手段だ。


「このまま囲まれればフェヴローニヤは陥落確実です。何とかお力を貸していただきたいのです」

「そう言われましても……」クリスティーナが眉をひそめる。


「明日の朝には和が軍の主力およびエールヴァールからの援軍も到着します。何とか今宵だけ持ちこたえたいのです」


 それはオースルンド、レッジアスカールックも承知のことだろう。それゆえに今夜中にフェヴローニヤを落とせるだけの軍勢を連れてきているに違いない。


「わたくしたち二人が助勢したところで守りきれるとは思えませんわ」

「そんなことはありません。名高きアンハレルトナークの拳姫と魔法大国ラスムスの姫様ではありませんか」

「そんなに買い被られても困ります」イリスレーアもようやく口を開いた。「それにクリスティーナ殿も同じだと思いますけど、アンハレルトナークがオースルンドやレッジアスカールックを攻撃したとなっては大問題になります。それは王子もご理解いただけるでしょう?」

「勿論です。身分は隠していただき、我らも箝口令を敷きます」


 すでに民衆に見られてしまった以上、そうもいかないのではないかと思うけど……。


「そしてフェヴローニヤを朝まで守り切れた暁にはお礼もさせていただきます」


 イリスレーアもクリスティーナもお礼にまったく関心を示さないがベルトランは構わず続けた。


「我が国に伝わるアンシェリークの秘宝に関する石版を差し上げます。歴史上一度たりとも国を出たことのない、我が国の宝です」


 ああ、これは助けないといけない運命なのね……。


 イリスレーアは、逃れられない運命の鎖のようなものを感じて少し身震いした。




 少しの間ベルトランとその部下たちに席を外してもらい、イリスレーアとクリスティーナは話を始めた


「どうされます? イリスレーア姫」

「残念だけどやるしかないわね」イリスレーアはあきらめ顔で言った。「石版が必要なのよ」

「あら、そうなのですか?」

「厳密には私ではないのだけど、どのみち手に入れなくてはならない物なの。クリスティーナも協力してくれると助かるのだけど」

「それは構いませんけど」クリスティーナは少し微笑んで言った。「ではあなたを巻き込んでしまったわたくしの浅はかな行動もお許しいただけますかしら?」

「ええ、もちろんよ」


 分かっててわざとやったのかもしれないとイリスレーアはちょっと訝しんだが、それを問うても仕方がない。

 アンシェリークの秘宝のヒントとなる石版となれば、トールヴァルドもレティシアも欲しがることは間違いない。だが、ここでフェーディーンが敗れると石版はレッジアスカールックの手に渡ってしまうだろう。それは後々面倒なことになるのは明らかだ。


「ところで私を探しに来たというのはどのようなことで?」

「ああ、そうでしたわ」クリスティーナは思い出したという顔で言った。「レティシアとトールヴァルドのことですわ」


 クリスティーナはトールヴァルドとレティシアがシュタール帝国のユリウスと戦ったこと、二人とも倒れたことなどをかいつまんで話した。さすがにイリスレーアも驚いた。


「そんなことが……」

「ええ、わたくしとアーシェで避難小屋に運びましたので、迎えに行ってあげて欲しいという話をしようと思っていたのですが」クリスティーナは言葉をいったん切った。「でもどうしますか?」


 レティシアたちのことを考えれば、今すぐクリスティーナの飛行魔法で私とフィクス、シルックを避難小屋まで送ってもらうのがベストだろう。だが今は石版の方が重要だろう。それに馬車が一台もないのも問題だ。


 馬車がなくてはアーシェを移動させる手段がないわ。


 魔力を持つ者がアーシェに触れると、その魔力を吸い取られてしまう。つまりアーシェを飛行魔法には乗せられない。したがって今私たちが避難小屋に行ってもそこから先に移動する手段がない。馬車が必要だ。


 私たちが戦っている間にフィクスになんとか馬車を探してもらうのが良いか……。


「そのシュタールの追っ手たちはいったん退散したのね?」

「ええ、彼らはレティシアが倒れたことは知らないでしょうから、すぐに戻ってくるようなことはないと思いますわ」


 ではレティシアたちにはもう少し待っててもらって、私たちはオースルンド軍に当たる方が良さそうだ。


 そんなことを考え込んでいると、外が騒がしくなってきた。オースルンド軍の攻撃が始まったようだ。


「助勢しましょう。あなたの飛行魔法で攪乱しつつ、敵の司令を直接討つしかないけど」

「敵の司令を、ですか?」クリスティーナはちょっと首をかしげて言葉を続けた。「そうですね。足止めくらいなら何とかなるでしょう」




 いったん東南門の広場まで行き、フィクスとシルックに簡単に事情を話してから、クリスティーナが展開した飛行魔法に乗って飛び上がった。フィクスにはなんとかして馬車を手配してもらうように頼んだ。そして一応ウィッグを付けた。


 東門の上空へ出ると、すでに門の外ではオースルンド軍とフェーディーン軍の戦いが始まっている。大勢のオースルンド軍が門目指して押し寄せ、それをフェーディーン軍が押し戻そうとしている。


「圧倒的にフェーディーンの方が少ないですわね」


 戦いでは、普通の兵士は何人束になっても騎士には敵わない。つまりこのような集団戦では騎士の数が重要になる。それが圧倒的にフェーディーンは少ない。フェーディーンの一般兵がオースルンドの騎士に蹴散らされている。


「そのうえ魔法使いは前線に出せないほど少ないようね」


 フェーディーンの魔法使いは門や城壁の上から攻撃や支援の魔法を打っている。オースルンド軍の魔法使いが飛行魔法で戦場を飛び回りつつ攻撃しているのとは大違いだ。


「これでは籠城しても無駄ですわね」

「そうね」


 これだけの戦力差では門もすぐに破られてしまうだろう。ベルトランが私たちの手を借りたがるのも無理はない。


「どうしますの? これでは明朝まで持ちこたえるのは不可能ですわ」

「あっちが敵の本陣ね」


 すでに夜になっているが、東の方の小高い丘ではひときわ明るく灯りが点っている。オースルンドの司令部だろう。


「敵の魔法使いを落としつつ、あの本陣の上まで行けるかしら?」

「まぁ」クリスティーナは驚いて目を見開いた。「本当に敵の司令を討つつもりですの?」

「嘘だと思った?」

「いえ、あくまで理想の話かと思いましたわ。行くことはできますが、イリスレーア姫は大丈夫なのですか?」

「ええ、大丈夫」


 イリスレーアにはある程度の勝算はあった。オースルンドの騎士は大したことないだろうし、レッジアスカールックの援軍があるといっても精鋭を寄越すような律儀な国ではない。つまり司令部といってもそれほどの強敵ではないと踏んでいる。


 おそらく時間稼ぎくらいはできるだろう、とイリスレーアは考えていた。


 だがこの後、その目論見は脆くも崩れた。いや、イリスレーアだけではなく、そこにいたすべての者の目論見が一瞬で崩れてしまったのだから、彼女の考えだけが間違っていたわけではないのだけど。

第一章はここまでです。


次話からは第二章で、明日更新します。

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