第四十三話 二十六日目 フェーディーン南部 天気晴れ
「ユリウス・クライバー……。その名は聞いたことがあるぞ」
「高名な海賊トールヴァルドにも知られているとは光栄ですな」ユリウスは大げさに両手を広げた。「皆さんを見付けたと連絡を受けて、大急ぎで飛んできたのです。間に合って良かったです」
私の横に立つクリスティーナが呆れたように問い掛ける。
「バルヴィーンに行くと聞いていましたけど?」
「これはクリスティーナ嬢。カンペリエではどうも」ユリウスはおどけたようにお辞儀して続ける。「そうです。バルヴィーンには部下を派遣しました。私はちょうどエールヴァールに入ったところで、あなたを尾行していた部下たちから連絡を受けたのです」
「尾行なんて趣味が悪いですこと」
「これは失礼いたしました。しかし、我らが皇帝陛下は気が短いのです」
ユリウスは少し苦笑して、クリスティーナから私に目を移した。
「さて、レティシア・ローゼンブラード。大人しく私と一緒に来ていただけませんか? 手荒な真似は好きではないのです」
「手荒な真似だと?」私が答える前にトールヴァルドが会話に割り込む。「そんな簡単に私に勝てると思ってるのか?」
トールヴァルドが剣を構える。
「もちろん思っていません」ユリウスはアッサリ言った。「どうでしょう? トールヴァルド。ここでレティシア・ローゼンブラードを渡していただければ、莫大な褒賞をお約束しましょう。海賊などしなくても遊んで暮らせるほどの」
それを聞いたトールヴァルドの赤い瞳が真紅に燃え上がった。
「馬鹿にするなよ!!」
トールヴァルドが地を蹴ってユリウスに斬りかかった。ユリウスはいつの間にか剣を抜きトールヴァルドの剣を受けた。鋭い剣合の音が荒野に響く。
「ダメですか。ならばやる以外にありませんな」
後ろの男たちも剣を抜いたのを見て、私はすかさず攻撃魔法を放った。
「光の攻撃魔法!」
五人の男たちは光の矢を受けて一瞬で倒れた。殺してはいない。気絶させるくらいの威力に調整してあるのだ。騎士は倒れたけど魔法使いは防御魔法でかろうじて受けたようだ。でも飛行魔法で魔力を失ってしまっているようでそのまま倒れた。ちょっと可哀想だ。
「行くぞ!」トールヴァルドがユリウスに再び斬りかかる。
激しい斬り合いが始まった。どちらの剣筋もよく見えないほどに速い。
直線的に鋭い剣を放つトールヴァルドと、曲線的に相手の剣を流しながら隙きを狙うユリウス。好対照な二人だ。こうなっては私は手を出せない。
「アーシェは下がっていてください。クリスティーナも下がっていた方がいいですよ?」
ラスムスの姫がシュタールの騎士と戦うわけにはいかないだろう。
「レティシア。彼は強いですわよ」
「分かっています。でもトールヴァルドも負けませんよ」
剣合の音が響き渡る。押しつ押されつで私の目には互角に見える。
「せいっ!」
トールヴァルドが押しているように見えるが、ユリウスは楽々と剣を受け流し、そしてトリッキーな反撃をする。徐々にトールヴァルドは服が切られ、傷つけられ始めている。
「よし」
ちょっと二人が間合いをとったところで、よしここで補助魔法を、と私はトールヴァルドに魔法を掛けようとした。
「待て! レティシア!」目線はユリウスから逸らさずにトールヴァルドが言う。「魔法は要らん。見ていろ」
トールヴァルドはそう言うとまた風のようにユリウスに襲いかかる。だが、手は出しているもののかなり疲れてきているようだ。
「はあはあ……」
さらに何合剣をあわせただろうか。明らかにトールヴァルドが疲れを見せてきた。肩口あたりには斬られた後も見え、血も出ている。
魔法は止められたけど、いよいよトールヴァルドが危ないとなった時には飛び込むつもりだ。後で怒られるかもしれないけど、彼女を失うわけにはいかない。
「そろそろ私の力を分かっていただけましたか?」ユリウスの顔にはまだ余裕がある。
「知るか!」
そう言ってトールヴァルドが飛び込みつつ剣を振り下ろす。だが先ほどから何度も見切られている剣筋だ。ユリウスは体を少しひねって、逆にトールヴァルドの首元に剣を走らせる。
「くっ!」
トールヴァルドはその剣をかわして咄嗟に左足を回し蹴りのようにユリウスに放った。偶然なのだろうが、まさか蹴りが来るとは思っていなかったのかユリウスは左腕で蹴りを受けて少しよろめいた。
「そこだ!」
トールヴァルドはユリウスがよろけた方向に剣を斬り上げる。「雷光斬!」剣から雷が走る。
「うわっ!」
ユリウスは剣そのものは受けたものの雷が腕に届き、それを振り払うかのように後ろに飛んだ。
「やった!?」私は思わず声を上げたけど、傷を与えられた様子はない。あの一撃をかわすとは……。
「トールヴァルド……」
剣を振り上げたトールヴァルドはそのまま地に膝をついた。どうやら限界のようだ。
「危ないところでした。さすがトールヴァルド」再び余裕を取り戻したユリウスが膝をついたトールヴァルドのところに歩き出した。
「させませんよ」私も進み出て、両手を広げてトールヴァルドの前に立ち塞がった。
ユリウスが足を止め私を見る。「おや、真打ち登場ですか?」
「そっちで転がってるあなたの部下たちには手加減しました」私の周りに防御魔法陣がいくつも浮かび上がる。クラウディアがやってるのを見て、ひそかに練習したのだ。「でもあなたには手加減できませんよ」
「それは光栄です」
ユリウスが剣を構える。笑顔はない。私は頭の中で攻撃の魔方陣をいくつも思い浮かべる。
「はあっ!」ユリウスがすさまじい速さで私の懐に飛び込んできて剣を横一線に払ったが、防御魔法陣のひとつがその剣を受けて弾いた。大丈夫、防御魔法はちゃんと機能してる。
「風の攻撃魔法! 火の攻撃魔法」
強烈な突風でユリウスを押し戻し、そこに火の攻撃魔法を連発して浴びせる。ユリウスは上空へジャンプして逃げた。私はすかさず追撃する。
「雷の攻撃魔法!」
両手の小さな魔方陣から雷撃がユリウスを襲う。「くっ!」ユリウスはかろうじて剣で雷を受け流した。
「いったいどれだけの属性の魔法を使えるのですか!?」着地したユリウスは驚いて目を見開いている。
「まだまだ!」私はユリウスの方へ手をかざす。「爆発の攻撃魔法! 氷の攻撃魔法!」
激しい爆発から逃れるように後ろに飛んだユリウスへ氷の魔法で追撃だ。これは剣では受けられない。
「うわわっ!」ユリウスが剣で氷の魔法を逸らそうとして剣が凍り付いた。剣を持っていられなくなりユリウスは剣を落とした。
「まだやりますか? まだまだ攻撃はありますけど」
「分かりました」ユリウスは下がって両手を上げた。「ここは退きます。まさかあなたがこれほどの魔法使いとは思っていませんでした。そこの六人は放っておいてください。後で部下に回収させますので」
そう言うとユリウスは素早く後退していった。まだそんな力を残していたのか。
「大丈夫か? レティよ」
アーシェが心配そうに私の顔を覗き込む。クリスティーナも駆け寄ってきて、気を失っている様子のトールヴァルドを介抱し始めた。
「もう完全に行きましたかね?」
「うむ。もう国境を越えたようだ。すさまじい逃げ足だな」アーシェが変な感心をしている。
私はその言葉を聞いて安心するとともに、気を失った。
ユリウスを追い払いました。
第一章は後2話です。
続きは明日の昼頃です。
※日付修正しました(2018/09/24 23:15)




