第四十二話 二十六日目 フェーディーン南部の避難小屋 天気嵐のち晴れ
「やっぱりわたくしたち、縁がありますわよね」
クリスティーナが私にニッコリ微笑みかける。私としては食事も喉を通らない気持ちだけど、アーシェもトールヴァルドも私の横でバクバク食べている。
「奇跡としか思えませんわ。だってわたくし本来ならこんなところを通るはずではなかったのですもの」
クリスティーナが言うには、ドンカークへ向かうためにエールヴァールを抜けようとしたら一本道を間違えてフェーディーンに出てしまったのだそうだ。クリスティーナは喜んでいるが私としてはその道を間違えた御者を恨みたい気持ちでいっぱいだ。
「カッカッカッ。さすが宿敵ってやつか?」トールヴァルドが茶化すように笑う。
「まったくその通りですわ。良いことを言いますわね」
「ええええ……」
すっかり食欲を失った私は食事を諦めてお茶を一口飲んだ。
「クリスティーナ、気に触ったらごめんなさい。私、あなたに追われる理由がどうしても思い出せないんですけど」
「良いのですよ」クリスティーナが笑みを深める。「それでこそあなたです」
「ええええ……」
私が諦めた食事をアーシェが物欲しそうに見ているので食べるように勧めた。
「こうして落ち着いて話す機会もありませんでしたものね。あなたは十年でずいぶん変わりましたわ」クリスティーナがマジマジと私を見つめる。「レティシア、わたくしはあなたに感謝していますのよ」
「感謝ですか?」
「ええ。あなたは墜ちていたラスムスの名を再び上げてくださいましたわ。魔法の国としての名をダービィから取り返してくれたのは間違いなくあなたです」
「そうですか?」
そういえば「ラスムスの魔女」とか呼ばれているんだった。二つ名なんて恥ずかしいような気もするが、この世界では名誉なことなんだろうか?
「そうなのです。ですがその反面、ラスムスの名を下げてもくれましたわ」クリスティーナが指折り数える。「シルヴェンノイネン王と揉め、メジェンツの騎士団を壊滅させ、レッジアスカールックとノーブルヌの戦いに介入し、そして……」
ヴェードルンドを滅ぼした、か……。
「わたくしはあなたがそのようなことをするとは思っていませんわ」
「当たり前だ」トールヴァルドが口を挟んだ。「あれはユニオールにハメられただけだ。公にはできないが裏も取れてる」
火口でクラウディアは「結果としてそなたをハメることになった」と言っていた。つまりあの時ユニオールは何かをしたのだろう。私はそのとばっちりを受けただけだ。
「それは良かったですわ」クリスティーナはホッとしたように笑った。「でも公にできないのであれば、“ラスムスのレティシアがやった”という声を打ち消せませんわね」
「そういうことだな」
なるほど、ラスムス王国の王女であるクリスティーナは私が国の名を下げたと怒っているのか。しかし、そう言われてもどうすれば良いのか分からない。
「ですからわたくしはあなたを倒し、ラスムスの魔女はわたくしクリスティーナ・ベステルノールランドであると世に知らしめなければならないのです」
それは困った。私としては倒されるのは嫌だし、しなければならないこともある。
「カッカッカッ。ラスムスにとってそれが大事なことだというのは分かったよ」トールヴァルドがニッと笑う。「やるのなら私も一緒に相手になるがどうする?」
「まさか」クリスティーナはちょっと肩をすくめた。「わたくしはそんなに愚かではありませんわ」
「それは良かったよ」
「あなたやイリスレーア姫が一緒ではわたくしは手を出せませんわ」
窓がガタガタと音を立てた。まだ嵐の真っ只中なのだろう。
「じゃあどうするつもりだい? 追ってくるくらいならいっそ一緒に来るかい?」
「え?」
「はいいい?」
トールヴァルドがおかしなことを言い出したので思わず変な声が出た。
「トールヴァルド?」
「いや、レティシア。どうせこのお嬢さんはずっと付いてくるんだから、一緒に来ても同じことだろ。それにこの先のことを考えると、下手な動きをされると困ることになりかねん」
私たちは白銀のドラゴンに会うためにヴァーニャ山に向かっている。フェーディーンからオースルンドへ行く道すがらも安全とは言えない。なにせ私はおたずね者だし、アーシェもいる。
「まぁ、わたくし下手な動きなんてしませんわよ?」
「あんたがレティシアを追っかけてることは有名だ。つまり、クリスティーナあるところにレティシアありってことだ」トールヴァルドはニッと笑った。「私がレティシアを探すなら、まずあんたを探すよ」
なるほど。クリスティーナに動き回られると私の居場所が漏れるってことか。それなら一緒に動いてもらった良いって話なんだろうけど、私の安全はどうなるの?
「カッカッカッ。心配すんな、レティシア。クリスティーナは闇討ちのような真似はしないさ。なにせ、正々堂々戦って勝たなきゃ意味ないわけだしな。そうだろ?」
「もちろんですわ」クリスティーナは胸を張る。「わたくしこそラスムスの魔女であると世間に知らしめなければならないのですから」
私の分の食事も平らげたアーシェが窓の方を見て言った。
「風が止んだようだ。そろそろ出発だな」
避難小屋までは私たち三人だったのに、今馬車にはクリスティーナも乗っている。実に不思議な展開だが仕方ない。
馬車が元の街道に戻ったあたりで、トールヴァルドが馬車の後ろ側に付いている小さな窓を覗きこんで言った。
「気付いたか? レティシア」
「なんですか?」
「付けられてるな」
「え? 道が同じなだけじゃなくてですか?」
「さっきの小屋でも見られていたから、追っ手だろう」トールヴァルドが断じて、クリスティーナの方を見る。「やっぱりあんたは付けられていたようだぞ」
クリスティーナが肩をすくめる。「気付きませんでしたわ。それよりわたくしのことはクリスで良いですわよ」
「ああ分かった、クリス。付けられるような心当たりは?」
「おそらく、シュタールですわ。カンペリエで会いましたので」
「シュタール? アーベントロートではなくシュタール本国か?」
「ええ」
「ちっ、シュタールまで出てきたか……」
トールヴァルドが顔をしかめた。
「どうしますか?」
「心配すんな、レティシア」トールヴァルドはバックパックから伸縮剣を取り出した。「いずれは来るだろうと思っていたよ」
トールヴァルドは御者に馬車を止めるように指示した。後ろの馬車もそれにあわせて止まった。やはり追っ手なのだろう。私たちは馬車を降りた。
「コソコソせずに出てきたらどうだ!」
トールヴァルドの声にマントの男たちが向こうの馬車から降りてこちらに来る。相手は五人。黒っぽいマントで見えないけどがっちりした体躯の男たちだ。
「シュタールどもだな? 相手になるぜ」トールヴァルドが剣を構える。
私も気配を隠す魔法を解いて、いつでも魔法を使えるように身構えた。しかし相手の男たちは剣を抜かない。
「なんだ? やらんのか」
トールヴァルドが男たちを睨みつける。その時、私は南東の方から何かがこちらに飛んでくるのを見付けた。
「ん?」
急速に近づいてくる影が大きくなってくる。鳥ではなく人だ。魔法使いと騎士。飛行魔法で飛んできたようだ。二人はマントの男たちのところまで来ると高度を下げた。
「よっと」
騎士が飛行魔法を降りて男たちの前に立ち、私たちに対した。
「いやー間に合って良かったです。はじめまして、海賊トールヴァルド、そしてレティシア・ローゼンブラード。私はシュタール帝国の騎士、ユリウス・クライバーです」
ユリウスが現れました。
続きは明日の昼頃です。
※日付修正しました(2018/09/24 23:15)
※誤字修正「レティシア帝国」→「シュタール帝国」(2018/10/30 20:58)




