第四十話 二十五日目 モレナールからフェヴローニヤへ 天気晴れ
翌朝、私たち六人、私とイリス、トールヴァルド、フィクス、アーシェ、シルックは船を下り、シーグバーンの町から乗り合い馬車に乗って、エールヴァールの首都モレナールに到着した。
「今夜はここで一泊だな」と言うトールヴァルドはいつもの海賊服ではなく普通の服装だ。動きやすそうなボーイッシュなコーデで、とても海賊には見えない。ちなみに武器は小さな伸縮する剣をバックパックに入れているそうだ。
まだ日が傾きかけてきたくらいなので、北に行く乗り合い馬車もある時刻だ。だが、今回の旅では無理な移動をしないと事前に決めてある。
「いつクラウディアが現れるか分からん。体調は常に万全にしないとな」
とくに徹夜で馬車移動は著しく体を疲弊させるから避けることになっている。
「宿の目星は付けてあるよ」フィクスが一足先に町の東通りへ駆けていった。通りの先の宿屋だそうだ。
「荷物を置いてひと休みしたら夕食にしよう」
宿は隣合う部屋がしっかり取れた。さすがフィクスだ。
食事処では明日からの行程確認だ
「ここからフェーディーンの首都フェヴローニヤまでは二手に分かれて移動する。おかしな戦争とは言ってもそこは戦争だ。国境越えの検問はそれなりに厳しいと思われるからね。とくにフェーディーンの状況がよく見えてないだけに慎重にいこう」
分かれるのはちょっと心配だが、フィクスが言うようにさすがにこの六人が一緒にゾロゾロ移動すると言い訳が効かない場面もあり得る。他に良い案も思い付かなかったので反対しなかった。
そこで、トールヴァルドと私とアーシェのチームと、フィクスとイリスとシルックのチームに分かれることになった。
「トールヴァルドとアーシェは姉弟でいけるだろう。レティはトールヴァルドの友人。僕たちはまとめて兄妹で通そうと思う」
「シルックはアーシェと離れても良いんですか?」
「それほど離れるわけでもありませんから大丈夫です」
分かれるといっても馬車一台遅らせるくらいの違いでしかないし、フェヴローニヤに着けば再び合流するつもりだ。
「とにかく疑われないことが重要だ。レティやアーシェの件でなくても、スパイだとか密輸だとかで疑われるのも面倒だからね」
翌日、モレナールの北から乗り合い馬車でフェヴローニヤを目指す。
「戦争中なのに相手国の首都まで直行便があるなんて不思議ですね」
「ああ、意味が分からん」
すでにフィクスたちは朝一の便で発っていて、私たちが乗るのはその次の馬車だ。小一時間ほどしか時間は変わらない。
「高速馬車でも丸一日か。結構掛かるもんだな」
トールヴァルドがちょっとウンザリしたように言う。
レティシアは基本的に飛行魔法で移動していたので詳しくは知らなかったようだが、この世界の馬車にはいくつか種類があるのだそうだ。
高速馬車は魔法の力を借りて通常の馬車の数倍の速度で移動できるらしい。よくよく思い起こすとこれまで乗った馬車にもやけに速いのがあった。
「やっぱり海の方が良いですか?」
「そりゃな」
乗り合い馬車に乗り込むと、私たち三人以外には客はいなかった。
「宿であんまりよく寝れなかったから国境まで寝るよ」
馬車が動き始めるとすぐにトールヴァルドは寝てしまった。まったく揺れない環境だと逆によく寝付けないのだそうだ。船乗りらしい話だ。
「アーシェはよく寝れましたか?」
「うむ。余はどこでもぐっすり眠れるぞ」
馬車は田園地帯を抜けていく。戦争の傷跡的な風景はまったくない。流れる景色を眺めていたら私もいつのまにやらウトウト眠ってしまっていた。
「レティ、入国手続きだそうだ」
アーシェに起こされて目が覚めた。いつの間にやら国境に着いたようだ。トールヴァルドも今起きたようで伸びをしている。
「手続きは私がしてくるよ。二人は待っててくれ」
私とアーシェは身分証明書をトールヴァルドに託して馬車の中で待つ。ちなみにこの身分証明書はもちろん偽物だ。しかしこれ、フィクスが作ってくれたものなのだが、実に良くできているとイリスもトールヴァルドも感心していた。
「よし、終わったぞ。行こう」
すぐにトールヴァルドが戻ってきて馬車は再び動き出した。「入国の印を押しただけだったよ」
顔も見ないとはスルーも同然だ。本当に戦争中とは思えない。
「この先、天候が良くないらしいので少し速度を上げます。若干揺れが増しますのでご注意下さい」御者が私たちにそう伝えるとたしかに速度が上がって、さっきより揺れを感じる。
「あの海峡よりはマシですね」
「そりゃそうだ」とトールヴァルドが苦笑した。
しばらく走ると雲が空を覆い始めた。風も強くなってきたようだ。この辺りは荒野で、木もほとんど生えていないので風が吹き抜けている。
「ホントに崩れそうだな」
「やっぱり雲の動きとかで天気が分かるんですか?」
私はシルックが気象学の本を読んでいたことを思い出した。トールヴァルドも読んでいるに違いない。
「ああ、後は風の動きとかな」トールヴァルドが頷く。「でもこの空模様なら荒れるだろうと誰でも分かるさ」
空を覆う雲の色が濃さを増している。今にも降り出しそうだ。
「お客さん方、嵐になりそうなんで少しだけ道を外れますが避難させて下さい」客室前方の小窓が開いて、そこから御者が私たちに言った。
「避難するところがあるのかい?」
「西に少し行ったところに避難小屋があります。おそらく嵐はすぐに収まると思います。それほど長い時間ではないでしょう」
この辺り、国境の北側の荒野は嵐が発生しやすい土地で、馬車や旅人が避難できる小屋が各所にあるのだそうだ。嵐は一過性ですぐに収まるけど巻き込まれると馬車が故障する恐れもあるので、いったん避難するのが普通らしい。
「嵐はそんなによくあるのか?」
「ええ、二、三日に一度はありますね。なんでこの辺りは草木もあまり生えていなんですわ」
「なるほどな」
草木も生えないほどの嵐なのか……。
馬車が道を逸れて、ほんの数分進むと小屋に着いた。風が相当に強くなってきた。
「こりゃ避難しなかったら大変なことになってたな」
「早く小屋に入ってやり過ごしましょう」
小屋とは言ってもそれほど小さなものではなくて、私の世界で言うとスキー場のロッジとかの雰囲気だ。丸太を組んだ立派な造りで、食事や宿泊もできるという。たしかにこれなら嵐も耐えられそうだ。
中には結構人がいて、管理人と思しき人の他にも旅人や商人姿も見える。みな嵐を避けているのだろう。フィクスたちはいないので、すでに嵐の多い地帯を抜けたか、別の避難小屋に入っているのだと思う。
「ついでに何か食っていこうか」
「良い考えだ」アーシェがコクコクと頷いた。
食事も出してくれるということなので私たちは食堂に移動する。ちょうどお昼すぎという時間だからか、たくさんあるテーブルの半分は客で埋まっている。
「あら?」
テーブルの一つからよく見知った顔が私たちを見上げて声を掛けてきた。
「レティシア、いえ、レティじゃありませんこと。やっぱりここにいたのですね」
「クリスティーナ……」
その顔は、ノーブルヌで私たちを逃してくれたクリスティーナ・ベステルノールランドだった。
またまたクリスティーナと出会いました。
続きは明日の昼頃です。




