第三十九話 二十四日目 港町シーグバーン 天気晴れ
食堂でアーシェとシルックと一緒に朝食をとっていると、イリスとフィクスが帰ってきた。
「お帰りなさい、二人とも。ずいぶん早いですね?」
首都モレナールは馬車で半日と聞いた気がする。とすると夜を徹して帰ってきたのかな?
「ああ、最終の馬車で戻ってきたんでね」フィクスは若干眠そうだ。そりゃ、椅子がリクライニングするわけでもない馬車で眠れるとは思えない。
「そんなに急がずに、泊まってくれば良かったんじゃないですか?」
「情報収集と情報共有はなるべく素早く。これが僕のモットーだからね」
なるほど。この世界にはテレビやインターネットがあるわけではない。情報に対する価値はこの世界の方がはるかに高いし、集めた情報をどう使うかが重要なのだろう。
うんうんと頷いていると、どうもイリスが塞いでいるように見えた。顔色もずいぶん悪い。
「イリス、大丈夫ですか? 眠いですか?」
「え? うん。大丈夫よ」イリスはそう言って笑ったがあまり大丈夫そうには見えない。
「少し休んだほうが良いんじゃないですか? 話は元気なフィクスから聞きますから」
「そうね、ちょっと休ませてもらうわ」
そう言うとイリスは食堂を出て行った。さすがのイリスも徹夜馬車は堪えたに違いない。
「イリスはずいぶん疲れてましたね。しっかりしてるので忘れがちですけど彼女はまだ子供なのですから、もっと気遣ってあげてくださいね」私はフィクスに言う。
「ああ、そうだな。いや、モレナールで情報収集した後も疲労して見えたんで泊まっていくかと提案したんだけど、大丈夫だから帰るって言うんでね」
「ああ、きっとフィクスと泊まるのが嫌だったんですね」
「ひどいなぁ」と言って苦笑するフィクス。
「冗談はさておき、モレナールはどうでした?」
フィクスはシルックが持ってきた水を一気に飲むと話を始めた。
「うん。ここもそうなんだけど、首都でも町の人はまったく戦争に興味がないんだ」
「興味がない?」
「そう。あ、ちょうど良かった」トールヴァルドが食堂に入ってきたのだ。「トールヴァルドも聞いて欲しいんだが、時間は大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫だ」
トールヴァルドも席に着くと、フィクスがまた話始める。
「この町でも首都でも戦争に興味がない民たち。おかしいと思って調べると意外なことが分かったんだ」
「意外なこと?」
「うん。エールヴァールとフェーディーンの王は戦争に厳密なルールを作って、その中だけで戦争をやってるらしいんだ」
「はあ?」トールヴァルドがなんだそりゃとばかりに首をひねる。
「場所と人数などを細かく決めてから月に一回程度戦ってるらしい」
「それが戦争なのか?」
ゲームと言うべきかスポーツと言うべきか、この世界にこの二つを表す言葉があるかどうかを咄嗟に判断できなくて私は言葉を飲み込んだ。
「勝敗により領地や金品をやりとりしているそうだよ」
「その戦いでは死者は出ないんですか?」死者が出ないならもう本当にゲームだ。
「いや、戦えば傷つく者もいる。大敗すれば死者も出るみたいだ」
「ふざけた話だな。遊んでるみたいだな」トールヴァルドが憤る。「よく民が離反しないな」
「民は無関心だね。戦うのはどちらも主に騎士と魔法使い、それに自ら志願した兵だけだし、民が暮らすところが戦場になるわけでもない。普通に暮らせている限り、無関心になるのも分かる」
「そんなもんかねぇ」
「イリスも知らなかったようでずいぶん驚いていたよ」
「そりゃそうだろうな」
「三年ほど前に本格的な戦争が始まった頃には普通に戦っていたらしいんだ。だけど両国の戦力は拮抗している。このまま勝ったり負けたりを続けていると双方疲弊する一方ということでそういうことになったらしい」
「なら、戦争なんて止めちゃえばいいんじやないですか?」
そこまでして戦う必要もないだろうに。
「魔鉱石の採掘権争いだからね。そう簡単にどちらも引けないだろうね」
エールヴァールとフェーディーンの国境付近には巨大な魔鉱石の鉱床があるのだそうだ。それを巡って長々と小競り合いを続けてきたのが両国の歴史だという。
「あの辺はかなり良質な魔鉱石が採れるらしい」トールヴァルドが補足する。「全部我が物にしたいんだろうさ。欲張りなこった」
魔鉱石は魔法の効果を得るための触媒となる鉱石で、さまざまな種類の魔力を含んでいる。術式とあわせれば魔力を持たない者、魔法を使えない者でも、魔法と同じ効果を得ることができるのだ。
「そう。両国がともに疲弊すると魔鉱床を狙って他の国も参戦する可能性がある。それを避けるためにこんな不思議な戦争方法を考えたんじゃないかとイリスが言っていたよ」
とくに危険なのがレッジアスカールックだとイリスは言ったそうだ。フェーディーンの北、オースルンドはレッジアスカールックの属国だ。両国が疲弊したところを狙って攻め込んでも不思議はないと。
「レッジが出てくれば困るのはエールヴァールも同じってか」
「利害関係が一致してるからこそ、こんなおかしなやり方が通るんだろうね」
いっそ半々で分ければ良いのにと思うけど、そういうものでもないんだろうことは分かる。領土争いはお互いが自国の正義を信じて疑わないからこそ起こるものだ。
「それでどうなんだ? エールヴァールからフェーディーン、オースルンドへと抜ける道は使えそうかい?」
「おそらく大丈夫だろうというのが僕とイリスの意見だ。フェーディーンから先は分からないけど、それはドンカークから行っても同じだしね」
エールヴァールからフェーディーン、オースルンドへと進むのもドンカークからフェーディーン、オースルンドへ行くのも変わらないと言う。それならばエールヴァールから北上する方が近い。
「よし。じゃあ明日出発することにしよう。準備は今夜中に終わらせておかないとな」トールヴァルドが早速立ち上がり食堂から出て行った。ベアトリスをペトルリークに回航させたりする打ち合わせもあるのだろう。
準備といっても私はとくに必要なものもないので、アーシェとシルックとのんびりしていた。私とシルックはトールヴァルドに借りた本を読み、アーシェは昼寝している。
私が読んでいるのは『魔法航海術』という本で、航海に必要となる魔法の解説本だ。船の姿勢制御に魔法が使われているとは聞いたが、それ以外にも色々と使われていて、帆が受ける風の力を増幅していたり、ある程度の障害物を感知するのにも魔法が使われてたりするそうだ。元の世界では何かの本で帆船の速度は自転車くらいと読んだ記憶があるのだが、この世界の帆船はその十倍くらいの速度がでるらしい。魔法って凄いな。
「ふう」
一章目の基本的なところを読んだところで目を上げると、窓から夕日が差している。結構な時間、熱中して読んでいたようだ。シルックの方を見ると、彼女はまだ熱中しているようだ。
「シルックは何の本を読んでるんですか?」
「私は」シルックが本から目を離して私の方を見る。「気象学の本です。なかなか興味深いです」
「へー。お腹も膨れますか?」
「はい」
シルックは知識でも人間で言うところの栄養になるそうだ。
「そういえば、ヴィスロウジロヴァー山に棲んでいたらあんまり本を読む機会はないんじゃないですか?」
「そうですね。山では本は読めません。ですが、焔のドラゴンの繭があるとき以外は比較的自由に出歩いていますので」
「ほう、そうなんだ」
「はい。ミルテの図書館にはよく行きます。大変蔵書の充実した図書館ですよ」
ミルテはバルヴィーンの首都だ。今回は首都に寄る用事はなかったが機会があれば一度行ってみたい。
「歴史の本が読みたいんですよね。ミルテの図書館にはありますかね?」
「はい。たくさんありました」
「ほうほう」
レティシアは歴史に一切興味がなかったようで、この世界の歴史に関する知識がまったくない。そして、ベアトリスの蔵書も基本的には航海に関するものばかりだ。これは仕方ないところだけど。
もうちょっとこの世界の、国々の歴史的なところを知れば、この世界の常識も見えてくるんじゃないかな。
そんなことを考えていると、扉がノックされてイリスが入ってきた。
「レティ、いる?」
「いますよ。よく寝れましたか? イリス」
「ええ、ありがとう」
イリスが入ってきて私の隣に腰を下ろした。手にはなにやら本を持っている。
「何ですか? その本は?」
「モレナールで見つけたんだけど、すごく古い魔法に関する本だと思うのよ」
イリスが私に渡した本はかなり古びた年代物だ。
「なんですか? この文字は?」
表紙にはミミズののたくったような文字が書かれている。私には読めないんだけどイリスには読めるんだろうか?
「私も文字は読めないわ。中の挿絵なんかを見ると魔法に関する本ぽいなって」
たしかに中には魔方陣や触媒の絵のようなものが書かれている。だが、本文は全く読めない。
「古代魔法に関するヒントにならないかと思ってね」
「そうですねぇ……。でも全然読めませんね」
たしかに古い魔法に関する本のように見えるがこれではさすがに分からない。
「それはおそらくエルフの文字です」シルックが言う。「私も読めませんが、その文字は以前見たことがあります」
「エルフ語ですか……」
「私の知ってるエルフ語とは違うわね」
「はい、古代エルフ語と言われているものだと思います。百年ほど前にその言葉で書かれている本を見たことがあります」
「ほえー」
エルフなら読めるのだろうか? やっぱり古代魔法については、いずれエルフの里に行ってエーリカに会わないといけないかもね。
この世界にいわゆる「スポーツ」の概念はありません。
明日は仕事で更新できませんで、続きは明後日です。




