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魔法少女はおたずね者  作者: 長門シゲハル
第一章 アンシェリークを追う者たち
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第三十七話 二十一日目 リーゼクーム海峡から港町シーグバーン 天気暴風雨のち晴れ

「大丈夫……じゃないですよね?」

「……ああ、もういっそ殺して欲しい……」フィクスの顔は真っ青だ。もっとも今に始まったことではなく、リーゼクーム海峡に入って二日目からずっとこの顔色だ。船酔いって怖いね。


「さっきトールヴァルドに聞いたら、もう少しで海峡を抜けるらしいですよ」


 と言っても、海峡を抜けた後もエールヴァールの港まではさらに二日ほど掛かるそうだけど、希望を奪うのは可哀想なので言わないでおこう。船酔いは治癒魔法でも何ともできないので我慢してもらうしかない。

 食堂のテーブルに突っ伏したフィクスを気にすることなく、隣ではアーシェがばくばくと食事をとっている。この揺れる中で器用なものだ。


 今日はクリストフェルとの話し合いが行われた小島を発って三日目。順調なら間もなく海峡を抜けてエールヴァールの港へ向かう。ちなみにクリストフェルのグラナド号は来た方向、つまり東の方へ戻っていった。あちらはもう海峡を脱出したと思うが、お互い無事を祈りたいものである。


「ところでイリス、この辺は海のモンスターみたいなのは出ないんですかね?」

「海のモンスター?」

「ええ、大きなイカみたいなやつとかタコみたいなやつとか」昔なにかで見たことがあるような気がする。もちろん本物をではないけど。

「さぁ? そんなモンスターがいるのかしら?」イリスが首をかしげる。

「この辺りにはモンスターはいません」シルックが答えてくれた。「荒れすぎていて獲物も少なく、モンスターも寄りつかないようです」

「なるほど。シルックはどこでそんなことを知ったんですか?」

「本で読みました」


 そう言えばトールヴァルドの船長室にモンスター図鑑的な本があった。


「トールヴァルドが貸してくれたんですか?」

「はい。船長室の本は自由に読んで良いと言われました。他にも操船術や海図の見方など海関係の多くの書物がありました」

「へー」


 トールヴァルドはなかなか勉強家なんだな。というか航海に必要な知識なのだろう。


「だいぶ揺れが小さくなってきたような気がするわね」


 イリスが手に持ったコップを見ながら言った。たしかに先ほどから比べても急速に収まってきたように感じる。

 ちなみに机や椅子、棚類はそもそも床や壁に固定されているし、落下しそうなものは海峡に入る前に片付けられている。つまり目に見えるもので揺れを判断することはほとんどできないのであくまで感覚的なものだ。三半規管もだいぶくたびれていると思うけど。


「そんな感じがしますね。もう海峡を抜けたんですかね?」


 そこへトールヴァルドが食堂に入ってきながら私たちに言った。


「おう、海峡は抜けたところだ。もうちょっとでいつも通りの海だぞ」

「お疲れ様です。大変でしたね」

「ああ、大変すぎだわ」トールヴァルドは苦笑した。顔は笑っているが疲労の色がかなり濃い。「食ってしばらく寝るわ」


 トールヴァルドは料理人が出した料理をガツガツ食べ始めた。海峡を超えている間はまともに食事をとる暇も無かったのだろう。


「エールヴァールまでゆっくり休んでくださいね」

「おう」トールヴァルドが食べながら答える。「お前たちもよく眠れなかったろ。エールヴァールの港町シーグバーンには明後日の朝には着くだろうから休んでおけよ」


 すみません、ぐっすり眠れてます……。




 エールヴァールとその北に隣接するフェーディーンの戦争はすでに三年目を迎えたという。境界を北に南へと動かしながらもなかなか決着がつかないそうだ。


「とりあえず港町シーグバーンに入ってみてから、その後どうするかを考えよう。戦線が活発なようならドンカークまで行ってしまった方が良いかもしれない」


 一晩寝てすっきりしたのかトールヴァルドはいつもの顔色を取り戻している。食堂も船員たちで賑わい、ようやくいつもの航海に戻ったということだろう。


「そうね。戦争に巻き込まれるのは面倒ね」イリスが頷く。「ところでこの辺の海は良く来るの?」

「バルヴィーン以西の海はあまり来ないな。ペトルリークに何年かに一度行くくらいだ」


 ペトルリークは南方三島で西の島に位置する国だ。造船技術の高さから「船の国」と呼ばれており、トールヴァルドもベアトリスの検査に訪れるそうだ。


「もっとも、ペトルリークに行くときはリーゼクーム海峡は通らず、バルヴィーンの南を回って行くんだけどな」


挿絵(By みてみん)


「なるほど」私は地図を見ながら確認する。「南の海は荒れてないんですね」

「ああ。だからバルヴィーンの西に行くときは南側から行くのが船乗りのセオリーだ」


 たしかにあの大荒れの海峡を渡るのは大変すぎる。


「まあそれはともかく、エールヴァールとフェーディーンの戦争がどんな状態なのかが気掛かりだな」

「フィクスはお仲間がドンカークにいるんでしょ? このあたりの状況は聞いてないの?」


 昨日と比べればずいぶんと顔色が良くなったフィクスだが、まだ食事をとれるほどではないそうだ。バルテルスを出た時より痩せて見える。


「それほど頻繁に連絡が取れてるわけではないからね。ただ、海岸沿いの街道は安全だとは聞いているよ」


 本来のルートはリューディアからエールヴァールに入り、ドンカークまでという予定だった。フェーディーンとの国境のほうへ行くのは想定外だけに情報が無くても仕方ない。


「まぁ、シーグバーンで情報を集めてから決めた方がいいだろうね」とフィクス。


 エールヴァールの港町シーグバーンはそれなりに栄えている町だ。だが特徴のあるところではないらしく、レティシアも以前訪れたことはあるみたいだけどたいした記憶がない。


「ジーグバーンには明朝到着だが、ベアトリスの鉄装甲を外さないとならんし、ある程度は痛めた部分の補修もしておきたい。シーグバーンから陸路に入るとしても二、三日は待ってくれ」

「分かりました」


 私たちをリーゼクーム海峡の嵐から守ってくれた船だ。補修を手伝っても良いくらいには感謝してるけど邪魔になること確実だから止めておこう。

 ちなみに、トールヴァルドが私たちに同行するためベアトリスは船長不在になるが、その間にペトルリークに移動して全面点検をするそうだ。




 海峡を抜けてから港町シーグバーンまでは実に穏やかなもので、イカのモンスターなども出てくることなく無事到着した。


「とりあえず町が安全なのか情報収集してくるよ。レティはアーシェたちと船で待っててくれ」

「分かりました。大丈夫だといいですね」


 埠頭から見る限りは普通の港町と変わりない。戦争中なら兵士が港を管理してそうなものだが、兵士らしき姿も見えない。


「私も一緒に行くわ、フィクス」

「イリス」

「体もなまってきたしね」イリスはいつものリュックを背負っている。体を動かしたい気持ちは分かる。「じゃあ行ってくるわね」


 イリスとフィクスが戻るまで、私とアーシェ、シルックの三人はとりあえずお留守番だ。船はさっそく修理の業者が入ってきて、トールヴァルドも忙しそうに指示を出している。


「私たちは食堂で待ってましょう」

「うむ」

「分かりました」

やっと海の難所を抜けました。


続きは明日です。

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