第三十五話 十八日目 リーゼクーム海峡の島 天気小雨
食堂に場所を移して話し合いが始まった。ハーフルト側は南方艦隊司令のクリストフェル・オールフェルドと魔道士団のマリエッテだ。マリエッテはクリストフェルを送り迎えするだけの役割らしくちょっと引いた位置に腰掛けており、発言する気はないようだ。
こちらはトールヴァルドにイリス、そして私だ。私たちの後ろにはフィクスとアーシェ、シルックが並んで座っている。
「さて早速だが、愚かなラーゲルレーヴからの報告では、見たこともない魔法を使う少女が突然現れて、一瞬にして五隻の船を沈められたとのことだった。しかもその少女は君たちがドラゴンの幼生を持っていると言ったと」クリストフェルが切り出した。「他の将は苦し紛れの嘘だと断じていたが、いかに愚かとはいえラーゲルレーヴもここまで突飛な嘘は吐くまい。つまり本当なのだろうと私は判断した。そして、その少女はユニオール王国のクラウディア・エルマ・ユニオール王女なのだな?」
実に理路整然とした話だし、さすが大国ハーフルト。焔のドラゴンのことはもちろん、クラウディアのことも掴んでいるのか。
「ご明察だが、こちらから情報を与えるにはまだ足りないな」とトールヴァルド。こちらに何かを聞きたいのならそちらから話せということだ。
「そうだな。これはどうかな? あの愚か者は新型砲弾を使ったらしいな。君たちもさぞ驚いただろう?」
あの砲弾のことか。あれからずっと気になってたんだよね。
「魔方陣をすり抜けました。あれのおかげで船が壊れましたし、あれを撃たれたからクラウディアが怒って艦隊を攻撃したんですよ」
「こら、レティシア。正直も大概にな」と言ってトールヴァルドが苦笑する。そう言われてクラウディアだと答えてしまっているようなものだとやっと気付いた。
「ハハハ。レティシア殿がそんな正直な性格とは驚きだよ。人は話をしてみないと分からないものだな」クリストフェルが変な感心をして言葉を続けた。「その君たちを驚かせた新型砲弾はある北の国から流れてきた技術なのだ」
「……まさかユニオールが?」イリスが聞き返す。
「そのまさかだ。アーベントロートにいるレティシア・ローゼンブラードがアンシェリークの秘宝の情報を持っているとどこの誰が私たちに吹き込んだのかは知らないが」クリストフェルがトールヴァルドを見ながら言う。知ってるんじゃないの? 「当初アーベントロートを落とすのは不可能と言われていたのだ。強力な防御魔法で守られているからね。そんな時にタイミング良く、魔方陣を無効化する砲弾の情報が入ってきた。これがどういうことか分かるだろう?」
「……」
トールヴァルドは答えなかったが、分かるに決まっている。トールヴァルド以外にも、そしてシュタールとハーフルト以外にも、私を牢獄から出したい者がいたということだ。それがユニオールであるということだ。
「でも不思議ですよね? クラウディアは別に私に用はなさそうでしたけど」
ヴィスロウジロヴァー山火口でのクラウディアは私がアーベントロートから出たことも噂話程度にしか知らなかったようだし、とくに何も聞かれも言われもしなかった。
「ユニオール王とは別に動いているのか、あるいはもうレティの持つ情報が必要ないのか……」イリスが呟いた。
「新型砲弾については私も独自に調べたのだが、どうやら古代魔法の技術が使われていることが分かった」クリストフェルはそこで言葉を切って、また続けた。「そして見たこともない魔法を使っていたというラーゲルレーヴからの報告。つまり、クラウディアは古代魔法を使っているのだな? そして焔のドラゴンを狙っている。これは大変危険だ。もはや君たちだけの問題ではない」
イリスが一つ頷いた。
「そうね。そう思うわ」
「ならば焔のドラゴンはもっと安全なところに保護すべきではないか?」クリストフェルが私たちの顔を見回して言った。
「だがあいつは海の上にまでその古代魔法で転移してきたんだぜ」トールヴァルドが言う。「まるで焔のドラゴンがどこにいるのか分かるかのようにな。私たち三人でも倒せないものをあんたたちならどうにかなるのか?」
クリストフェルがちょっと黙った。「……本当に君たち三人相手でも何ともならなかったのか?」
「ああ、右腕は落としたけどな。でもあんなのは時間が稼げたくらいの効果しかない。癒えればまたすぐに現れるだろうさ」
「ふむ……」
「騎士を何人並べたってあいつにはとっては壁にもならんと思う」
ちょっと大袈裟に聞こえるが、トールヴァルドの言うようにクラウディアは強い。古代魔法に対抗する術を手に入れられれば良いんだろうけど。
「古代魔法が使われていた頃から存在する国、ユニオールはともかく、例えばベルナディスやレッジアスカールックあたりなら古代魔法に関する文献も残されているかしら?」イリスが首を捻る。
「ラスムスはどうなんだ? 歴史で言えばレッジにもひけをとらんだろ」トールヴァルドが私を見る。
「さあ……」レティシアは魔法学校の図書館に入ったことさえないようだ。「魔法学校には古い図書館がありましたけど入ったことありません……」
「そうだろうな」
対抗策がまったく浮かばず、重い空気に覆われたところで、思いもかけずシルックが口を開いた。
「エルフの女王であれば古代魔法にも通じていると思います」
「エーリカか……」トールヴァルドが考え込む。
「トールヴァルド、あなたエーリカに会ったのでしょう? どうやって会ったの?」
エルフの女王エーリカは中央アポロニアの深い森の中にいる。普通に会える相手ではない。
「あの時はあっちから道を示してくれたんだ。私が見付けたお宝っていうのが、エルフにとってずいぶんと重要なものだったらしくてな」
「じゃあ道が分かるわけではないのね?」
「残念だけどな」
古代魔法にどう対抗するか。それにあの黒い霧も問題だ。あれも古代魔法の一つなんだろうけど、右腕を吹き飛ばされてもなお霧になって転移していってしまった。意識か生命を奪わない限り、どんなにダメージを与えても逃げられてしまうのでは対応にも限界がある。
黙って考え込んでいたクリストフェルがようやく口を開いた。
「君たちはずいぶんといろいろなことを知っているのだな」
「あんたと違って自由だからな」トールヴァルドがそう言って笑った。
クリストフェルが私たちの後ろに座るシルックを見つめて問う。「少女、君は妖精だね?」
「そうです。ヴィスロウジロヴァー山に棲んでいます」
「ということは、隣の赤髪の少年、君が焔のドラゴンなのだな?」
「うむ。余が──」
「うわわわわわわわっ!」
アーシェが本名を言いそうだったので慌てて止めた。不自然な止め方だが、ここでアンシェリークと名乗られると話がさらに複雑になる。
「そうです。彼が焔のドラゴンの幼生です。私たちはアーシェと呼んでます」
「そうだ。アーシェと呼ばれている」
「そうか……。人間の姿にもなれるのだな」
「うむ」
「焔のドラゴン、いやアーシェよ。私と一緒に我が国に来るつもりはないか? 我々は全力で君を守ろう」
「いや」アーシェは明確にかぶりを振った。「余はこの者たちと行く。行かねばならぬ場所もあるし、見届けねばならぬこともあるのだ」
見届ける……。もしかして私のことを言っているのだろうか?
「そうか」
クリストフェルはちょっと天井を見上げて、それから意を決したように話し始めた。
「正直に話そう。連合王国のラ・ヴァッレ王は焔のドラゴンの力を欲している。私に与えられた役割は焔のドラゴンの幼生を見付け出し、王の前に連れて行くことだ。だが、私は役割をまともに果たすつもりは最初から無いのだ」
「おいおい、連合王国を構成するオールフェルド家の王子がそんなことでいいのか?」
クリストフェルがちょっと苦笑して話を続ける。
「実際ハーフルトは一枚岩ではないのだ。ここ三百年ほどラ・ヴァッレ国が宗主となっているが、それを面白く思わない国もあるのだ」
「それがオールフェルド国ってことか?」
「我が父は現状維持を望んでいるよ」クリストフェルはまた苦笑して続けた。「私は私欲のためにアーベントロートを攻めるような真似を肯定できない性質なんだ」
「私欲か……。ラ・ヴァッレ王は焔のドラゴンもアンシェリークの秘宝も求めているのか? なかなか欲張りだな」トールヴァルドが言う。
「王なりにハーフルトのことを考えているのだとは思う。それにシュタール帝国との折り合いが悪いことも王を焦らせている理由だとも理解している。だが、焔のドラゴンは人間がどうこうして良いものではないし、アンシェリークの秘宝などというおとぎ話を鵜呑みにするのもな」
秘宝かどうかはともかくアンシェリークは存在するんだけどね。ここに……。
「シュタールとは戦争になりそうなの?」イリスがクリストフェルに尋ねた。
「ルベルドーが間に入ってくれているが時間の問題だと思う」
「そう……」
シュタールとハーフルトほどの大国同士が戦えばともに大きな被害が出るだろうし、周辺国に飛び火する可能性もある。
「なんとか回避できればとは思っているが、王は軍備を強化する方向にしか動いていない」
「それでお前さんはハーフルトの戦力強化のために焔のドラゴン捕獲を命じられたわけか」
「そういうことだ」
それを聞いた私は文句が口をついて出てしまった。
「戦争の道具にしようなんて酷いです」
「その通りだ」クリストフェルはあっさり受け入れた。「だからもし私が捕らえたとしても王に差し出すつもりはなかったよ。オールフェルドに隠そうと思っていたのだ」
「そっとしておくって選択肢はないんですか?」
「焔のドラゴン捕獲を命じられているのは私だけではないのだ。他の艦隊も出ている。それに他の国が狙っていてもおかしくない」
「実際ユニオールが狙っているわけだしな」トールヴァルドが頷いた。
少しの沈黙の後、口を開いたのはイリスだ。
「話があっちこっちいってしまったけど、私たちはアーシェを渡すことはできないわ。これが結論よ。そのうえであなたは何を望むのかしら?」
「まずはたくさんの情報提供を感謝するよ」クリストフェルは礼を言った。「焔のドラゴンについては諦めるよ。何より君たちのもとにいるのが現状ではもっとも安全だろうしね。問題はクラウディア王女だ」
「しばらくは大丈夫だと思うけど、また来るでしょうね」
「先ほども言ったが、クラウディア王女に焔のドラゴンを奪われるのは、君たちだけでなくこの世界にとって大問題になる可能性がある」
「そうね」イリスが頷く。私たちも異存はない。
「そこでイリスレーア姫。私にアンハレルトナーク王への紹介状を書いてもらえないか?」
「父に?」突然の提案にイリスは目を丸くした。
「そうだ。今ならまだアンハレルトナークがユニオールを落とすことは容易だろう」
「なっ!?」私は思わず立ち上がった。「イリスの国に戦争させるつもりですか!?」
私は隣で黙っているイリスを見る。
「イリス!」
「落ち着いて、レティ」イリスはちょっと笑って私をたしなめた。いつものイリスだ。「そういう選択肢も考えなくてはいけないという話よ。そうでしょう? クリストフェル王子」
「うむ。まだ大っぴらになっていないだけで、ユニオールの王女がハーフルトの船を沈めたのだ。事はすでに国際問題だ。アンハレルトナークはユニオールの隣国。このままでは対岸の火事では済まなくなるかもしれない」
「そうね。その通りだわ」
「でも──」
「紹介状は書きましょう」イリスが私の言葉を遮ってクリストフェルに言う。「その後は父が王としてどう判断するかって話だから保証はできないわよ」
「勿論だ」
たしかにクラウディアのことは放置できないけど、そのために戦争というのはどうにも飲み込めない。でも他に方法がないのも事実だ
「もし戦争になるなら私もアンハレルトナークと一緒に戦いますから」
「え? そんなことは──」イリスが驚いて私を見上げる。
「いいえ、ダメです。イリスがなんと言っても私は行きますよ。そして一瞬で戦争を終わらせてみせますから」
周りの皆が目を丸くして私を見た。そしていっせいに笑いだした。ひときわ大きく笑ったのはトールヴァルドだ。
「カッカッカッ、それでこそレティシアだ! そんときは私も手伝うよ」
クリストフェルとの話し合いでした。
次話は明日の昼頃です。




