第三十四話 十八日目 リーゼクーム海峡の島 天気小雨
小さな島に停泊したと聞いた直後なのに、伝声管が戦闘準備を告げてきた。
そのとき私はちょうどアーシェとシルックと食堂で食事をとっていて、周りの船員たちがいっせいに立ち上がって行動し始めたことの方がちょっとビックリした。
「戦闘? 小島にモンスターでもいたんでしょうか?」
「そなたは行かなくていいのか? レティよ」
「気になりますけどアーシェを置いて行けませんし」
「では操舵室に行こう。余も一緒に行けば問題あるまい」
陸ではアーシェに私かイリス、トールヴァルドのうち最低限誰か一人付いて、極力目を離さないようにと決めているが、船の中は基本的に安全なので特に決まりはない。だがこうして戦闘ということになれば、誰か付いているべきだろう。
廊下を船員たちが忙しそうに行き来している。戦闘準備ということで緊迫感もある。そんな中で私たち三人は邪魔にならないよう、トールヴァルドのいる船橋の操舵室に向かった。
「何があったんですか?」
操舵室は慌ただしく船員が動いているが、トールヴァルドはイリスとともに右側の窓から外を見ている。
「おう、レティシア」トールヴァルドが窓の外を指差す。「湾の向こう側のところ、何か見えるか?」
「はい?」
目を凝らして見るがよく見えない。向こう岸までは百メートルもない感じだが、どう見てもただの海と岩です。が、その時、頭の中で声が響く。
……船が隠れている……
レティシアの記憶、というとこの場合ちょっと変かもしれないが、いろいろなものを見て経験してきたレティシアの記憶があそこに船が隠れてることを教えてくれた。
「あ、船が──」
「船がおるの」
「船ですね」
私の回答にかぶせるようにアーシェとシルックも答えた。
「なんだよ三人とも見えるのかよ」トールヴァルドが驚きの声を上げた。
「おそらく魔法かスキルで隠れているんだと思うわ」とイリス。
「動きはないんですか?」
「今のところね」
どこの国の船なのか、こちらに攻撃してくるつもりはあるのか、動きがないのでまったく分からない状態だそうだ。
「トールヴァルド様、戦闘準備、防御魔法準備完了しました」副官がトールヴァルドに伝えた。
「よし。湾の向かい側上空に照明弾発射」
「照明弾発射!」
ベアトリスの右舷から一発の弾丸が発射され、湾の向こう側上空で炸裂、眩しい光を発してすぐに消えた。
「こう雨が降ってちゃすぐに消えちゃいますね」
「いや、別に消えてもいいんだ」トールヴァルドが当然のように言う。「そこに隠れているのは分かっているという意思表示だよ」
なるほど。どうせなら船に向けて実弾でもいいんじゃないかと思ったけどそういう意味だったのか。
「あっ!」
その意思表示を受け取ったか、湾の向こう側に船が突然姿を表した。ベアトリス同様に大型の戦闘帆船だ。
「ハーフルト南方艦隊旗艦グラナドです!」副官が声を上げた。
ああ、バーンハルドで会ったハーフルト騎士の船ですね。
「クリストフェルか! いったいなんでこんなところに?」トールヴァルドがグラナドを見つめながら首を傾げる。
「私たちを襲うつもりだったんじゃない?」イリスが答えた。
「後ろからか、それともここでか」
「ええ。まさかリーゼクーム海峡内に他の船がいるなんて思いもしないしね」
「狙いはアーシェか……」
トールヴァルドが呟いたとき、グラナドの後部船橋辺りで光が瞬いた。繰り返し光っている。
「発光信号です。解読します」副官が言う。「乗艦を希望する 艦長及び魔法使い一名、です」
トールヴァルドはほんの一瞬考えるとすぐに返事をした。
「よし。受け入れると返信しろ。受け入れ準備!」
トールヴァルドの言葉に船員たちが準備に動く。
「アーシェはレティシアと船室に──」
「いや」トールヴァルドの言葉をアーシェが遮った。「余も同席しよう。どうせその者は余がここにいることを知っておるのだろう?」
「見せた上で出方を観察した方が良い、ってことか」
「うむ」
いかにクリストフェルが強くても、魔法使いと二人だけでどうこうできるものではないだろう。それなら彼の反応を見た方がたしかに良いかもしれない。
「それもそうだな。ではアーシェはできるだけ喋らないようにな。ごまかす必要がある場合には、髪の色も同じだし私の弟って設定で頼む」
「うむ。承知した」
「どんな出方か分からんが油断しないようにな、レティシア、イリスレーア」
「ええ、分かったわ」
「分かりました」
グラナドの後部船橋から飛行魔法に乗って騎士と魔法使いがこちらに飛んでくる。強風にずいぶんと煽られて飛びづらそうだ。二人はなんとかベアトリスのデッキ上に着艦した。
「やあトールヴァルド。乗艦許可を感謝するよ。アルベルティナ以来だな」
操舵室に案内されてきたクリストフェルは明るく手を上げた。
「以来って言うほど前のことじゃないけどな」トールヴァルドが苦笑する。
「たしかに。しかしその短い期間に皆さんはずいぶんとご活躍のようだ」
「なんのことかな」
トールヴァルドはとぼけたが、クリストフェルはどうも色々と知っているようだ。そりゃ自分の統括する艦隊のうち五隻も沈められれば報告を受けているに違いない。
「ラーゲルレーヴの非礼は詫びよう。あれは責任を取らせて閑職にまわすことにしたよ」
「そりゃあまた、ハーフルトの南方艦隊は強くなりそうだな」
「ハハハハ、間違いない」クリストフェルはひとしきり笑うと真顔になって言葉を続けた。「トールヴァルド、イリスレーア姫、それにレティシア・ローゼンブラードよ。腹を割って話をしないか? どうも状況はよろしくない方向に進んでいると思われるが」
「……話をするためにこの海峡にまで追い掛けてきたのか?」
「そうだ。どうやら追い越してしまったようだがな」
トールヴァルドは私とイリス、そしてアーシェを見てからクリストフェルに視線を戻した。
「そうだな。お前さんが真剣なことは分かった。私たちもアレについては持て余してるところがあるからな」
トールヴァルドの言うアレとはクラウディアのことだろう。もし協力できるならハーフルトは心強い味方になるけど、そう簡単な話ではないような予感もする。
クリストフェルがいました。
次話は話し合いです。
今日はお昼頃もおう一本上げます。




