第二十九話 十五日目 リューディア沖 天気小雨
リューディア最大の港町はパブロスだが、船がこの状態では入港できないそうなので、その西にあるペイロという小さな港町に入港することになった。
「こんな状態でパブロスに入ったらあれこれ尋問されて面倒なことになること間違いなしだ。ペイロなら訳ありの船も受け入れてくれる」とトールヴァルド。
とりあえずは日が暮れるまでできる補修をしながらペイロを目指して進む。船員総出でも人が足りないくらいなので私たちも資材を運んだりして手伝った。
「やっぱり重いので速度が出ないな。ペイロは明日の昼くらいになりそうだ」
重いのは理由がある。乗員が増えているからだ。ハーフルト艦隊はクラウディアに沈められた船の船員をすべては救助し切れなかったようで、海に漂っていた船員(ほとんど兵士だったけど)を回収してきたのだ。四十人ほどを救助して、半数はなんらかの怪我をしていた。
「怪我してない奴は手伝って欲しいんだけど、あまり船内をうろつかれるのも困るしな」とトールヴァルドが言う通りなので私たちも頑張るしかなかった。
「疲れました……」
日が暮れて作業はひとまず終わり、私たちは食堂の席に着いた。周りの席でも船員たちが食事を始めている。
「お疲れさま。いろいろありすぎたわね」さすがのイリスの顔にも疲労の色が見える。
「まぁ、みんなも船も無事で良かったじゃないか」フィクスは相当に働いた、というかこき使われたようでヘロヘロだ。
「そういえばフィクス、あの閃光弾とても役に立ちました。ありがとうございました」
私はフィクスにまだ礼を言ってなかったことを思い出して頭を下げた。あれがなかったらどうして良いか分からなかった。
「役に立って良かったよ」
「あれって盗賊がよく使うやつよね」イリスが興味深そうにフィクスに聞く。「前に見たことがあったから目をやられずに済んだわ」
「そうなんですね。トールヴァルドも知ってましたかね?」
「たぶん知っていたと思うわ。そしてクラウディアは見たこともなかったでしょうね。良い使い方だったわ」
普通は一国の姫が目にするようなものではなかったようだ。上手くいって本当に良かった。ただ二度は通じないだろう。
「余も腹が減ったぞ。早く食べよう」アーシェが今にもナイフとフォークでテーブルを叩き出しそうなので食事を始めることにした。
「そうですね、食べましょう」
しばらく食事をしているとようやくトールヴァルドがやってきた。
「今日はお疲れだったな」席に着きにながらトールヴァルドが私たちをねぎらう。
「トールヴァルドこそ、お疲れさまでした。船の具合はどうですか?」
「とりあえずは問題ないけど、ペイロでもう少し補修をしないとこの先は厳しいな」
「そうですか」
「とりあえず食べながらこれからの話をしよう」
トールヴァルドも目の前の食事をパクつき出した。よっぽど空腹だったようだ。
「クラウディアはどうなったんでしょう」
やはり彼女についてが一番の心配の種だ。あの黒い霧でどこにでも現れることができるなら対策は急務だ。
「間違いなく右腕を斬った感触はある」トールヴァルドは真面目な顔で言う。「治癒には相当な時間が掛かるんじゃないか?」
「そうですね……」
レティシアの記憶から治癒に関する情報を思い返す。なんと治癒魔法で切れた腕をくっつけることもできるようだ。しかしただくっつけてもダメで、リハビリには時間が掛かるらしい。
「実際にそういう例を見たわけではありませんが元通りには何ヶ月もかかると思います」
「そうね。期間は分からないけど当分は動けないんじゃないかと思うわ」イリスも同意した。
トールヴァルドも頷く。「そうだな。ただ古代魔法なんて非常識なものを使う奴だから安心は禁物だ。アーシェから目を離さないようにしたほうがいいな」
そのアーシェは脇目も振らずに食事をしている。暢気というか食い気というか。ちなみにその隣に座っているシルックは食事をとらない。フェアリーは何も食べないのだそうだ。驚きである。
「それからハーフルトのことだ。私たちがドラゴンの幼生を乗せてることがバレてしまった。これはかなり面倒な話だ」
「そうですね……」
私が乗っていることはすでにバーンハルドでクリストフェルに見られてしまったけど、ドラゴンの幼生がいることまで知られてしまった。艦隊を増強して追ってくると考えるべきだろう。
「これからはますます追われることになりそうだな」
「そうね。数が出てくると厄介ね」
「今回はたまたま上手くいったようなもんだが、普通は一個師団相手ではどうにもならん」
それにあの不思議な砲弾のこともある。
「あの砲弾はなんだったんでしょう? 防御魔法陣をすり抜けて着弾したんですけど」
「ハーフルトが開発したのかもしれないな。イリスレーアは何か知らないか?」
「兵器には興味がなかったからよく分からないわ」イリスは肩をすくめた。「でも防御魔法を超える砲弾があってもおかしくはないと思う」
「なぜだ?」
「だって、アーベントロートはかなり強力な魔法で守られていたはずなのに落とされたんでしょ?」
そう言えばそうだ。あのときはあまり気にしなかったけど、魔法で守られていたはずだろうに建物が崩壊するほどの爆発はおかしい。
「そうするとハーフルトと事を構えるのはますます嫌だな」トールヴァルドが頷く。
「そうね」
「そういうこともあっての話だが、我々はこれからリーゼクーム海峡を抜けて西に行こうと考えてる」
難所のリーゼクーム海峡か。危険な航路らしいが大丈夫なんだろうか?
「うちの船は手練れの船員も多い。気を付けて進めばなんとか大丈夫だと思う。このまま東側にいるよりはいい」
「海峡の先にリューディアの港はあるの?」
「いや、港はこちら側だけだな」
「じゃあ、エールヴァールかその先のドンカークまで行って、そこからフェーディーン、オースルンドに進むというわけね」イリスがちょっと唸った。
「だいぶ遠回りになるがその方がいいだろう。さすがに海峡を超えればハーフルトは追って来れないと思う」
そこまで話すとトールヴァルドは肩で息を吐いた。よっぽど疲れたのだろうけど、その原因は主に私なんだろうと思う。
「なんだかいろいろとすみません」
「いや、レティシアの責任じゃない。なんと言うか、レティシアが追われているのは私のせいなんだ、すまない」
「へ? トールヴァルドには感謝以外ありませんよ?」
なんのことだろうと考えているとトールヴァルドがちょっと重たげに口を開いた。
「シュタールとハーフルトにレティシアがアンシェリークの秘宝の情報を持っていると流したのは私なんだ」
「シュタールとハーフルトに?」
「ああ、そうすればあの両国はどうにかしてアーベントロートからレティシアを奪おうとするだろうと考えたんだ」
「おお、なるほど」
豪快に見えるがトールヴァルドは意外に策士だ。ちょっと感心していると、トールヴァルドは言葉を続けた。
「だからこうして色々と追われてるのは私の責任なんだ。本当に――」
「え? そんなことありませんよ!」私は勢い余って立ち上がってしまった。「トールヴァルドがそうしてくれたからあそこから出られたんです。こんなに有り難いことはないですよ!」
私はトールヴァルドの手を取った。「だから改めて言いますね。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
トールヴァルドはちょっと驚いたように目を見開いて、「お、おう。任せておけ」と言った。
その様子がなんとなく面白く感じて私は笑ってしまった。つられるようにトールヴァルドもイリスもフィクスも笑っていた。
翌日、昼前にベアトリスはペイロの港に入った。すぐさま修理が始まり、私たちは町で一泊することとなった。ちなみに救助したハーフルト兵たちもここで降ろすそうだ。
「しばらくは海暮らしになる。陸を堪能しておけよ」とトールヴァルドは笑った。「出港は明日の朝だ」
海の難所を抜けていくことにしました。
続きは明日です。




