第二十八話 十五日目 リューディアへの海上 天気小雨
「クラウディアが!?」
船員からの知らせを受けるとイリスは凄い勢いで船室を飛び出していった。
「こんな海上にどうやって……。もしかしてあの黒い霧みたいのですかね? あれも古代魔法なのかな?」
「……そなたはのんびりしてて良いのか? レティよ」
アーシェとシルックとともに船室に残された私はどうするか考えあぐねていた。たしかにイリスを追っていくべき場面だけど、アーシェとシルックだけを残してはいけない。でもアーシェをクラウディアの前に出すのはどうだろう?
「さすがにアーシェを見たらドラゴンと気づきますよね?」
「あの者なら気づくであろうな」
「うーむ……」
とはいえ万一あの二人がやられてしまうともうどうにもならない。
「ちょっとフィクスを呼んできますから、二人はここで待っててくださいね」
「うむ、分かった」
「かしこまりました」
どこにいるかと思ったらフィクスは食堂にいた。テーブルに何やら道具を拡げて何かをしていた。
「フィクス、何してるんですか?」
「ああ、レティ。アーシェと一緒じゃなかったのか?」フィクスが心配そうに私を見る。
「アーシェとシルックは私の船室にいます。それで、私も甲板に上がるのでフィクスに二人を見てもらおうかと思って探してたんです」
「そうだね。クラウディアが来たのなら君の力も必要だろう。ここでは力を隠す必要もないから二人を援護したほうがいい」
ここにもクラウディアが現れたという情報は知らされたようだ。話が早い。
「そうですね。三人なら大丈夫だと思います」
「気を付けてな。それにちょうど良かった」フィクスがテーブルで作っていたらしい白い玉を私に渡した。卵くらいの大きさだ。「これは閃光弾だよ。魔法の光ではないから魔法では防げない」
「目を眩ませられるんですか?」
「何かの役には立つかもしれない。お守り代わりに持って行ってくれ。じゃあ僕は船室でアーシェとシルックを見てるよ」
「万一の時は二人を連れて逃げてくださいね」
「君たち三人でどうにもならなかったら、僕程度ではとても」フィクスは両手を広げた。お手上げということだろう。残念だけど私もそう思う。
甲板に上がると後部船橋前の広いデッキでは熾烈な戦いが繰り広げられていた。イリスとトールヴァルドの猛攻をクラウディアが魔方陣で防ぎつつ反撃の攻撃魔法を繰り出している。甲板も船橋前面もクラウディアの流れ弾を受けてボロボロだ。マストに当たりませんように。
二人に怪我はないようだと少し安心した刹那、頭にレティシアの言葉が響く。
……防御魔法展開……
私の右後方にひときわ大きな防御魔法陣が展開された。船の側面を覆うほどに大きい。
「えっ?」自分で展開しておいてその大きさに驚いたが、そこにすぐさま複数の攻撃魔法や砲撃が魔法陣に炸裂し、大きな音を立てた。攻撃は立て続けに飛んでくる。
「なんですか!?」
よく見ると、ハーフルトの艦隊が逃げながらこちらに攻撃魔法や砲撃を撃ち込んできている。私は追加で船全体を覆うように防御魔法を展開した。
「レティシア!」トールヴァルドが気付いてそばまでやってきた。「大丈夫か? ハーフルトのやつらめ!」
「こっちは大丈夫です。クラウディアはどうですか?」
「イリスレーアが来てくれて助かったが、二人掛かりでもあの防御魔法を突破できないんだ」
クラウディアは自分の周囲に複数の魔方陣を展開している。今も攻撃の手数はイリスが圧倒しているけど、そのすべてを魔方陣が防いでいる。火口でも思ったがなんと高性能な防御魔法だろう。
「私も攻撃します。隙を見付けたら迷わず剣を打ち込んでください」
「分かった。船のことは気にしなくて良いから、クラウディアを倒すことだけ考えてくれ」
「分かりました、気を付けて」
と私が言った瞬間、爆音とともに船が大きく揺れた。船の右側面から煙が上がっている。
え? 防御魔法があるのに?
船は私の魔方陣で覆われている。砲撃は全部跳ね返すはずなのに。
また爆発音が響く。今度は甲板の上に着弾して爆発した。煙に覆われるデッキ。
「なんで!?」
今度ははっきり見た。一発の砲弾がたしかに魔方陣をすり抜けて着弾した!
「止めろ! クラウディア!」
煙の中からイリスの声が響いた。クラウディアは私の張った防御魔法陣の上まで浮かび上がって、手をハーフルト艦隊の方にかざしている。
「邪魔をするな!」
クラウディアの手から一本の青白い光の帯がハーフルト艦隊の一隻に向かって伸びたかと思うと、その船は大きな火柱を上げて炎上、爆発した。
「あああ!」
思わず変な声が出てしまった。クラウディアは続けて青白い光を放ち、五隻の船が犠牲になったところでハーフルト艦隊は大急ぎで離れていった。
「やっと邪魔者は去ったの。そろそろ幼生を渡してもらおう」
煙の晴れたデッキに再び降り立ったクラウディアが両手を広げて何やら呪文のような言葉を唱えだした。聞いたこともない呪文だ。大規模な古代魔法か?
「何をするつもりだ!」トールヴァルドとイリスが攻撃を再開するが相変わらず防御魔法陣に防がれる。クラウディアは不敵に笑いながら詠唱を続けている。足下に黒い魔方陣が描かれてどんどん魔力が流れ込んでいるように見える。
やるしかない!
私は飛行魔法を出して全速でクラウディアに近づきながら光の攻撃魔法を撃ち出す。すべて防がれてしまうがそれは計算どおりだ。
「トールヴァルド! イリス! 目を閉じて!」
私がそう叫んだ瞬間、光の攻撃魔法に混ぜて投げた閃光弾がクラウディアの顔の前に展開されていた魔法陣にぶつかり炸裂した。目を閉じていても痛くなるほどの強烈な光が放たれた。
「なにいいい!」
閃光弾の猛烈な光に目が眩んだか、クラウディアは顔を手で覆って詠唱も止まった。周囲の魔法陣もいくつか消滅している。
「雷光斬!」
残光がまだ残る中、トールヴァルドがクラウディアに剣技を放つ。雷光は魔法陣の隙を抜けてクラウディアに直撃した。
「うぐっ!」呻くクラウディア。右腕が肩のあたりから切断されて吹き飛んで甲板に落ちた。肩からは血が吹き出している。
彼女を取り囲んでいた魔法陣は完全に消え、クラウディアは膝を付き、残った左手で右肩を押さえている。
「ここまでよ、クラウディア」イリスが伸縮棍をクラウディアの首あたりに当てた。「大人しくしてくれれば命までは取らないわ」
「……フッフッフッ」クラウディアは右肩を押さえて震えながらもまだ不敵に笑った。口の端からは血が流れている。「余裕か? イリスレーア」
「あなたの身柄はアンハレルトナークが預かるわ。その体ではもう魔法は使えないでしょ」
「侮るなよ!」
クラウディアが血を吐きながらそう言ったかと思うと、一瞬にして体が黒い霧に変わった。また逃げるつもり!?
「待ちなさい!」
「こいつ!」
イリスとトールヴァルドが慌てて取り押さえようとしたが霧はあっという間に消えてしまった。見れば、落ちたはずの右腕も見当たらない。
「消えちゃいましたね……」
呆気に取られる私たち。あんな体でまだ魔法が使えるとは驚きだ。
イリスとトールヴァルドも脱力したか、クラウディアが消えたあたりを見つめながらデッキに座り込んでしまった。
「なんて奴だよ……」
「……あれも古代魔法なのかしらね」
イリスの問いに答える知識は持っていない。おそらく古代の転移魔法なのではないと思うが推測に過ぎない。
しばらく三人で呆然としていたが、最初に気を取り直して立ち上がったのはトールヴァルドだ
「ひとまずリューディアに向かうしかないな。船も直さなきゃならんし」
甲板も船橋もボロボロだ。太いマストが無事なのは幸いだけど、ハーフルト艦隊に砲撃を受けた側面も直さなければならない。そう言えばあの砲撃はいったい何だったんだろう?
「このままじゃ風邪をひくわ。とりあえず中に入りましょ」
イリスも立ち上がった。まったく気にしてなかったけど小雨が降り続いていて、三人ともずぶ濡れといっていい状態だ。
仰げば黒い雲が空を覆っている。しばらくは晴れそうにない空に向かって私はため息を吐いた。
逃げられてしいました。
続きは明日の昼頃です。




