第二十七話 ユニオール暦八百七十三年六月三十日 リューディアへの海上 天気小雨
タラップを渡してハーフルトの兵たちが船に乗り込んでくるのを待ち受けながら、トールヴァルドは不機嫌な表情を崩さなかった。
「なんだってこんなところでハーフルトの臨検を受けなきゃならないんだい」
兵たちに続いて指揮官らしき男がタラップを渡ってきた。
「ハーフルト連合王国南方艦隊第七師団長のラーゲルレーヴだ。協力を感謝する、トールヴァルド」
トールヴァルドはこの男に見覚えがあった。前の南方艦隊司令、つまりクリストフェルの前だが、そのときに副官だった男だ。大して能力もないのに貴族だからと役職に就いた典型的なパターンだ。
「何の臨検だって言うんだい? 私たちはリューディアに向かってるところなんだが」
「積み荷と船室を確認させてもらう。とある生き物を探しているのだ」
「生き物?」
「軍機ゆえこれ以上は言えぬ。探せ!」ラーゲルレーヴの号令で兵たちが船室に降りていく。
生き物と言うからにはドラゴンの幼生を探しているのだろうが、ただの兵士やこの程度の男にはアーシェが幼生とは気づけないに違いない。
これなら揉めずに済むな、とトールヴァルドは内心胸を撫で下ろした。
「お前たちはバルヴィーンから来たのであろう? ヴィスロウジロヴァー山の噴火の影響はなかったのか?」
無理矢理家捜しに来ておいて世間話か。嫌だが付き合うしかない。トールヴァルドは諦めて答える。
「私たちが立ち寄ったのはバルテルスだけだからな。噴煙は見えたが港には影響はなかったよ」
「首都には行ってないのか?」
「ああ、ちょっとした補給に港へ寄っただけだ。一泊しかしてないしな」
「なるほど」
嘘は吐いていない。予定外の外出はあったけどな。
「そういや、バルヴィーンへと飛んでいくワイバーンの群れを見たという話も聞いたが、お前たちは見なかったか?」
「ああ、見たよ。バルテルスに入港する前だったかな」
「あれはどこに向かったんだろうな?」
「さあ? 港にはいなかったぜ」
何か鎌を掛けようとしているようだが、そんな聞き方では誰も掛からないだろう。
そんな話をしていると船室を探し終わった兵たちがゾロゾロと甲板に戻ってきた。
「隈なく捜索しましたがそれらしきものはありませんでした!」兵の一人が報告した。
「そうか。分かった」ラーゲルレーヴは残念そうに顔をしかめた。「邪魔をして済まなかったな、トールヴァルド」
「探し物が何かは知らんが、無くて残念だったな」
本当はいるのにな、と内心ほくそ笑みながら顔がニヤけそうになるのを我慢していると突然、甲板の上で黒い煙が湧き出てきた。
「なんだ!? 火事か!?」
「なんだこれは!? 煙? 霧?」
ラーゲルレーヴや兵たちも驚いたようで騒ぎ始めた。
トールヴァルドも驚いて煙を見つめながら部下にバケツを持ってくるように命じた。
「何だこれは……、人?」
トールヴァルドがジッと煙を見つめていると、黒い煙が集まってだんだん人の形に見えてきた。
「これは!? いかん!」トールヴァルドにはピンときた。煙が黒さを失い完全に人の形になった。それはトールヴァルドが思った通り、クラウディアだ!
「ご機嫌よう、海賊よ。焔のドラゴンを迎えに来たぞ」クラウディアはトールヴァルドに微笑みかけた。
「なにっ!? ドラゴンだと!」
クラウディアの言葉に素早く反応したのはラーゲルレーヴだった。やはりドラゴン目当てだったか。だが今はそれどころではない。
「おい、ハーフルトの! お前らはすぐに船に戻って離れろ!」トールヴァルドが怒鳴った。
「何を! ドラゴンの幼生を渡せ!」
ラーゲルレーヴがトールヴァルドに食って掛かる。その様子を見ていたクラウディアが大きく笑った。
「フッフッフッ、愚かな。ハーフルトごとき新興国にドラゴンをどうにかできるのか?」
「何っ! お前は誰だ! ひっ捕らえろ!」
命令に従って兵たちがクラウディアに向かって駆け出す。「おい、止めておけ!」とトールヴァルドが止めたが間に合わなかった。
クラウディアが右手をかざすと駆け寄った五、六人の兵が一瞬にして炎に包まれ、断末魔の悲鳴さえ聞く暇がないほど一瞬で灰になった。
「ひぃぃ! 何者だ、お前は!」ラーゲルレーヴが今にも腰を抜かしそうな勢いで後ずさる。
「いいからお前らは船に戻れ!」トールヴァルドがラーゲルレーヴをタラップの方に突き飛ばす。そして側にいた部下に命令する。「お前らも下がれ! それからイリスレーアを呼んできてくれ!」
ラーゲルレーヴが這うように、しかし凄い勢いでタラップを渡って自分の船に戻っていく。ハーフルトの兵士たちもそれに続いた。
「さて、お前の相手は私だ、クラウディア」
トールヴァルドが腰の剣を抜きクラウディアに襲いかかった。鋭く剣を振り下ろしたがクラウディアの周りに防御の魔方陣が展開されて剣が通らない。火口で見たのと同じだ。
「フッフッフッ、無駄だ」
クラウディアが笑って右手をかざす。魔方陣が展開されて黒い矢がトールヴァルドに撃ち出された。空気を切り裂いて数本の矢がトールヴァルドに向かって鋭く飛ぶ。しかしトールヴァルドは素早く避けて当たらない。
「魔法が当たると思うなよ!」
「来い、海賊よ」
剣と魔法の激しい打ち合いが始まった。
またクラウディアがやってきました。
続きは明日の昼頃です。




