第二十六話 十五日目 リューディアへの海上 天気小雨
バルテルスを出港して二日目の朝。明日の朝にはリューディアに着くらしい。
「アーシェはどうした? まだ寝てるのか?」
船長室に入ってきた私とイリスを迎えながらトールヴァルドが言う。
「もう起きて食堂にいるわ。フィクスが付いてるわよ」
「ホントによく食うな」トールヴァルドが苦笑する。「長い航海なら食糧を食い尽かしかねないな」
人間の姿にはなっていてもドラゴンだから大食いなのだろうか? そもそもドラゴンが何を食べるのか知らないけど。
「さて、これからどうするかを話しておかないとな」
席にについた私たちを見ながらトールヴァルドが言う。
「白銀のドラゴンに会いに行くしかありませんよね」
「そうね。いつまでアーシェと一緒にいるかはともかく、飛べないドラゴンじゃどうしようもないわね」イリスが頷く。
「ヴァーニャ山かあ……」
アポロニア大陸最高峰の険しい山だ。あまりに高いので正確な高さは分からないらしい。
「行ったところで登れるとは思えんけどな」
「大丈夫ですよ」心配顔のトールヴァルドに私は言う。「皆で登る必要はありません。麓まで行ったら私がひとっ飛び頂上まで行って、白銀のドラゴンと話をしてきます。それで必要なら白銀に降りてきてもらえば良いんですよ」
「そんな簡単に進むかね」
しかしアーシェと一緒に飛行魔法で行くことができないのだから他に方法はないと思う。
「それはともかく山の麓まで行くのも結構大変よ」
「フェーディーンやオースルンドですよね? そんなに厄介な国だった記憶がないんですが」
レティシアもこのあたりの国には何度か訪れている。だが、とくに危険だったりした記憶は無い。
「あなたが収監されていた十年で結構事情が変わっているのよ。フェーディーンは南のエールヴァールといざこざが続いてきたけど、ついに五年ほど前からは本格的な戦争状態に入ったわ」
「そうでしたか」
「オースルンドはレッジアスカールックの属国みたいな国ね。本国がゴタゴタすれば属国も浮き足立つわね」
レッジアスカールックの跡継ぎ争いに引っ張られる形で、オースルンドも政争になっていたようだ。レッジアスカールックで第二王子が勝った今、オースルンドがどうなっているのかは分からないらしい。
「地図で見るとリューディアからそのままオースルンドに抜けられそうですけど」
「リューディアとオースルンドは戦争こそしていないものの断交状態なので道が無いわ」
「はあ」
地図を見ながらつくづく思う。至るところで戦争中だったりいがみ合ったりしてるんだなあ……。
「面倒な地域なのよ、レッジアスカールックから西は。ダーヴィまで行ってしまえば安全なのだけどね」
「なるほど」
レティシアは収監以前は基本的に飛行魔法で旅をしていたらしく、面倒ごとに関わるようなことはほとんど無かったようだ。しかし実際にこうして歩かないければならないとなるとそう簡単でもないことがよく分かる。
とはいえ今の目的はオースルンドの北にあるヴァーニャ山だ。面倒な地域でも抜けていくしかない。
「トールヴァルドはどうする?」イリスが問い掛ける。「あなたが一緒に来てくれれば心強いけど」
「うーん、陸かあ」考え込むトールヴァルド。「行くのは構わんが、あまり大人数なのもどうだろうな?」
私とイリス、フィクスにアーシェとシルック、それにトールヴァルドもとなれば六人での移動になる。目立つこと間違いなしだ。
「それなのよね。まぁ五人でもあまり変わらないけど」
「いっそアンハレルトナークまで船で行っちゃえば楽なんだろうけどな」
「ダメなんですか?」良いアイデアだと思うが。
「まず日にちが掛かりすぎる。東周りでも西周りでも二ヶ月は必要だ。それに東周りならハーフルトやシュタールの沿岸を通らないとならない。西周りは難所が多い。どの道難しいよ」
海賊のトールヴァルドがそう言うのだから相当に難しいのだろう。やはり陸路しかない。
「まあ私も一緒に行く方向で考えるさ。アンシェリークの秘宝との関係がやっぱり気になるしな」
アーシェ自身は秘宝のことは知らないと言っていたが名前が一致するのだ。偶然ではないだろう。
話がいち段落したところで船長室の扉が激しくノックされて船員が飛び込んできた。
「トールヴァルド様! 東にハーフルトの艦隊です! 臨検を要求してきています!」
「何だって!?」
司令室は張り詰めた空気だ。トールヴァルドが周囲の船員たちにテキパキと命令を下す。
「ハーフルト艦隊の位置は?」
「東約十五キロです。観測距離ギリギリなので誤差はありますが船数は約二十。全速で近付いています」副官らしき船員が答える。
「二十隻とはハーフルトの一個師団か」
「先程から発光信号で臨検を求めてきています」
「ハーフルトの沿岸でもないのに臨検させろとはどういうつもりだ」
私が目的か、あるいは……。
「アーシェが目的だと厄介ね」隣でイリスが呟く。
「そうですね」
トールヴァルドは北西方向に針路を変更させると戦闘準備の命令を下した。
「艦隊に旗艦グラナドは見えるか?」
「いえ、見当たりません」
「ちっ、クリストフェルがいればまだ話が通じたものを」
バルヴィーンの城で会ったあの騎士はいないらしい。ということは私を捕らえに来てる可能性もある。
「あと二キロほどでリーゼクーム海峡です! これ以上の西進は危険です」舵をとる船員がトールヴァルドに伝えた。
リーゼクーム海峡は岩礁や浅瀬の多い危険な海域だとトールヴァルドは言っていた。
「仕方がない。船を止めろ!」トールヴァルドが命じる。「臨検を受けると返信しろ。戦闘準備はそのまま!」
トールヴァルドが私たちの方を向いて言った。「レティシアとイリスレーアは船室にいてくれ。もし連中がレティシア目的で、万一見破られたら船のことは気にせず逃げるんだ、いいな?」
「そんな――」そんなことをしては後がどうなるかと言おうとしたら、トールヴァルドは遮って言葉を続けた。
「後のことは大丈夫だ。何とでも言い訳はできる。とにかく捕まるのはダメだ。万一の時はオースルンドの首都ナサリオで待ち合わせだ。イリスレーアもいいな?」
「分かったわ。とりあえず、船室に行きましょう、レティ」
「は、はい」
釈然としないながらも船室に戻るイリスと私。途中でアーシェとシルックを食堂に迎えに行き、四人で待機することにした。
船室に入るとイリスが窓のあたりを調べ始めた。いつも見ている小さな丸い窓だ。
「万一の時は私がここをぶち抜くから、飛んで逃げてね」と言うとイリスはにっこり笑った。
「でも……」
「大丈夫。トールヴァルドも万一とは言ってたけど、あなたを見てすぐにレティシア・ローゼンブラードと見破れるほど高位の騎士や魔法使いがいるとは限らないわ。あくまで万一の話よ」
「……分かりました。ではアーシェが目的だった場合はどうしますか?」
「それこそアーシェを見て焔のドラゴンとは分からないと思うわ。正直、私だって変身するところを見ていなかったら信じないわよ」
「でも、ただ者じゃない気配はしてますよね?」
「ええ、でもだからと言ってドラゴンとは思わないでしょう。その辺は上手いこと言いくるめるしかないわね」
「うむ。余のことなら心配ない」
「アーシェは喋っちゃだめですよ」
ハーフルトの臨検の目的が私なのか焔のドラゴンなのか、そして別の姿になっている私たちを彼らが見破れるのか。さらに、見破られたら私は逃げられるのか、私が逃げた後の船はどうなるのか。あまりに不確定要素が多すぎて不安この上ない。
不安そうな顔に気づいたのかイリスが私の手を握ってくれた。
「心配しないで。何とかなるわ」
イリスだって不安なはずだ。私もしっかりしないと。
小さな窓からハーフルトの船が近付いてくるのが見えた。
なかなかすんなりいかないものです。
続きは明日です。




