第二十五話 十三日目 バルテルスの町 天気曇り
アンシェリークがなにか食べたいというので私たちは食堂に移動した。トールヴァルドはいろいろと船員に指示したりすることがあるらしく司令室に向かった。
適当に料理を出してもらうとアンシェリークはすごい勢いで食べ始めた。食べてる姿を見ていても仕方ないので話を進めることにした。ヴィスロウジロヴァー山での出来事をフィクスは呆気にとられながら聞いていた。
「ということで船に連れてきたのです」
「ということでって……。この子は本当に焔のドラゴンなのか?」
そりゃこの少年が実はドラゴンですと言われても容易には信じられないだろう。逆の立場だったら私も信じない。
「そうだ。余が焔のドラゴン、アンシェリーク・ドラゴン・デ・フライロである」
「食べながら喋っちゃダメですよ」
ボロボロとこぼした食べカスを拾ってあげつつ、この先もこの名前を堂々と名乗られるとちょっと困るかなと思った。
「アンシェリーク、何か愛称みたいのはありますか? この先は本名ではマズいこともあるでしょう?」
「うん? マズいことなどないが、以前はアーシェと呼ばれたこともある」
「アーシェですね。では私たちもアーシェと呼びますね」
「うむ。苦しゅうない」
愛称で本名を隠しても、見る人が見ればこの少年が尋常ではないことは分かってしまうだろう。だだ漏れよりは良いけどね。
「それで君の名前はアンシェリークの秘宝と何か関係があるのか?」フィクスが聞きたくて仕方なかったという表情で聞く。
「うむ。レティたちにも聞かれたが、余は秘宝のことは知らぬ」
町に戻る前にちらっと聞いてみたのだ。ちなみにエンシェントワイバーンたちも秘宝のことは知らなかった。
「そうなのか……」
「余自身が秘宝と言えるかもしれぬがな」と言ってアーシェがにやりと笑う。
「アーシェには人の願いを叶えるような力があるんですか?」あるなら秘宝の言い伝えと合致する。
「そんなおとぎ話のような力はない」
「ですよね」
でも人間に化け、何もないところから服や靴も錬成したのだ。魔法以上の力を使えるのだと思う。
「フィクスへの説明は終わった?」イリスが服を着替えて食堂に入ってきた。
「ああ、こんなに驚いたのは初めてだよ」
「人生はいろんなことが起こるわよね」
席に着くイリスに、これからはアンシェリークのことはアーシェと呼ぶことにしたことを説明した。
「アーシェね」椅子に腰掛けながらイリスが言った。「良い愛称だわ」
「うむ。余も気に入っているのだ」
「それでアーシェはこれからどこに行きたいの?」
「羽を癒やさなければならぬ。だが余には魔法も薬も効かぬ」
「治す手段はあるの?」
「余には分からぬ。白銀なら知っておるかもしれぬ」
「白銀のドラゴンのことかしら?」
「そうだ。癒やしを司るドラゴンだ。ヴァーニャ山の山頂におる」
「ヴァーニャ山!? 人が登れる山じゃないぞ!」ヴァーニャ山と聞いてフィクスが驚愕の声を上げた。
ヴァーニャ山の名はレティシアも知っている。アポロニア大陸最高峰の山だ。頂上付近は常に雪と氷に閉ざされているという話だ。
「白銀のドラゴンは中央アポロニアの森にいると聞いていたのだけど違うのね」
「うむ。あれは寒いところが好きでな」
熱を遮断する魔法と同様に冷気を防ぐ魔法もある。寒さはまぁなんとかなるだろう。
「行くなら陸路しかないわね」イリスが私を見ながら言う。
「え? どうしてですか?」飛んでいってしまっても良いと思っていたんだけどダメだろうか?
「だって、アーシェがあなたに触れると魔力を吸われてしまうんでしょ」
「あ……」
そうだった。飛行魔法で運ぶには私に掴まってもらうしかない。だが、アーシェが私に触れるとグングン魔力が吸われてしまう。
「それに追われてるのを忘れちゃダメよ」
「そうでした……。魔力を吸うのは止められないんですか?」私はまだ食べ続けているアーシェに聞いてみた。
「意識してやってるわけではない。ゆえに止められぬ」
「特性ってやつですか」
となれば陸路で行くしかない。ヴァーニャ山に行く道は……。
「リューディアからフェーディーンを抜けてオースルンドから登るしかないわね」イリスが食堂の地図を見ながら言う。
「結構距離がありますね」
「そうね。それにフェーディーンとオースルンドはできれは立ち寄りたくない国ね」
レティシアはそのどちらの国もよく知らないようだ。ホントに何も知らないな。
どういう国なのか聞こうと思ったところでトールヴァルドが食堂に入ってきた。席に着く彼女に労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様でした、トールヴァルド。船の方は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。予定通り明日出港だ」そう言ってイリスの方を見る。「さて、まずはあの女、クラウディアのことを聞かせてもらおうか。あれがイリスレーアの言っていた、イカれたユニオールの姫なんだな?」
「ええ、そうよ」
イリスは席についている面子を見回して話を続ける。ちなみにアーシェはまだ食べ続けている。
「彼女はクラウディア・エルマ・ユニオール。ユニオール王国の第一王女よ。彼女の話をする前にユニオールのことをちょっと話しておきましょうか」
ユニオール王国はアポロニア大陸の北、プロヴァル地方に位置する小さな国だ。東のアンハレルトナーク、西のヴェードルンド王国という二つの大国に挟まれている。
小国ではあるがその歴史は長い。それまで各国でバラバラだった暦を統一した国としても知られていて、ユニオール暦は今や世界中で標準暦として使われている。
「大国に挟まれていることもあって学術・研究の国として平和な国体だったのだけど、現国王が立ってからはちょっと変わってきたの」
現国王ラドスラフは即位すると精力的に外交に取り組み始めた。隣接する両国だけでなく、レッジアスカールックやシュタール、ハーフルトなどの大国とも親交を深めようとした。それはとくに問題ないことだが、次第にユニオールを歴史ある上国として扱うよう強く求め出してきた。
「別に各国はそれまでもユニオールを侮ったり軽く扱っていたわけではないんだけどね。国が小さいことを引け目に感じすぎているのかもしれないわ」
大国たちがあまり相手をしてくれなくなると、今度は内向きになった。つまり国民に向けて、ユニオールは素晴らしい国であること、国民はもっと誇りを持つようにと煽り始めたのだ。
「そんなわけで、ユニオールは今や国を挙げての自国第一主義になってしまったわ。自国を誇るだけでなく、他国を貶める嫌な国ね」
「なるほど。それで王女であるクラウディアもそんな感じなのか?」
「まあそんな感じね」
ラドスラフ王の第一王女として生を受けたクラウディアは幼い頃から英才教育を受けた。魔法にも適正があったようで、西の魔法大国ダーヴィにも留学してりしていたらしい。
「ところがあの性格でね」イリスはちょっと苦笑した。「トラブルが絶えない人なのよ」
「前にもイリスと何かあったんですか?」
クラウディアはイリスと戦った時、いつぞやのようにはとか言っていた。
「ええ、いろいろね。どうも目の敵にされてるみたいなのよ」
「なるほど。面倒くさいですね」
レティシアにとってのクリスティーナみたいなものか。でもクリスティーナはまだ常識がある分マシなのかもしれない。
「焔のドラゴンを使って何をするつもりだったんだろうな」トールヴァルドが首を傾げる。「人間がどうこうできるものでもないだろうに」
「そうとも限らぬぞ」
ようやく食事を終えたアーシェが口を挟んできた。
「あの者が使っていたのは古代魔法だ。あの黒い輪もその一つで、余の首輪になって言うことを聞かせるつもりだったようだ」
「そんな魔法があったんですね」
さまざまな魔法を使えるレティシアも古代魔法についてはまったく知識がない。そういえばあの黒い矢の攻撃魔法も尋常な威力じゃなかった。
「連れ去ってどこかの国でも攻撃させるつもりだったのか、それともアンシェリークの秘宝絡みなのか……」トールヴァルドが唸る。
「どちらにしても彼女には渡せないわ」
「そうだな」
とりあえずはこのまま港で一泊して、予定通り明朝リューディアに向けて出港することとなった。一日でずいぶん色んなことがあってさすがに疲れた私は、部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。
船に戻ってきました。
続きは明日です。




