第二十四話 十三日目 ヴィスロウジロヴァー山近郊 天気晴れ
「もう少し離れた方が良さそうだぞ、レティシア」
私はトールヴァルドの声に従って噴火を始めた山から離れていく。山頂の火口から黒煙とともに大きな岩も飛び始めているし、マグマも噴出している。
ドラゴンの幼生を抱きつつイリスとトールヴァルドも掴まっているので、飛行魔法の負荷も大きい。というか、ずんずん魔力が減っていくのを感じる。これおかしくない?
「あれ? なんか魔力が急速に……。ちょっと降りますね」
私はヴィスロウジロヴァー山の四つほど隣の山の麓にちょうど良さそうな原っぱを見つけて降下した。この辺までは噴石も飛んできていない。エンシェントワイバーンや妖精たちも私に続いて降下する。
「あれれ?」
原っぱに降りて飛行魔法を解除したが魔力の減少が止まらない。レティシアの声が頭に響く。
……ドラゴンに吸われている……
やっぱり! 私はそっとドラゴンの幼生を地面に置いた。地面と言っても草が生えているので痛くはないだろう。というかドラゴンの幼生はすやすやと暢気そうな顔で寝ている。幼生から手を離すとやっと魔力の減少が止まった。
「大丈夫? レティ? 魔力の使いすぎ?」イリスが私の顔を心配そうに覗き込んだ。ノーブルヌ沖の海戦の時のことを思い出しているのかもしれない。
「ちょっと目が回ってますけど大丈夫です。それより二人とも怪我はありませんか?」
「私は大丈夫よ」
「おう、私も問題ないぞ!」
エンシェントワイバーンたちも続々と原っぱに降りてくる。さて、色々と聞きたいことはあるけど、とりあえずこれをどうしようとドラゴンの幼生を見下ろすと幸せそうに眠っている。羽に当たった黒い輪は大丈夫だったのだろうか? 飛べなくなってる?
「三人ともよくやってくれた」ヴルザル王が私たちをねぎらいながら近付いてくる。「本当にありがとう。あなた方は我らの救世主だ」
「いやいや、幼生を奪われなくて良かったな」
そう言うトールヴァルドの服は一部ボロボロになっている。ずいぶんと頑張ってくれたようだ。
「あの巨大なゴーレムを倒すなんて凄すぎますよ」
「カッカッカッ。あんなに上手いことマグマに落ちてくれるとは思わなかったよ」トールヴァルドは私の賞賛の言葉にちょっと照れたように笑った。
「それにイリスがあの少女を止めてくれたおかげで幼生を救い出せました」
「そうね……」イリスはちょっとうつむいて絞り出すように言葉を続けた。「でも彼女、……クラウディアを逃がしてしまったわ」
「あの少女のことは改めて聞きますよ」雰囲気が暗くなりそうなので私は急いで話を変える。「とりあえずこの幼生はどうしますか?」
クラウディアは私に預けるなんて言っていたけど、簡単に預かれるものではない。ドラゴンの幼生を連れて旅を続けるわけにもいかないし。
「とりあえず、我らの地までお連れする。傷を癒やさなければ飛べないだろう」とヴルザル王。この羽のままでは飛べないということだ。
「あの黒い輪はなんだったんでしょうね?」
「あれはおそらく幼生を捕らえるための魔法だったのだと思うわ。首輪のような感じで」
「ああ、なるほど」イリスの言葉に私は頷いた。
やはりクラウディアの目的はこの幼生を連れていくことだったのかな? とりあえずは阻止できて良かった、などと思っていると私のパンツの裾が引っ張られている。何?と考えるまでもなくドラゴンの幼生が小さい手でパンツの裾を引っ張っていた。起きたのか。
「何かな?」私はかがんでドラゴンの幼生に視線を合わせた。
「救出の礼を言うぞ、その方ら。よく助け出してくれた」幼生に似合わない言葉遣いで話し始めた。私たちを取り囲んでいたエンシェントワイバーンたちがいっせいに跪いた。
「その方らのおかげで不埒者の手に落ちることなく済んだ。だが、余の片翼は傷ついてしまった」
「誠に申し訳ございません」ヴルザル王が頭をさらに下げる。私たちも跪いた方が良いか悩んだけど、まぁいいか。私はドラゴンじゃないし。それにしても「余」なんて一人称を初めて聞いた。
「その方らの責にあらず。しばらく休めれば回復するであろう」
「はっ。我らの地でしばしご休養ください」
「いや、余はこの者たちと行くぞ」幼生が小さな手で私の方を指さしている。
「はい?」思わず声が出てしまった。イリスもトールヴァルドも驚いたように幼生を見つめている。
「あの不埒者はまだ余のことを諦めていまい。この者たちといる方が安全と見る」
「でもね、ドラゴンさん」私は幼生に視線を合わせて言葉を続ける。「私たちは旅の途中で、しかも色々と追われている身でもありまして……、ドラゴンの幼生を連れ歩くわけにはいかないんですよ」
「それならば案ずる必要はない」
幼生はそう言うと何やらごにょごにょと言葉を呟いた。するとまぶしい光が幼生を包んだ。光が消えるとそこには一人の少年が立っていた。
「どうだ。これならドラゴンには見えまい」満足そうに自分の体を触る幼生。もちろんちゃんと服も着ている。赤い髪で、ボブというかちょっと長い坊ちゃん刈りというか、男の子の髪型のことはよく分からない。瞳が真っ赤で焔のドラゴンの面影を残しているが、パッと見は完全に人間だ。
「ドラゴンさん、いや、そう言えば名前はあるんですか?」
「余の名前か?」少年になったドラゴンが腰に手を当てた。「余はアンシェリークだ。アンシェリーク・ドラゴン・デ・フライロと名付けられている」
「はいいいいいいいい!?」
あまりに色々起きすぎて混乱しているし、いつまでもここにいるわけにもいかない。とりあえずトールヴァルドの船に戻ることにした。ドラゴンに触られると魔力を吸われてしまうので、バルテルスの町のそばまではヴルザル王がアンシェリークを抱えて飛んでくれた。魔力のない者が触れても大丈夫なようだ。
エンシェントワイバーンが町に入るわけにはいかない。バルテルスの近くでいったん降下した。この辺までは噴火の影響は無いようで安心した。
「それではお三方、焔のドラゴンをよろしくお頼みいたす」とヴルザル王はうやうやしく私たちに礼を執って飛び去っていった。
「レティ! イリス! 大丈夫か!?」
船に戻るとフィクスが心配そうに駆け寄ってきた。「ヴィスロウジロヴァー山に行く」と書き置きしておいたのだが、その山は今絶賛噴火中だ。心配しないわけがない。
「ごめんなさい、急な用事だったので……」
「いや無事なら良かった。後で話してくれればいい。ところでその二人は?」
私たちの後ろにはアンシェリークと、人間姿のシルックが立っている。万一何かあったらシルックを飛ばして欲しいとヴルザル王に託されたのだ。ヴィスロウジロヴァー山に棲むフェアリーのはずなのだが、シルック曰く「しばらくは山に入れませんし喜んでお供します」とのことだ。
「こちらはアンシェリークとシルックです。詳しくは後ほど……」
「え? アンシェリークだって!?」
驚くに決まってるよね……。
ドラゴンの幼生の名前はアンシェリークでした。
続きは明日です。




