第二十三話 十三日目 ヴィスロウジロヴァー山 天気晴れ
「我らが盟主、焔のドラゴンのために援軍痛み入る。状況は思わしくなく、時間もないため早速助力を頼みたいのだ」
ヴルザル王が沈痛な面持ちで言った。
「時間がない……。転生した焔のドラゴンはどうなっているの?」
イリスが発した「転生」という言葉にちょっとドキッとしたけど私の転生とは話が違う。
「うむ。火口で転生した焔のドラゴンはしばらくの間、炎の繭で包まれてその中で成長する。そして繭を破って飛び立つのだ」
「なるほど。時間が無いと言うことは、その繭が破れる兆候があるのね?」
「その通りだ。今日にも出てきてもおかしくない」
ヴルザル王がテーブルに一枚の紙を広げた。簡単な地図になっている。この広間から道が伸びて、さらに大きな広い場所に出る。その広い場所の半分くらいが赤く塗りつぶされている。そこが火口なのだろう。火口の中心に丸印が、その脇の広い場所にバツ印が付けられている。
「この先が火口だ。火口の横はひらけた空間になっていて、何者かが占拠している。便宜上、火口広場と呼んでいる。焔のドラゴンの繭は火口の上に浮いている」
「バツ印が人間の位置ね。何者なのかしら?」
「分からぬ。若い人間の雌だ。多数のダークスケルトンと一体のゴーレムが周りを取り囲んでいて我らは近づくこともできぬ」
「女……」と言うとイリスは黙り込んでしまった。
ダークスケルトンはともかくゴーレムがいるのはかなり厳しい。魔法が効かないと言っていた。
「ゴーレムは一体だけなのですね?」
「うむ、一体だ。ダークスケルトンは数え切れないほどいる」
「その女性はモンスターを召喚する以外に攻撃魔法かなにかを使ってきましたか?」
「いや、あの者はモンスターを召喚してそれに命じているだけのようだ。だが、近付いたわけではないので、あれが他に魔法を使えるかどうかは分からない」
現状は召喚以外の魔法が必要ないだけなのかもしれない。失われた召喚魔法を使う人間だ。攻撃や防御の魔法が使えてもおかしくない。
「最初に私の魔法で一掃しましょうか? ゴーレムは無理でもダークスケルトンは消し飛ばせるんでは?」
「ダークスケルトンに魔法が効くかな?」トールヴァルドが首を傾げる。
「我らは魔法を使わぬので分からぬが、魔法の武器の効果はあった。おそらく効くであろう」ヴルザル王が言う。
「なるほど。仮にドラゴンの繭まで攻撃魔法が届いちゃっても大丈夫ですかね?」
魔法で繭まで吹き飛ばしては困る。もっともまた転生するだけだろうけど。
「それは心配ない」ヴルザル王が少し笑ったように見えた。「繭にはあらゆる攻撃が効かない」
それは良かった。突入して私の魔法でダークスケルトンを一掃、もしくは大幅に数を減らす。そうすれば後はゴーレムとその人間相手だ。
「ねえ、トールヴァルド」
「なんだ? イリスレーア?」
「突入したらゴーレムの足止めを任せても良い? 私は人間の方に当たりたいんだけど」
「ああ、いいぞ」と言ってトールヴァルドはイリスの顔を覗き込む。「何かあるのか? もしかしてその人間に心当たりでもあるのか?」
「あら、鋭いわね」イリスが苦笑する。「そうじゃなければ良いとは思うのだけど」
火口広場への通路は高さがあって道幅も広い。散発的にやってくるダークスケルトンを倒しながらずんずん進む。攻撃魔法を試してみたところ、ダークと言うだけあって光の矢が良く効くことが分かった。これなら数がいても問題ないだろう。
私たちの後ろをエンシェントワイバーンたちも付き従っている。怪我をしてるのを除いて約六十体の総攻撃となる。人間の相手はイリス、ゴーレムはトールヴァルドと決まっているが、その二人への援護や私が撃ち漏らしたダークスケルトンへの対応をエンシェントワイバーンにお願いしている。シルックたち妖精や怪我人は広間で留守番だ。
その角を曲がれば火口広場というところまで来た。私は深呼吸して攻撃に備える。向こうも待ち構えているに違いない。
ちなみに火口広場はマグマのすぐそばなのでかなり暑い、いや熱い。ワイバーンたちは大丈夫なようだけど私たちはそうはいかない。私は自分とイリス、トールヴァルドに熱を防御できる魔法をかけた。蒸し暑い東京の夏に欲しくなる魔法だ。
「よし、行くぞ!」
トールヴァルドの掛け声とともに私たちは火口広場に飛び込んだ。大量のダークスケルトンが目に入る。その数およそ五十体くらいか。ちょっと怯んだけど予定通りだ。
「光の矢の攻撃魔法!」
今までに撃ったのとは桁違いに多い魔力を流し込みつつ光の矢を降らせると、大量のダークスケルトンが乾いた音を立てて崩れ落ちていく。四十体ほどは倒せたはずだ。
「いいぞ!」
トールヴァルドが広場の西側でいきり立つゴーレムに突撃していく。エンシェントワイバーンたちも援護のために火口広場になだれ込んでいく。
「撃ち漏らしは?」
私は周囲を確認する。何体かのダークスケルトンが残っているようだが、エンシェントワイバーンたちが取り囲んでいく。
「イリスは?」
乱戦の向こうにイリスを見つけた。件の人間と対峙しているようだ。その人間はイリスよりもちょっと背が高いけど、まだ子供に見える。こんな女の子がなぜこんなことを?
「やはりあなただったのね」イリスが少女を見据える。
「またそなたか、イリスレーア・アンハレルトナーク。よくよく我らは相性が悪いと見える」
少女はイリスを見下ろしながら不敵に微笑んでいる。
「イリス、大丈夫ですか?」私はエンシェントワイバーンたちの脇をすり抜けてイリスのもとにたどり着いた。
「大丈夫よ。まだ戦ってないわ」
「あなたは誰なんですか?」
私が問いかけると少女は少し胸を張り堂々と答えた。
「我はクラウディア・エルマ・ユニオール。偉大なるユニオール王国の王女じゃ。そなたはレティシア・ローゼンブラードじゃな? アーベントロートを抜け出したというのは本当だったか」
美しい金髪に気の強さを表すような少し吊り上がった目。この状況にも自信に満ちた微笑みを浮かべ続けている。
「ユニオール……。私をハメた国ですね」私は身構えてすぐに攻撃魔法でも防御魔法でも出せる準備をする。
「結果としてそなたをハメることになってしもうたの。だが、ユニオールにとってそなたが邪魔であることは間違いない」悪気も無さそうにクラウディアが笑う。
「邪魔ですか。それより、焔のドラゴンをどうするつもりですか?」
クラウディアの向こうの火口には真っ赤な繭が浮いている。よく見ると少し動いているようだ。
「知らぬのか。であれば十年閉じ込めておいた甲斐はあったな」クラウディアがニヤッと笑った。
「どういうことです?」
「聞きたくば力づくで来るが良い」
そう言うとクラウディアの周りに無数の小さな黒い魔法陣が浮かび上がり、魔法の矢が私たちに向けて打ち出された。私は咄嗟に防御魔法を展開した。
「くっ!」
防御魔法で魔法の矢を受けてすぐに分かった。矢を受けるごとに魔力がごそっと持っていかれる。これは私が使う魔法の矢とは別物、おそらく古代魔法だ。
……受け続けるのは危険……
レティシアの言葉を頭の中で聞きつつ私は少し後退する。変わってイリスが私の防御魔法から飛び出て伸縮棍をクラウディアに振り下ろす。
「クラウディア!」
「いつぞやのようにはいかぬぞ、イリスレーア。物理攻撃は効かぬ」
クラウディアは防御魔法も同時に展開しているようだ。イリスが次々と繰り出す攻撃を魔法陣で防ぎながらさらに魔法の矢を撃ち出している。
「レティは下がっていて!」
イリスの声を受けて私は素直に後退した。魔法の矢を巧みに避けながら攻撃を続けるイリス。私ができる援護は無さそうだ。イリスに賭けるしかない。
「ゴーレムの方は?」
見るとトールヴァルドがゴーレムの周りを俊敏に飛び回りながら攻撃を仕掛けている。傷こそ与えられていないが、十分足止めにはなっている。
エンシェントワイバーンたちも残ったダークスケルトンを殲滅中だ。もはやダークスケルトンは二、三体しか残っていない。じきに終わるだろう。
イリスとクラウディアはお互いの攻撃を防ぎ、互角に見える。トールヴァルドの方もゴーレムを足止めはできているが倒すまでは難しそうだ。
このままではジリ貧かも。私にできることは?
私は防御魔法を展開したまま飛行魔法を唱え、火口の繭に向かって飛んだ。繭をどうこうできるわけではない。もちろんクラウディアの隙を作るためのブラフだ。
「繭に近付くでない!」
気付いたクラウディアが私に向けて一斉に魔法の矢を撃つ。それを見逃さずイリスはクラウディアに鋭い蹴りを浴びせかけた。防御魔法で防いでもこの一撃は効果があったようだ。クラウディアが少し呻いた。
「くっ」
それを見逃さずにイリスはさらに連続攻撃を仕掛けていく。均衡が破れてイリスが押し始めた。
私は魔法の矢で剥がされてしまった防御魔法を素早く掛け直して繭にもう少し近付いてみた。
「動いてますね」
繭の大きさは一メートルほど。燃えるように真っ赤だ。下を見ればマグマの海。
……繭に手を触れて魔力を注ぎ込め……
「えっ!?」
私は思わず周りを見回した。頭の中で声がしたが、これはいつものレティシアではない。誰だ?
……時間がない……繭に手を触れて……
「ええい、ままよ!」
私は手を伸ばして繭に触れた。熱いかもしれないとビビったけど大丈夫だ。頭に響いた言葉通りに魔力をガンガン流していく。
「繭が……」
繭の上の方が開き始めた。花のつぼみが開くような感じだ。
その時、後ろの方でマグマの大きな水柱、いや、マグマだからマグマ柱が立った。見るとトールヴァルドがゴーレムをマグマに叩き落としたようだ。「やったぜ!」と嬉しそうなトールヴァルドが目に入った。
しかし、マグマ柱のおかげで界面が大きく揺れた。私も繭も浮いているので影響ないけど、界面の揺れは収まらず、マグマが大きく波立ってきた。
「えっ!? これ大丈夫なの?」
見れば広場の方は地面も揺れ始めたようだ。エンシェントワイバーンたちも立っていられなくなっているようだ。噴火するとか言わないよね?
「ちょっと! 開くなら早く開いて!」
繭が徐々に開いていく。そして開いた花びらの中からドラゴンの幼生が現れた。ドラゴンと言うには頭が大きく見えるのは幼生だからか? 赤く輝く胴体の背中から生える二枚の羽がゆったりと羽ばたき始めた。
「うにゅう……」ドラゴンは目を開いた。
その刹那、「どけ! レティシア・ローゼンブラード!」とクラウディアの声が響き、私は思わず体をかがめた。黒い輪がドラゴンの幼生めがけて飛んでくる。クラウディアが撃ち出した魔法か!?
「にゃ!?」
黒い輪はドラゴンの幼生の片羽にヒットした。輪が絞まり、羽ばたけなくなったドラゴンの幼生が落ちそうになるところを私はキャッチした。
「くっ! 失敗したか」
広場の縁でクラウディアが右腕を押さえて立ちすくんでいる。後で聞いたところ、クラウディアが黒い輪を放つ瞬間に隙が生まれ、イリスがその右腕を伸縮混で打ったのだそうだ。それで黒い輪の軌道がずれたらしい。
「今は預けておくぞ! レティシア・ローゼンブラード!」
クラウディアはそう言うと黒い霧に包まれた。イリスが取り押さえようとしたが霧は一瞬で消えてしまった。
私はドラゴンの幼生を抱いて呆然としていると、「噴火しそうだ! 急いで脱出を!」とのヴルザル王の声で我に返った。
「イリス! トールヴァルド! 脱出しますよ!」
私は二人を回収して大急ぎで山から飛び出した。エンシェントワイバーンや妖精たちも脱出したのを確認したところでヴィスロウジロヴァー山は盛大に噴火した。
なんとかドラゴンの幼生を守りました。
続きは明日です。




