第二十二話 十三日目 ヴィスロウジロヴァー山 天気晴れ
そろそろ陽が傾きかけてきた。イリスとトールヴァルド、フェアリーの姿に戻ったシルックを乗せて飛行魔法でヴィスロウジロヴァー山の麓まで飛んできた。フェアリーになったシルックは十五センチほどの大きさしかない。背中に四枚の羽があるけどそれほど速く飛べるわけではないそうなので、私が手元に抱えている。
ちなみにフィクスはまだ情報収集から戻ってなかったのでホテルの部屋に手紙を差し込んでおいた。さぞ驚くことだろうが、急ぐので仕方ない。
「疲れてない? レティ?」心配そうに私の顔を見るイリス。
「ぜんぜん大丈夫ですよ。船旅でゆっくり休みましたからね」
スティーナ沖での海戦で結構魔力を使ってしまったけど、五泊の船旅の間にとっくに回復している。バルテルスからヴィスロウジロヴァー山までは馬車なら二、三日掛かるそうだが、頑張って飛ばして二時間ほどで着いた。
「さて、まずはエンシェントワイバーンの王に会おうか。どこにいるんだ?」
「こちらです」シルックが先導する。
トールヴァルドが周りを見渡す。ヴィスロウジロヴァー山は途中まで樹木が生い茂っているが、おそらく森林限界なのだろう、ある一定以上のところから上は線を引いたように岩山だ。
シルックの話で火口とか出てきたので、もっと火山なのかと思っていたけど、とくに煙を吐き出している様子もない。
「この辺はモンスターが結構いるわね。普段からこんなにいるものなの?」
イリスが周囲を伺いながら言った。
「いえ、あの人間が来てからです。大型と一緒に中小のモンスターも召喚しているようです」シルックが答えた。
「そんなに何種類も召喚できるものなのか?」とトールヴァルドが私を見る。
「私は召喚魔法を使えないので分かりません」
周りを草木に覆われているので姿こそ見えないが、モンスターらしき気配や鳴き声はする。警戒しなくては。
「この先に洞窟の入り口があります。そこから山の中に入れます」
道なき道を少し登っていくとちょっと拓けた野原のような場所に出た。奥の方には洞窟の入り口らしき場所が草木でカモフラージュされているのが分かる。
「あそこか。しかし参ったな……」トールヴァルドが息を吐く。
野原の真ん中にはあの辞典で見たサイクロプスと思しきモンスターがどっかりと座っている。座っていても見上げるほどに大きい。体高二十メートルというのは本当のようだ。幸いまだこちらには気付いていない。
「やるしかないわね」イリスがポケットから伸縮棍を取り出した。そう言えばイリスは今回いつものリュックを背負っていない。
「そういうことだな」トールヴァルドも腰の剣を抜いた。船で見た細身の剣ではなく、両刃の立派な剣だ。「レティシア、私たちが飛び込んだら奴の顔に向けて攻撃魔法を頼む」
「分かりました」私は二人に目一杯補助魔法を掛けた。
「はっ!」という掛け声とともにイリスとトールヴァルドが飛び込んでいく。私もそれに合わせて攻撃魔法を放つ。「光の矢の攻撃魔法!」
二人が飛び出した気配を察知したかサイクロプスが立ち上がろうとする。そこに私の撃った光の矢が炸裂する。怯むサイクロプスに二人が襲いかかる。
「たあっー!」
イリスが伸縮棍を振り下ろすとサイクロプスの肩口辺りにヒットした。伸縮棍に仕込まれた魔法の力でカラフルな光とともに打たれた部分が爆発した。一つ目をしかめてサイクロプスがうめく。
「せいいっ!」
続いてトールヴァルドが立ち上がりかけたサイクロプスの腰の辺りを横殴りに斬りつけた。斬れこそはしなかったものの衝撃でサイクロプスがよろける。
「火の攻撃魔法!」
よろけたところに私は続けて攻撃魔法を放った。火の玉がサイクロプスの顔面に直撃して爆発を起こした。
「やったかな?」
爆発の煙に包まれるサイクロプスを見つめる。徐々に煙が晴れると、そこには無傷のサイクロプスが立っていた。頭を振ると一つ目が周りを見回す。
「無傷かよ!」トールヴァルドの声が響く。
「まだまだ行くわよ!」イリスが凄い速さでサイクロプスに近付き、伸縮棍で波状攻撃を掛ける。サイクロプスは長い両腕を振り回して応戦するがスピードが段違いだ。体中で伸縮棍による爆発が起きる。
「下がれ、イリスレーア!」今度はトールヴァルドが力を込めていた剣を勢いよくサイクロプスに向けて振り放つ。「雷光斬!」
剣から放たれた稲妻を帯びた衝撃波がサイクロプスの長い胴体に直撃した。サイクロプスは雄叫びをあげて苦しそうによろけたがまだ倒れる様子はない。
その瞬間、頭の中でレティシアの声が聞こえた。
……凍らせるしかない……
「氷の攻撃魔法!」
魔方陣から冷気の矢が届くとサイクロプスは足元から凍り始め頭の角まで一瞬で凍りついた。サイクロプスの氷像一丁上がりだ。
トールヴァルドが呆れ顔で剣を鞘に収めた。「ふう、とんでもないモンスターだな。私たち三人掛かりでこれかよ」
「氷の魔法もあったのね。助かったわ、レティ」イリスも伸縮棍を収めながら戻ってきた。
「しばらくは凍ったままです。この隙に行きましょう」
シルックの先導で洞窟を進んでいく。奥へと続く道はもちろん真っ暗なのだけど、飛んでいるシルックの体がぼんやりと光を放っているので足元も問題ない。高さも五メートルくらいあるし頭を打つ恐れもない。
「この先に広間のようになっているところがあって、そこがエンシェントワイバーンたちの前線基地になっています。その先が火口に続く道があり、件の人間は火口脇の拓けたところにいます」シルックが先導しつつ説明してくれる。
「あんなにたくさんいたエンシェントワイバーンでも歯が立たないのか?」
「向こうはダークスケルトンを大量に召喚していまして、なかなか人間の元まで進めないのです」
ダークスケルトンというモンスターはレティシアの記憶にない。
「そのダークスケルトンも古代のモンスターなんですか?」
「はい。そのようです」
ノーブルヌの地下水道でイリスが一蹴したスケルトンとは違うのだろう。私の魔法は狭いところではあまり使えないので、イリスとトールヴァルドにお願いする以外にない。
「トールヴァルドはヴルザルに会ったことがあるの?」イリスが周りを警戒しながらトールヴァルドに話しかける。
「いや、ないな。二人は?」
「私もないわ」
「私もないです」
そもそもレティシアに至ってはワイバーンが話せるということも知らなかった。私もモンスターと話せるとは思ってなかったけど、どうやら人間と話ができるほどに知能の高いモンスターもいるようだ。
「ヴルザルとのやりとりは任せるよ、イリスレーア」
「そうね、私が話をした方が良いかもね」
数分歩くと前方に光が見えてきた。進むと広い空間になっているところに出た。エンシェントワイバーンたちがたくさんいる。よく見ると傷を負っている者も多い。
「ヴルザル王、援軍を呼んできました」シルックが広間の中心にいるひときわ大きいワイバーンのもとに飛んでいった。あれがヴルザルなのだろう。
「おう、来てくれたか」ヴルザルが私たちのところへのっそりと歩いてくる。体高は二メートルほどで背中に大きな羽がある。ドラゴンと違って首が短くて二足歩行だ。「俺がエンシェントワイバーンの王、ウルザルだ」
「はじめまして、ヴルザル王。私はイリスレーア・アンハレルトナーク。こちらはレティシア・ローゼンブラードとトールヴァルド・ヴィンテルスホーヴェンよ」
イリスが私たち二人を紹介してくれた。そう言えばトールヴァルドの姓を初めて聞いた。
「トールヴァルドも来てくれたのか。その名は良く聞いている。助かる」竜の表情はよく分からないけど、ヴルザルがちょっと微笑んだように見えた。「状況はシルックから聞いているか?」
「ある程度はね。説明をお願いするわ」
「うむ、三人ともこっちへ来てくれ」
岩を割って作ったテーブルと椅子のようなものがあって、私たちが席に着くとヴルザルは重々しく話を始めた。
ヴィスロウジロヴァー山に来ました。
続きは明日です。




