第二十一話 十三日目 港町バルテルス 天気晴れ
「ことの始まりはヴィスロウジロヴァー山、この島の北側にある山です。そこに先日、一人の人間がやってきたことです。ヴィスロウジロヴァー山は人の立ち入りが禁じられているのですが、その人間は結界を楽々超えて侵入してきたのです。私たちは大いに慌てました。というのも、ヴィスロウジロヴァー山にはある秘密があるのです。これは後でお話します。とにかくその人間は山に侵入すると召喚魔法を使い、モンスターを呼び出し始めました」
召喚魔法と聞いてイリスが話を遮った。
「ちょっと待って。モンスターを召喚する魔法は大昔に失われているはずだけど?」
「はい。私たちも驚きました」シルックは話を続ける。「その人間はサイクロプスやゴーレムなどの古代モンスターを何体も召喚し、周囲を破壊し始めました。山を守る精霊たちもまったく歯が立ちませんでした。そこで私たちはエンシェントワイバーンの王、ヴルザルに救援を求めました。彼らはすぐにやってきてくれました」
イリスがまた口を挟む。「ということは、山のお宝というのはワイバーン絡みなのね?」
シルックはさらに声のトーンを落とした。
「そうです。ドラゴンの幼生です」
「ドラゴンの?」さすがのイリスも目を丸くしている。「なぜバルヴィーンにドラゴンの幼生が?」
「焔のドラゴンはヴィスロウジロヴァー山の火口で再生するのです」
「焔のドラゴンの幼生……」
焔のドラゴンのことはレティシアも聞いたことがあった。偉大な五体のドラゴン、その一体が焔のドラゴンだ。
「彼らは普通のドラゴンと異なり、体が滅びても魂から再生するのです。焔のドラゴンはヴィスロウジロヴァー山の火口で再生します」
「再生した幼生が今、山にいるのね?」
「はい。自ら飛び立てるまで、私たち精霊が守っているのです」
「その侵入してきた人間はドラゴンの幼生が目的なのかしら?」
「そこまでは分かりかねます。連れ去る気なのか、弑する気なのか、いずれにしても私たちは守らなければなりません。それが私たちに伝えられてきた使命なのです」
滅んでも再生するのであれば殺すのではなく、連れ去るつもりなのだろう。何の目的があるのかは分からないけど。
「エンシェントワイバーンだけではその人間を追い返せないのですか?」船から見たワイバーンの群れは百は下らなかったはずだ。
「あの者が召喚するモンスターがあまりに強すぎるのです。エンシェントワイバーンたちもよく戦っていますが、キリがない状況です」
レティシアの記憶によれば、サイクロプスやゴーレムというモンスターはすでに現在は滅んでいる種らしい。もちろん戦ったことも見たこともないが、相当に強かったのではないか。
「エンシェントワイバーンの王ヴルザルはこの地に救援に訪れる際に、あなた方お二人をお見掛けしたそうです。それで助けを求められないかと私を遣わしたのです」
「なるほどね。どうする? レティシア?」
レティシアはとくにドラゴンとは縁もゆかりもないようだ。関係ないと切り捨てることもできるけど、焔のドラゴンに恩を売れればこの先何かの役に立つかもしれないとふと思った。ちょっと打算的すぎるかな?
いずれはエルフの女王にも会いに行こうと思っているし、その際に森を棲み処にしているドラゴンは障害になりかねない。恩を売るのはありだろう。
ただ、問題は私とイリスの二人で何とかなるのかということだ。サイクロプスやゴーレムというモンスターがどれほど強いのか分からない。トールヴァルドがいた方が良いような気がする。
「イリスはどう思いますか?」
「私は」イリスはちょっと考えて続けた。「レティが行くなら一緒に行くわよ」
「ありがとうございます、イリス」
私はシルックを見て尋ねた。「私たち二人だけじゃないとダメですか?」
シルックはちょっと首を傾げた。「大変危険ですので、お二人以外の方では生命の保証がありません」
「私たちと同じくらい強い友人がいるのですけど、彼女に相談したいんです」
「分かりました。すぐに連絡の付く方ですか?」
「はい。港にいますからすぐに話をしに行きましょう」
「はああああ?」
ドラゴンの幼生を助けに行きたいという私の話を聞くと、トールヴァルドは肩を落としてため息を吐いた。
「なんとなくそんな予感がしてたんだよ。必ず巻き込まれるだろうなって」
「じゃあ話は早いですね」
「早くないわ」
トールヴァルドは苦笑しつつ棚に並んでいた本の中から一冊を選んできてページをめくり始めた。
「これはモンスターの辞典みたいなもんだ。ええと……、これだな、サイクロプスは」
一つ目と角、筋骨隆々の大型モンスターだ。
「見ろ。体高は二十メートルにもなると書いてある。こんなのイリスレーアでも何とかなるものなのか?」
見ると四百七十バーラと書かれているんだけど、単位も勝手に私のいた世界のものに換算されて聞こえている。便利だなぁと感心したけど、それは今どうでもいい。
「大きければ強いってわけじゃありませんよ。魔法もありますし」
「魔法が効けばな」そう言ってトールヴァルドはさらにページをめくる。「こっちはゴーレム。これも二十メートルだ。しかも魔法は無効と書かれている。どうするつもりだ?」
「それは……お二人にお任せします」
「私も頭数に入ってるのかよ……」
と言われても私は物理攻撃は得意ではない。イリスとトールヴァルドで何とかしてもらうしかない。
「補助魔法はたくさん掛けますよ」
「はぁ……。まぁモンスターはなんとかなるだろ。でもその結界を抜けて山に入ったっていう人間が問題だろ」トールヴァルドは本を閉じた。「召喚魔法を使うなんて尋常じゃないぞ」
船に戻ってくる間にレティシアの記憶を掘り返してみたけど、召喚魔法についてはすでに失われた古代魔法という知識しかなかった。もちろんレティシアにも使えない。
「私も使えません」
「召喚魔法だけなのか、あるいは他の古代魔法も使えるんだとすると、結構ヤバいことになるかもしれないぞ?」
たしかにそうだ。古代魔法は防御できるか分からない、とレティシアの記憶が忠告してくれる。
「でも、その人間が焔のドラゴンをどうかしようとしているのであれば座視できないわ」それまで黙っていたイリスが口を開いた。「国を簡単に滅ぼせるくらいに強力なドラゴンなのだから」
「偉大な五体のドラゴンか……」トールヴァルドはちょっと考え込んだ。「私がエーリカに会いに行った時には普通のドラゴンしか見かけなかったけど、あの辺にいるのか?」
「いえ、五体が正確にどこに棲んでいるのかは分からないわ。あの森には白銀のドラゴンがいると言われているけど、見た者がいるわけではないわ」
「ふーん。バラバラなのか。それで焔のドラゴンはバルヴィーンに棲んでいたんだな」
トールヴァルドがそう言うと部屋の隅にジッと立っていたシルックが口を開いた。
「いいえ、焔のドラゴンはある程度成長すると飛び去ってしまいます。どこが棲み家なのかは分かりません」
「ああ、そうなのか。ところで妖精よ。ヴルザルは二人に救援を頼んで、成功したら何か礼をしてくれるつもりなのか?」
トールヴァルドらしい質問だと思ったけど、そう言えばそこまで聞いてなかった。私も少し、いやかなり興味がある。
「はい。ヴルザル王は、アンシェリークのことを知ることになるだろう、と」
シルックの言葉を聞いたトールヴァルドの目が輝いた。
「よし! 行こうか、レティシア、イリスレーア」
現金なものである。でもトールヴァルドも来てくれるならこれほど心強いことはない。
アンシェリークの秘宝に近付き始めました。
続きは明日の昼頃です。




