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魔法少女はおたずね者  作者: 長門シゲハル
第一章 アンシェリークを追う者たち
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第十七話 ユニオール暦八百七十三年六月二十三日 ノーブルヌ城 天気晴れ

「レティシア・ローゼンブラードがアーベントロートの牢獄を抜け出したそうだな」

「そうらしいですわね」


 ノーブルヌ王はちょっと顔をしかめて、目の前の席に座る孫娘を見た。クリスティーナは別になにごともないように食事を続けている。「抜け出したそうだな」などと曖昧に言ってみたが、もうすでにクリスティーナがレティシアと接触したことは知っているのだ。無駄だとは分かっていてもノーブルヌ王は聞かずにはいられなかった。


「まだあれを追いかけるつもりなのか? クリスティーナ」

「ええ、もちろんですわ」クリスティーナはナイフで切った肉を口に放り込みながら微笑んだ。「レティシア・ローゼンブラードはわたくしのライバルですから」


 ……ライバルなぁ。


 さぞイルマも頭を抱えているだろうとノーブルヌ王はクリスティーナの母であり自分の娘であるラスムス王妃を思いやった。あんなにおしとやかな娘からこれほどお転婆な子が生まれるとは。


「お前もそろそろ年頃ではないか。ラスムス王やイルマも案じておろう」

「わたくしはどこにも嫁ぐつもりはございませんわ。魔法使いの道を極め、レティシア・ローゼンブラードに勝つことこそ、わたくしの生きがいですから」


 ラスムス王国は西のダーヴィと並ぶ魔法の国だ。幼い頃から魔法の才能を認められていたクリスティーナは王族や貴族のための学校ではなく、身分を問わず魔法の才能を持つ子女が集まるラスムス魔法学校に入学した。


 この選択が間違いだったのだろう。


 ノーブルヌ王は今でも、いや、今だからこそ思う。

 ラスムス王立魔法学校でクリスティーナはある同級生に事あるごとに打ち負かされた。そう、その同級生こそがレティシア・ローゼンブラードだ。レティシアが常に一番、クリスティーナは二番だった。

 以来、クリスティーナはライバルとしてレティシアに挑み続けている。魔法学校を卒業してからもだ。


 さっさと諦めてラスムス王族としての役割を果たしてほしいものだ……。


 そう思っていたのはノーブルヌ王だけでなく、もちろんラスムス王夫妻もだ。世界を飛び回るレティシアを追いかけ回す娘に頭を痛める日が続いた。

 だがそんな中で、レティシア・ローゼンブラードがアーベントロートに収監された。それからのクリスティーナは大人しくラスムスで暮らしていたし、バーンハルドとの婚姻も決まりかけていたのだ。


 シュタールもハーフルトも余計なことを……。せっかくすべてが上手く収まるところだったものを。


 アーベントロートがシュタールとハーフルトに攻め落とされたという知らせが届いた翌日、ラスムス王からクリスティーナが飛び出していったとの知らせを受け取ったのだ。もちろん、レティシアを探しに行ったのだろうことはすぐに分かった。


「クリスティーナよ」ノーブルヌ王はもう食事を続ける気にはなれず、ナイフとフォークを置いてクリスティーナを見つめた。「今アポロニアは至るところで不穏な動きがあるのは知っておるな?」

「そのようですね」

「他人ごとではないぞ。レッジアスカールックでは跡継ぎ争いが激化しておる。シュタールとハーフルトがアーベントロートを攻めたのもそうだ。ルベルドーが仲裁に入っているが、両国で戦端が開かれるのも遠くないだろう」

「みなさん血の気が多いのですね」

「北では旧ヴェードルンドの扱いについてアンハレルトナークとユニオールが静かに対立している。西方は相変わらず小競り合いを続けておる。挙げればキリがないほどだ」


 ノーブルヌはハーフルト、それにレッジアスカールックと国境を接している。ハーフルトとは友好関係にあるが、レッジアスカールックとは十年前の小競り合い以来ずっと断交状態にある。


「我が国はもちろん、隣国であるラスムス王国も慎重な舵取りが求められているのは分かるな?」

「ええ、もちろんですわ。お父様も兄様も頑張っておられます」

「そうだな。お前はどうだ? クリスティーナ」

「はぁ、やっぱりその話ですのね、お爺様」クリスティーナもとうとうナイフとフォークを置いた。「先ほども申しましたが、わたしくはバーンハルドの王子とは結婚しませんわ。バーンハルドだからというのではなく、どなたとも結婚するつもりはないのです」

「良い男だぞ。バーンハルド王に紹介されたことがある。穏やかそうな若者だ」

「お爺様がおっしゃった不穏な時代に、穏やかであることが美徳であり続けられるのならば良いことなのでしょうね」


 ノーブルヌ王はちょっとしまったという顔をした。たしかにこれからの時代、求められるのは強い王だ。自分の息子、つまりクリスティーナの叔父である王子もそのように育ててきた。


「なぜそれほどレティシア・ローゼンブラードにこだわるのだ。十年以上も前のことではないか」

「ラスムス王国はかつてアポロニア大陸で一番の魔法の国と呼ばれていました」クリスティーナが話し始めた。「しかし百年ほど前からは、その評価は西のダーヴィに移りましたわ」

「そうだな」

「そして十年ほど前、その評価は再びラスムス王国に戻りました。そう、レティシア・ローゼンブラードのおかげですわ」


 レティシアをライバルという割には、クリスティーナは誇らしげだ。


「そうかもしれぬ」

「ですが、彼女は別にラスムスに何かをもたらしてくれるわけではありません。あの通り、自由な人ですから」

「ふむ」

「彼女は世界を飛び回り、自由に暮らしていました。でも彼女が何かをすればそれがラスムスに結び付いてしまうのです。事実──」クリスティーナは一拍置いて再び話を続けた。「彼女がヴェードルンド王国を滅ぼした、とされた時、多くの非難がラスムスに寄せられましたわ」


 それはノーブルヌ王もよく知っていた。しかし、レティシアはラスムスの出身ではあっても、ラスムスの魔導士団に所属しているわけではない。そこまで責任を拡げられても何ともしようがない。


「レティシア=ラスムスというイメージを消すことは難しいかもしれません。でもラスムス=レティシアのイメージは消せます」クリスティーナの目が光ったように見えた。「そう、わたくしがラスムスを代表する魔法使いと認知されれば良いのです。ラスムス=クリスティーナと」


 たしかにそういう側面はあるかもしれないとノーブルヌ王は思う。だが実際、レティシアの名はラスムスの魔女として広く世界に浸透してしまっている。


「迷惑な彼女を倒すために、わたくしはこの十年も鍛錬を欠かしたことはありませんわ。彼女が牢にいた間に差は縮まって、いえ、すでに逆転しているかもしれません」

「魔法のことはよく分からぬが、そういうものなのか?」

「ええ。事実、ここに来るまでに会ったレティシアは以前とは別人のようでしたわ。すっかり衰えてしまったに違いありません。それを世間に知らしめなくてはならないのです」


 ノーブルヌ王は肯定とも否定ともとれない曖昧な笑顔を作ってクリスティーナを見つめた。とにかく怪我のないよう祈るしかないと諦めの気持ちでいっぱいだった。

第一章始まりました。

ここからのサブタイは、レティの視点ではない場合は○日目ではなくユニオール暦になります。


続きは明日です。

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