第十六話 七日目 アルベルティナ 天気曇り
ハーフルト連合王国! レティシアを奪うためにアーベントロートを攻めた国の一つだ。私は内心大いに驚いたけど、顔に出さないように頑張った。
「あー、オールフェルド家の。久しいじゃないか」トールヴァルドは思い出したようだ。
「うむ。二年ほど別の任務に当たっていたのだが、また海を任されたのでな」
「そうかい。またよろしく頼むわ」
「お互いにな」クリストフェルは微笑みを絶やさず頷いた。そして視線を私とイリスの方に向けた。「それにしても物騒な、いや失礼、豪華なと言った方が良いかな。どんなご関係なのか気になるな」
「知ってるのかい?」
「そちらはアンハレルトナークの拳姫だろう? 初めましてイリスレーア王女。オールフェルドのクリストフェルです」クリストフェルはイリスに礼を執った。
「初めまして。オールフェルド国の王子が騎士とは知らなかったわ」イリスも礼を返す。
後で聞いたのだけど、ハーフルトはいくつもの国で構成されているそうで、それで連合王国というのらしい。オールフェルドもハーフルト連合を構成する国の一つで、クリストフェルはそこの王子だそうだ。
「そして君はラスムスの魔女、レティシア・ローゼンブラードだね」私に目を移しクリストフェルが言う。「髪の色を変え、気配を隠しても、そのオーラは隠しきれないようだな」
バレてる……。というか、ラスムスの魔女って何だろう?
私はいつでも動けるようにちょっと身構えた。
「フフフ、警戒は無用だよ、レティシア・ローゼンブラード。君を捕らえるのは私の任務ではないし、何よりアポロニア屈指の強者三人相手に戦うほど私は愚かではない」
と言われても気を抜かない方が良さそうだ。この男は強いと私の中のレティシアが言っているように感じた。私には相手の強さを見抜く目はないけど、レティシアにあったようだ。
「そう願いたいね。私もハーフルトと事を構えるのは面倒だ」トールヴァルドが言う。「商売にも障るからな。カッカッカッ」
「うむ。では貸しついでに一つ面白い話をしようか」
どうやらここで見逃してもらうのはトールヴァルドの借りになるようだ。その借り分は何か返さないといけないかなと考えていると、クリストフェルが言葉を続ける。
「シュタールはレティシア・ローゼンブラードを探すために相当な数の兵を出しているようだ。ハーフルトのことは言えんがな」クリストフェルがニッと笑う。「それに、ある北の国もずいぶんと君を探しているようだ」
ユニオールか……。一体私はいくつの国に追われてるんだろう。
考え込む私を見てクリストフェルが目を細める。「どうやら心当たりはありそうだな。これ以上話すとトールヴァルドが大変だろうから止めておこうか」
「ああ、その辺にしといてくれ」トールヴァルドが肩をすくめる。「あんまり借りは作りたくないんだ」
「ではこの辺で失礼するよ」
クリストフェルは笑顔のまま奥へ進んでいった。私たちも再び出口に向けて歩き始める。
どうやら気配を消す魔法を掛けていても、間近に接すればあのような強い人には気付かれてしまうようだ。気を付けなければとは思うけど、ばったり会ってしまうのは避けがたい。
それからもう一つ分かったことがある。
クリストフェルは「レティシアを捕らえるのは役目ではない」と言った。そう「捕らえる」だ。
アーベントロートの老人看守は、ハーフルトとシュタールがレティシアの力を手に入れようとしていると言っていたが、それは協力を得ようとか仲間に引き込もうとかそういう話ではないようだ。それなら「捕らえる」とは言わないはずだ。
つまり、レティシアを捕らえる何らかの用事があるわけだ。そしてそれは恐らくアンシェリークの秘宝なのではないだろうか?
トールヴァルドはどう思っているんだろう? 話をしたいけどここで話すようなことではないし、ちょうど城の玄関に着いたので考えるのは後にしよう。
「さあ船に戻ろう」トールヴァルドに促され、私たちは馬車に乗り込んだ。
船の補修にもう少し時間が掛かるということで出発は明朝と決まった。ならばちょっと町を散策……とも思ったけど、ハーフルトの兵士がいるのにうろうろするのは危険だ。
「残念だけど、船にいましょう」と言うイリスに従って、ノンビリすることにした。
トールヴァルドは忙しく動き回っていて、フィクスも手伝わされているようで姿が見えない。
私とイリスは二人でぼーっと甲板から町や海を眺めていた。
「探すと言ってもどうやって探すつもり?」
「えっ? なんですか?」
「アンシェリークの秘宝よ」
「ああ」
ハーフルトの騎士に会って、秘宝のことがちょっと意識から飛んでいた。
「トールヴァルドが南側を探すなら私は北側ですね。アンハレルトナークには何か関係ありそうな話はありませんか?」
「秘宝の話は聞いたことがあるけど、あくまでおとぎ話としてね。具体的な話は聞いたことないわ」
「そうですか」
「あるとは思えないんだけど、本当に存在するのかしらね?」
長く世界中で語り続けられてきたおとぎ話だ。本当にあるのかも眉唾だろう。でも場所を示すヒントがあるのだ。なんでも叶うのかは分からないけど、秘宝はあるのではないかと思う。
「エルフの女王なら知っているのかもしません」
「エーリカね。トールヴァルドはよく会えたわね」
「イリスも会ったことないんですか?」
「ないわね。アンハレルトナークの南の山脈を越えた深い森にエルフの国があるらしいんだけど、山脈は険しくて容易には越えられないし、森も恐ろしく深いのよ」
「飛んでいってもダメですかね?」飛行魔法を使えば山も越えられるし、深い森も上空から探せる。
「あの森はドラゴンの生息地よ。お勧めできないわね」
ドラゴンと聞いてレティシアの記憶が教えてくれたのは、とても強く、大きな龍ということだ。レティシアも実際に会ったことはないようだ。
「ドラゴンには会ったことがありません」
「私もないわよ」そう言ってイリスは笑う。「さすがに無事では済まないでしょうしね」
となると、森を探さないとならないのか。どうやって会ったのか今度トールヴァルドに聞いてみよう。
西の海に太陽が沈もうとしている。この世界でも太陽と言うようだし、東から昇って西に沈むのは同じらしい。
「ああ、いたいた」トールヴァルドだ。私たちを探していたようだ。
「どうかしましたか?」
「うん、イリスレーアにバーンハルド王から夕食の誘いが来たぞ」トールヴァルドがイリスに封筒を渡す。
「私に?」イリスは封筒を受け取り、中身を確認すると眉を曇らせた。「面倒ねぇ」
「とは言っても、アンハレルトナーク王女宛の正式な招待状だ。無視するわけにもいくまい」トールヴァルドが苦笑する。
「そうね。仕方ないから行ってくるわ」
「ああ、下で馬車が待ってる」
「じゃ、行ってくるわね」イリスは私とトールヴァルドに手を振って船室の方に歩いて行った。
「さすが王女様なんですねぇ」イリスを見送りながら私はトールヴァルドに言う。
「カッカッカッ。王族同士の付き合いなんて面倒にしか思えないけどな」
「アンハレルトナークとバーンハルドは付き合いがあるんですかね?」
「どうだろうな? かなり離れてるしな」
アンハレルトナークはアポロニア大陸の北。ここバーンハルドは南の島だ。国交はあっても大した付き合いではないだろうとトールヴァルド。
「もしかして、イクセル元王子を立ててレッジアスカールックと一戦交える、なんてことも考えられませんか?」
「バーンハルド王がか?」トールヴァルドはちょっと驚いたように私を見る。「まぁ、あっても不思議はないけど、あの爺はそんな好戦的なタイプではないぞ。よくそんなこと思い付くな」
国を追われた王子やら跡継ぎを神輿に立てて戦争なんて、私の世界の歴史ではいくつもあった話だ。イクセル元王子こそが正当な跡継ぎだと主張して攻め込めば、上手くいけばレッジアスカールックの実権を手に入れられるかもしれない。アンハレルトナークの後押しがあればもっと確実だろう。
「イリスレーアは政治ごとの駒に使われるような玉じゃないだろう」
「そうですね。でも、やっかいごとにならないと良いんですけど」
なんとなく嫌な予感がして、なにごともありませんようにと心の中で祈った。
序章はここまでです。
次回から第一章になります。
次は明日です。