第十五話 七日目 アルベルティナ 天気曇り
食堂の壁に大きな世界地図が貼ってある。さすが海賊船だ。マジマジと眺めてみると、地図の北側は巨大なアポロニア大陸が東西に広がっていて、その南に三つの島が並んでいる。三つのうち東側に位置するのがバーンハルドだ。
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「バーンハルドはどんなところなのでしょう?」レティシアはバーンハルドを訪れたことがないようだ。
「長い間、小国に分かれて争いを繰り返してきて、ようやく百年ほど前に統一されたばかりよ。島の中で争いに明け暮れてきたから、四方を海に囲まれた島なのに海洋技術も進んでいるとは言えないわ」
「島とは言うにはずいぶん大きくないですか?」
「そうね。小さな大陸と言っても良いかもね。ただ島の中央に山岳が走ってて南側のほとんどはジャングルらしいから、生活圏としてはそれほど大きいとは言えないわね」
また地図に目をやる。私、というかレティシアが収監されていたアーベントロートはシュタール帝国とハーフルト連合王国、そしてルベルドーの三国のちょうど境にあったようだ。地図がどれくらいの縮尺なのかは分からないけど、シュタール帝国もハーフルト連合王国もかなり大きい。こんな大国に攻められてはひとたまりもなくても仕方ないだろう。
ルベルドーの南西にノーブルヌがある。その西がレッジアスカールックだ。レッジアスカールックもかなりの大国だ。こんな国に喧嘩を売るなんてトールヴァルドもレティシアもどうかしてる。
レティシアのアジトがあるはずのベルナディス大公国はアポロニア大陸の北西だ。レッジアスカールックの西の国、リューディア共和国まで送ってもらっても、まだまだ先は長そうだ。
「これ、ずっと東に進めば西側に簡単に出られるんじゃないですか?」地球のようにこの世界が丸いのであれば海が繋がってるはずだ。
「地図では表されてないけどずいぶん離れているのよ。ハーフルトから東に進めば簡単にダービィに着きそうなものなんだけど、実際航海すると数ヶ月掛かると言われてるわ」
「はぁ、不思議なもんですねぇ」
地図を見ながらイリスと話をしていると、だんだん船内が慌ただしい雰囲気を帯びてきた。間もなくバーンハルドに到着のようだ。
「甲板に出ましょうか」
イリスとともに甲板に上がる。前方に陸地が近づいている。右舷にはイクセル元王子の船も併走している。
「あれがバーンハルドの首都、アルベルティナよ」イリスが前方を指差す。まだちょっと遠いけど桟橋が数十本はあるように見える。かなり大きな港だ。大きな商船と思しき船影もいくつか目に入ってきた。
間もなく二隻の船は港に入った。上手いこと接舷するものだと思っていると、桟橋にはズラッと兵士が並んでいる。バーンハルドの兵士だろうか? イクセル元王子の船が接舷した隣の桟橋も同じように兵士が並んでいる。
「さあ、二人も行こうか」トールヴァルドが私たち二人に声を掛け、桟橋に渡されたタラップを先頭で降りていく。念のため気配を消す魔法を掛けておく。
「お待ちしていました、トールヴァルド殿。イクセル様の護衛を感謝します」一人の騎士が兵士たちの前に出て、トールヴァルドに敬礼する。「国王陛下がお待ちです」
「おう!」トールヴァルドが胸を張る。全然物怖じしない人だな。
「お前たちは船の修繕と補給だ! 頼むぞ!」トールヴァルドは副官らしき船員にそう言うと、私たち二人を促して、用意された馬車に乗り込んだ。
「大きな町ですね」馬車の窓から流れる景色は活気のある町だ。
「アルベルティナはバーンハルドの首都だしな。漁業や貿易が盛んな町だよ」
「トールヴァルドはよく来るのですか?」
「ああ。ベアトリスは貿易船でもあるからな」と言ってトールヴァルドはニッと笑った。どう見ても海賊船ですけど……。
城の入り口と思しきところで馬車を降りると、後ろからイクセル元王子が乗った馬車もやってきた。元王子とともにフィクスも降りてきた。
「レティ、体の調子はどうだい?」
「ええ、よく寝たのでもう大丈夫です。ご心配お掛けしました」
「それは良かった」
騎士に案内され、イクセル元王子を先頭に私たちは城内を進む。大きな広間のようなところまで来ると、周りの騎士たちが一斉に姿勢を正した。広間の奥の扉から騎士に囲まれつつ老人が現れた。
「よく来た、イクセル。かわいい孫よ」どうやらバーンハルド国王のようだ。
「はい、お祖父様。このようなことになってしまい……」イクセル元王子は膝をついて項垂れた。
「うむ。状況は聞いておる。起きてしまったことは仕方ない。こちらで詳しく話を聞かせてくれ」国王はイクセル元王子の肩に優しく手を置いた。そして、私たちの方を見て言った。「その方らはイクセルを助けてくれたそうだな、礼を申す。褒美を取らそう。大臣」
後ろに控えていた小太りの大臣が頷く。「皆様はこちらへ」
私たちはイクセル元王子と別れ、別室に通された。メイドさんが出してくれた紅茶のような飲み物が美味しい。メイドじゃないかな。城で働くこういう人をなんと呼ぶのだろう?
「トールヴァルド。イクセル様救助の功によりバーンハルド王より褒美を与える」向かいに座った小太りの大臣がうやうやしく目録のようなものをトールヴァルドに渡した。
「ありがたく頂戴する」
不満でも言い出したら嫌だなと思っていたが、どうやらトールヴァルドの満足いく内容だったようだ。安心した。
「私たちは船の修繕と補給が終わり次第出港する。イクセル王子によろしくお伝えいただきたい」
「うむ。まことに大儀であった」大臣は仰々しく頷き、部屋を退出していった。
「さ、船に帰るぞ」トールヴァルドも早々に席を立った。私は急いで飲み物を流し込んで後に続いた。
「これでイクセルさんとはお別れですね」
「ええ、そうね」
そう答えるイリスの表情はいつもと変わらない。本当に未練はないようだ。広間に行く間もイクセル元王子はちょいちょい振り返ってイリスのことを気にしていたけど、残念ながら脈は完全に消滅しているみたいだ。
親同士の決めた政略結婚なら、そんなものなのかな。
そんなことを考えながら広い廊下を歩いていると、前方から騎士が歩いてきた。ここまで見てきたバーンハルドの騎士の服装とは違う。ちょっと嫌な予感がして、私は少し俯いた。
「おや、珍しい取り合わせもあるものだな」私たちの前でその騎士は立ち止まった。背の高い、精悍な顔つきの男だ。彼の後ろにはこれまたバーンハルドとは違う服装の兵士が数名付き従っている。
「そう言うお前さんはどちらさまだ?」トールヴァルドが胡散臭そうに聞き返す。
「忘れたか、トールヴァルド」騎士は少し笑って名乗った。「ハーフルト連合王国騎士団のクリストフェル・オールフェルドだ」
おおざっぱですが地図も載せてみました。
続きは明日です。