第十四話 七日目 バーンハルド近くの海上 天気晴れ
「ううん……」何やら寝苦しさのようなものを感じて私は薄く目を開いた。
「レティ! 良かった、目が覚めたのね」
頭がモワッとしていてよく考えられない。私は寝ていたのか。
「三日も目を覚まさないから心配したわ」
三日? ……そう言えば私は戦闘していたはずだ。
「うーん、戦闘はどうなったのでしたっけ?」私は体を起こしながらイリスに尋ねた。
「あなたのおかげで無事終わったわ。今はバーンハルドに向かってるところよ」
バーンハルド……。アポロニア大陸南東の大きな島だ。私がまだ寝ぼけているせいかレティシアの記憶もあまり定かではない。
「ここは船なのですね」
「ええ、トールヴァルドの船室よ」
見回すと、刀やら銃やらで色々と飾り立てられている。海賊船の船長室と言われれば納得する雰囲気だ。
「立てる?」
ベッドから立ち上がろうとする私にイリスが手を貸してくれた。ちょっとフワフワしているけど、特に不調を感じるようなところはない。ただ寝過ぎて頭が重い感じだ。
「ありがとう。大丈夫です」
「バーンハルドの港まではもう少し掛かるから何か食べておいた方が良いかもね」
そう言われると急にお腹が空いてきた。まる三日何も食べてないのなら空腹で当然だ。
「レティシア! 目を覚ましたか!」
食堂らしき部屋に入るとトールヴァルドがこちらに駆けてきて私を抱きしめる。感情表現が豊かな海賊だ。
「ご心配お掛けしました」
「カッカッカッ、心配したぞ! でも牢獄から出て久しぶりにあんなに攻撃魔法を使っちゃ、そりゃ倒れるよな!」豪快に笑うトールヴァルド。
「ええ、ちょっと使いすぎました」
「あれでちょっとかよ」トールヴァルドは目を丸くしてまた笑った。「さすがレティシアだ! あんなに一度に攻撃魔法を使える奴はいないぞ!」
感覚的なものなんだけど、満タンだった魔力を一気ほぼすべて使ったんで貧血みたいな感じなったのだと思う。三日も寝ていたらしいので魔力は半分以上戻っている。これからは一気に使いすぎないように注意しなくてはと肝に銘じた。
軽く何か食べさせてくれるようお願いすると、トールヴァルドが奥のコックらしき人に頼んでくれた。
「何か精のつく料理を持ってきてくれ!」
「いえ、寝起きなので軽いものを……」
すぐに出てきたサンドイッチを食べながら、トールヴァルドとイリスが話してくれる状況報告を聞く。
トールヴァルドの海賊船「ベアトリス」とイクセル元王子の船はバーンハルドに向かっている最中だ。私たちが戦ったレッジアスカールックの艦隊は素直に帰ったようでその後の追手はない。
フィクスの姿が見えないと思ったらイクセル元王子の船にいるそうだ。
「二人のおかげでレッジどもを撃退できて大助かりだよ」
「イリスが強かったおかけですよ」
「あら、レティがいなきや私は空も飛べないし敵船を足止めもできないわよ」
「まあ二人の力ってことだな」そう言ってトールヴァルドはまた笑った。
サンドイッチをたいらげてようやく人心地ついた。
「元王子をバーンハルドに渡したら、リューディアまで送るよ」
「ありがとうございます」
「本当はドンカークまで行ってやりたいんだけど、リーゼクーム海峡は難所なんでな。リューディアから陸路の方が安全だ」
リューディア近辺の海は小さな島や浅瀬も多く、船で入って行くのは危険らしい。
「もともと陸路の予定でしたからリューディアまで送ってもらえるだけでも大助かりですよ」
「レティの言うとおりだな。感謝する、トールヴァルド」
イリスも頭を下げる。トールヴァルドはちょっと照れたように笑うと、今度は真面目な顔になって私の目を見つめた。
「レティシア、次はあんたの話だ」
「なんでしょう?」私は息を呑む。
「会ったらいの一番に話さなきゃと思ってたのに、レッジどもが来ちまったんで忘れてた。アンシェリークの秘宝の話だ」
アンシェリークの秘宝と聞いた途端、レティシアの記憶が猛烈な勢いで蘇ってきた。
どんな願いも叶う──。アンシェリークの秘宝はこの世界でおとぎ話として昔から伝えられてきた。レティシアもそんな物が本当にあるとは思っていなかったが、ある日ダンジョンの奥深くで見つけた石版に、秘宝が隠されている場所のヒントのようなものが記されていたのだ。
まだその段階では眉唾だったレティシアがトールヴァルドにその話をすると、彼女も別の石版を持っていた──。
「あれから十年、ずいぶんと探し回ったよ」
「何か分かったのですか?」
「あの石版は五枚で一組らしいんだ」
「えっ? では後三枚あるんですね?」
「そういうことだ。そして、そのうちの一枚は持っていそうな奴が分かった」
「どなたです?」
「ユニオール王だ」
ユニオール王……。レティシアを嵌めて牢獄に閉じ込めた張本人か。話が繋がってきたのかな?
「つまり、ユニオール王の狙いはあの石版だったのですか?」
「その可能性は高いと思う。レティシアの石版を私が預かってることも知らないんだろうさ。だから、レティシア。アジトに戻るのはちょっと危険かもしれないぞ」
ユニオール王が石版を探していたのならすでにアジトは突き止められて荒らされてしまっているかもしれない。それにレティシアがアーベントロートを脱獄したことも知っているだろうから、アジトで待ち構えられる可能性もある。
ついでに、もしかするとフィクスの狙いもアンシェリークの秘宝なのかもしれないとふと思った。盗賊とか言ってたし。ちょっと短絡的かな。
「ねえ」私たちの会話を聞いていたイリスが話に入ってきた。「そんな話を私の前でしちゃって良いの?」
「ああ、イリスレーアにも聞いておいて欲しかったんだ。ユニオールの話は他人事ではないだろう?」
「まあ、お隣さんだしね」
イリスの国、アンハレルトナークはアポロニア大陸の北に位置する。西に国境を接しているのがユニオール王国だ。
「ユニオール王がアンシェリークの秘宝を狙っているとすればただ事ではないだろう? それもレティシア・ローゼンブラードを嵌めるなんて危ない橋を渡ってまでだ」
「そうね。あの王はちょっとイかれてるところがあるからね」
「カッカッカッ。手厳しいな。ユニオールはアンハレルトナークやヴェードルンドのような大国に挟まれた小国だ。策を弄したくもなるだろうさ」
「じゃあ、ヴェードルンドを滅ぼしたのは、本当はユニオールだと言うの?」
「その可能性はある、という話だ。アンハレルトナークも気を付けた方がいい」
「……そうね。忠告感謝するわ」
滅んだヴェードルンドの跡地は現在のところユニオールが治めているらしい。地勢的に他国が乗り入れにくいということもあるようだが、ヴェードルンドが滅んで得をしたのはユニオールだけだ。事件の結果得をした者が犯人というのは推理小説の原則だよね。
「そう言えば、石版が五枚あるなんてどうして分かったのです?」投獄される前、レティシアも石版について調べていたようだ。ほとんど情報は得られなかったみたいだけど。
「ああ、大変だったぞ。エルフの女王に聞いたんだ」ちょっと誇らしげにトールヴァルドが胸を張る。
「エルフの女王って、エーリカですか? 会えたのですか?」
エルフの女王と聞いて、レティシアの記憶が教えてくれたのはエーリカという名前と、なかなか会えない存在ということだった。
「とあるところで手に入れたお宝がエルフゆかりの物だったのさ。それと引き換えに石版の情報を聞いたんだ。もっとも聞けたのは五枚あるということと、同じようにユニオール王が話を聞きに来たということだけだったけどな」
「なるほど。わざわざエーリカに会いに行くほどならユニオール王も一枚持っている可能性が高いですね」
「うん。中央アポロニアの奥深い森まで行った甲斐はあったよ。ここに二枚、ユニオール王が一枚持ってるとして、あと二枚だ。私はこれからも探すし、レティシアも探すだろ?」
「そうですね」私はちょっと考える。レティシアとしてはそれほど秘宝に興味はなかったようだけど、レティシアが嵌められた原因のようだし、ユニオール王の手に渡って良い物では無さそうだ。「私もちょっと探してみます」
「そうこなくちゃな」トールヴァルドは笑った。「私は海を中心にアポロニアの南東側や南方三島を探している。西側や北はまだ手を付けてない」
「分かりました」
突然降って湧いたように目的ができた。面食らうことなくすんなり受け入れられるのは、レティシアの記憶があるからだ。
とはいえ、目的がひとつできたことでちょっとホッとした気持ちになったから不思議だ。もっともアジトに向かうというとりあえずの目標をどうするかは考え直さないといけないけど。
「トールヴァルド様、間もなくバーンハルドが見えてきます」食堂の扉を開けて船員が呼び掛けた。
「分かった。すぐに行く」トールヴァルドは席を立ち、私たちの方に向かって言った。「私は操舵室に行く。二人は到着までゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます」
ここまでクリスティーナやアーベントロートに追いかけ回されたり、レッジアスカールックの船と戦ったりしてきたけど、物語で言うとまだ序章だったのだと思った。
ふと思い出した。牢獄で目を覚ました時、何かを探せと言われていたような気がする。どうやらレティシアに転生した私がやるべきことはアンシェリークの秘宝を探すことのようだ。
「何か嬉しそうね、レティ」さすがイリスは鋭い。
「ただ逃げ回るだけでは面白くないですからね。どんな時でも目的はあった方が楽しいと思うんです」
「まあそうね」
そう言えばイリスはどうするのだろう?
「イリスはどうするのですか? イクセル王子のこともですけど」
「ああ」イリスは忘れていたと言わんばかりの表情だ。「国を追われてしまったのだから婚約は解消ね。もともと親同士が決めただけのことだったし」
「……良いのですか?」
「良いのよ。今は色恋に惚けている場合じゃないし」
イリス的には全く意に介してないようだ。チラッとしか見てないけどイクセル王子の方はイリスに惚れ込んでいるようだったけど……。
「イリスも何か目的があって旅をしていたのですよね?」
「ええ、私の目的はいずれ話すわ。もうしばらくはレティの手伝いをさせて」
「私は大歓迎ですよ」
イリスと旅を続けられるのは正直嬉しい。頼りになるし、性格も良いし、身元もハッキリしている。レティシアの記憶を探ってもアンハレルトナークに恨まれたり追いかけ回されたりするようなことは無いはずだ。
「とりあえずバーンハルドに着いたら、これからどう動くかをフィクスも交えて話し合いましょう」
「そうね」イリスは笑顔で頷いた。
「アンシェリークの秘宝」という目標ができました。
序章はもうちょっと続きまして、後2話です。
続きは明日の昼頃です。