第百二十二話 六十四日目 ヴェードルンド 天気晴れ
緑の光に包まれて巨大化していくフランシスに押し潰されるように上から崩れていく淵源の樹。樹が崩れていくに従って燃え盛る炎による黒煙と崩落による土煙が混ざり合うように広がっていく。
「……何も見えなくなっちゃいましたね」
もはや緑の光も黒煙と土煙に飲み込まれてしまって視認できない。でも飲み込まれる寸前、緑の光はかなり巨大なドラゴンの形になっていた。
「レティ、あそこ」
イリスが指差す方に目を凝らすとはるか眼下の地に人影が三つ見える。だが、それが誰かまでは遠すぎて分からない。でも一人はエサイアスだろう。
「エサイアスですよね? あとの二人は……」
「ウィルフレドとリリアーナですわ」
隣で浮かぶ飛行魔法を操るクリスティーナが教えてくれた。
「ウィルフレドも来てたんですね。リリアーナとは会ったことがないんですよ」
私をこの世界に呼んだ輝のドラゴン、リリアーナ。にもかかわらず、私は偉大な五体のドラゴンの中で彼女にだけはまだ会っていない。
「……会わないほうが良いかもしれませんわよ」クリスティーナが言いづらそうに目を逸らす。
「はい?」
「煙が晴れていくぞ!」
トールヴァルドの声に淵源の樹があった方に目を戻すと風で煙が激しく動いている。晴れそうだ。
「お、大きい……」クリスティーナが呟いた。
煙の中から現れたのは巨大なドラゴンだ。四本の脚に背中には巨大な翼。長い首をこちらに向け、鋭い眼光が私たちを射す。深緑の鱗をまとったその姿は神々しく、見るだけで圧倒される。
「これがフランシスの本当の姿……」
アーシェやエサイアスのドラゴン姿も見たけど、このフランシスは迫力が違う。きっと私たちへの敵意がオーラになっているのだと思う。
フランシスが口を開き、息を吸い込む。鋭い牙が覗く。
「散開!」
クラウディアの声に私は飛行魔法を全速で移動させる。クリスティーナも別方向へ飛ぶ。
「グオオオオオァァ!」
フランシスが吠えると、私たちがそれまでいたあたりにブレスが吹き荒れ、空気を引き裂いていく。あんなの防御できるわけがない。
「こんなのどうすりゃいいんだよ……」
トールヴァルドが呟いた。私も同感だ。
「レティシア、クリスティーナ」クラウディアが私たちを呼んだ。「飛行魔法ではとっさの移動は無理じゃ」
「そうですね」
「地に降りて戦うぞ。トールヴァルドがレティシアに、イリスレーアがクリスティーナに付け。大地が攻撃してきたらそなたらが抱えて回避せい」
「分かったわ」
「分かった。物理攻撃じゃどうにもならんしな」トールヴァルドが肩をすくめる。
二人にはありったけの補助魔法を掛けてある。スピードも大幅に上げてある。たしかにその方が回避もしやすいかもしれない。でも攻撃は?
「回避は任せて、レティシアは攻撃魔法を、クリスティーナは炎を撃ちまくるのじゃ。怯ませ続けられれば良い」
「分かりました」
「分かりましたわ」
「できるだけ違う方向から間断なく撃ち込んでくれればその隙に我は封印の準備をする」
「頼むわよ、クラウディア」
イリスの言葉にクラウディアが頷く。
そして私はトールヴァルドに抱えられて地を飛ぶように移動し始めた。
「爆発の攻撃魔法!」
私の放った爆発魔法がフランシスの頭あたりで炸裂する。フランシスは頭を振り、二本の角から反撃の攻撃魔法を撃ち出してくる。
「飛ぶぞ!」トールヴァルドが私を抱えて攻撃を回避する。私たちがいたところは大きな穴が開いている。
「魔法まで使えるとは反則だよな」
「まったくです」
トールヴァルドの言葉に頷く私。今度はフランシスを挟んで逆方向にいるクリスティーナが炎を浴びせている。効いている感じはしないけど、鬱陶しそうにフランシスは首を振って炎をはらっている。
そして私がまた攻撃魔法を撃って、回避して、と、こんな感じがもう三十分くらいは続いている。それでもフランシスはまったく怯む様子もなければ疲れも見せない。
「トールヴァルド、大丈夫ですか?」
私を抱えて飛びまくっているのだ。体力的にも厳しいだろう。
「まだ大丈夫だ」汗を拭きながらトールヴァルドが言う。「レティシアも魔力は大丈夫か?」
「ええ、出し惜しんでも仕方ないですしね」
負ければもう二度と魔法を使うこともなくなるのだ。魔力枯れるまで撃ち続けるしかない。
「光の攻撃魔法!」
攻撃魔法を撃って、反撃を回避。足止めにはなっていても完全な膠着状態だ。
「クラウディアはまだなのか」
「隙を待っているんだと思います」
リリアーナの秘宝を使った封印魔法を使えるのは一度だけ。失敗はできない。
「このままだとジリ貧だ。何か仕掛けないと隙は生まれないな」
「ええ、でもどうやって?」
「次に攻撃魔法を撃って、反撃を回避したら飛行魔法を出してくれ」
「え?」
「私がフランシスに飛びかかる。あの目なら剣が通るかもしれない」
「危険ですよ!」
「危険でもやるしかない。あとはクラウディアが隙を見逃さないことを祈ってくれ」
向こう側からクリスティーナが炎を放ったのが目に入る。私は続けて爆発魔法を撃つ準備に入る。その時、
「あっ! トールヴァルド!」
「同じことを考えてたか」
クリスティーナが飛行魔法を出すと同時にイリスがフランシスに飛び掛かった。頭に取り付くと棍を打ち下ろしている。
「私も行くぞ! レティシア!」
「はい!」
私は飛行魔法を出すと急いでフランシスの方に寄せる。トールヴァルドが剣を抜いてフランシスの頭に飛び掛かった。
「グオオオオオァァ!」
頭を前後左右に振り回し二人を振り落とそうとするフランシス。でも二人は器用に掴まりながら落とされない。二人が目を集中攻撃しているためフランシスは目を開けないようだ。
ここしかない。
私は急いで飛行魔法を着陸させると魔法の詠唱に入る。ありったけの魔力で攻撃魔法を撃ち込むんだ。
「水の女神ルージェレーリエ 氷の女神ディーノグラシオ その御力をもって敵を撃ちたまえ。水の攻撃魔法!」
首を振り続けるフランシスの上に巨大な魔法陣が現れ、水と氷が槍となってフランシスに降り注いだ。イリスとトールヴァルドは逃げてくれるはずだ。
「グオアアアアアア!」
フランシスが叫びながら身をよじる。
お願い、効いて!
水と氷の槍がフランシスの体中で弾ける。これで少しでも弱ってくれれば、と思ったのも束の間、槍の雨の中でフランシスが笑ったように見えた。
効いて……ない……。
視界の周辺が暗くなってきた。魔力切れだ。
私の放った渾身の攻撃魔法は終わり、フランシスが頭をこちらに向け大きな口を開いた。
ブレスだ……。もう終わりなの……?
気を失いそうだ。もう飛び上がることはもちろん、防御魔法を展開することもできない。
フランシスの口が光った。ブレスだ。私は顔を両腕で覆った。そんなことをしても無駄なのに――。
「レティ!」
遠くでイリスの声が聞こえる。その瞬間、私の右手が青く輝き、光が私を包み込んだ。
「えっ?」
それと同時に光の外側にフランシスのブレスが着弾して轟音とともに地面がえぐり取られていく。でも光に護られた私は無事だ。
「え? え?」
右手を見ると、薬指に嵌めていた指輪が激しく青く光っている。ユリウスからもらった指輪だ。
「防御魔法が籠められていたの?」
でもそれだけじゃないことはすぐに分かった。指輪から凄まじい魔力が私に流れ込んでくる。
「これは……ウィルフレドの力?」
指輪に嵌められていた石は白銀のドラゴン、ウィルフレドの秘宝なのだと直観的に分かった。
フランシスが驚いた顔で私を見ている。ドラゴンの表情は分かりにくいが明らかに驚いた表情だ。
「レティ!」
イリスが私の側まで来た。トールヴァルドが飛んでくるのも見える。その瞬間、クリスティーナが放った巨大な爆炎がフランシスを包んだ。
戦いは続きます。
少々立て込んでまして、次話は来週水曜日です。