第百十九話 六十二日目? 淵源の樹 第七層 天気不明
えええええ? ちょっと待ってくださいと言おうと思った瞬間にはもうクラウディアが精霊たちに攻撃魔法を撃ち込んでいた。
手が早いよ!
爆発魔法で舞い上がった草や土煙が精霊たちのいたあたりに充満する。
「散開せい! 反撃が来るぞ!」
クラウディアの言葉に反応してイリスが伸縮棍を伸ばして土煙に突入していく。私の前に立ってトールヴァルドが言う。
「こうなったらやるしかないな」
「そうですね……」
「どのみちフランシスとは戦うつもりたったんだ。前哨戦だ」
剣を抜いてトールヴァルドも突入していった。
さて私は……と考えつつとりあえず防御魔法を展開する。魔法使いは接近戦に弱いのだ。イリスやトールヴァルドのように突っ込んでいっても仕方ない。まずは精霊たちの戦いようを見なくては。
土煙が徐々に収まりようやく視界が開けてきた。全員同じ姿なので勘定が難しいが精霊は十体以上いる。それぞれがバラバラに宙を動いているので分身ではなくて別の個体なのだろう。
精霊は武器を持っていない。でも私と同様に魔法陣を前面に展開してイリスやトールヴァルドの攻撃を防いでいる。
クラウディアが空から光の矢を周囲に撃ちまくっているけど、精霊たちはうまいことかわしながら反撃している。
あの魔法陣は古代魔法だ……。
精霊たちが使っているのは古代魔法だ。ということは、クラウディアと私が使う古代魔法と同等だろう。攻撃魔法で倒し切るのは難しいかもしれない。
となれば……。
私は精霊たちに攻撃を仕掛けるイリスとトールヴァルドにありったけの補助魔法を掛ける。スピードを上げる魔法やパワー、防御力を高める魔法だ。
途端に二人の攻撃が精霊たちを押し始めた。凄い勢いで剣撃を浴びせながら十体以上いる精霊を押し込んでいく。
「でかした、レティシア」クラウディアが私の横に降りてきた。「じゃがこのままでは埒が明かぬ。ちょっとそこで我を守れ」
「え? 何をするんですか?」
クラウディアが私の防御魔法の後ろに回って何やら呪文のようなものを唱え始める。足下に魔法陣が現れてクラウディアから魔力が流れ込んでいく。
「む?」
イリスとトールヴァルドに押し込まれながらもクラウディアの動きに気付いた精霊の一体が私の方に攻撃魔法を撃ち込んできた。魔法陣で防ぐと魔力をゴソッと持っていかれた。どうやらかなり強力な攻撃魔法のようだ。
次々と撃たれるとヤバいなと思ったが、私に攻撃魔法を撃った精霊をイリスが棍で激しく攻めている。しばらくはこちらを気にする余裕はないだろう。
「クラウディア! まだですか?」
「もう大丈夫じゃ」
振り向くとクラウディアがニヤッと笑った。すると足下の魔方陣から巨大な剣が湧き上がってくる。両側の刃からは青白い魔力が溢れ出している。クラウディアはその剣を両手で持ち、振りかぶって私に言う。
「レティシア! 我が合図したらあの二人を下がらせよ!」
「はい!? そんなどうやって――」
「いくぞ!」
クラウディアがバットを思い切り振る前段階のような体制で力を込めている。私は慌ててイリスとトールヴァルドの方を向いて叫ぶ。
「イリス! トールヴァルド! 避けて!」
「レティシア! 頭を下げよ!」
私が思いきりかがむとその上を巨大な剣が凄い勢いで通過していく。風圧というか漏れ出る魔力の圧力で転びそうになる私。
「いけえ!」
クラウディアが振った剣から巨大な魔力の刃が前方に飛んでいく。魔力の刃は精霊たちのほうに飛んでいくと大爆発を起こした。猛烈な土煙が舞い上がる。
「うわっ! イリス! トールヴァルド!」
私の声はちゃんと届いたのだろうか? 土煙で何も見えない。
「案ずるな。二人とも避ける姿が我には見えたわ」クラウディアが大剣をポイッと投げ捨てて言う。大剣は地面に落ちると消えた。
「あれれ?」
土煙が治まっていくと同時に周りの空間が歪み始めた。草原だった景色が薄れていく。
「なんですか、これは?」
「幻が消えるのじゃろ」
すました顔で土煙の方を見ているクラウディア。「お、来たぞ」
「レティシア! 大丈夫か?」
「レティ、無事?」
トールヴァルドとイリスが土煙の中から飛び出してきた。
「私たちは大丈夫です。二人とも怪我はないですか?」
「ああ、なんともないぞ」
「ええ、私も大丈夫」イリスがクラウディアの方を見て言う。「なんて無茶な魔法を使うのよ、クラウディア」
「クックックッ、前哨戦は素早く終わらせんとな」
土煙が晴れていく。それと同時に景色が変わった。これは樹の中だ。それなりに広いが周囲は木の壁のようになっているし、五メートルくらい上には天井もある。そして向こう側、三、四十メートルはありそうだが、先の方では壁が横に裂けて空が見えている。クラウディアの魔法の威力だろう。
「向こう側の壁が裂けてますよ……」
「危ない魔法だな、こりゃ」苦笑するトールヴァルド。
「心配ない。樹が倒れては困るのでこれでも手加減したのじゃ」
「ホントかよ……」
手加減でこれなら、本気ならどうなっちゃうんだろうと考えていると土煙が完全に晴れていく。精霊たちは一掃したと思ったのだけど、一体だけ浮いていた。そして、浮いたままこちらに近付いてきた。
「無茶苦茶をしよる」精霊が私たちを見下ろしながら言う。
「まだやるつもりかえ?」
「いや、そなたらの力はよく分かった」
精霊がクラウディアの言葉にかぶりを振った。そして言葉を続ける。
「幻はすべて消えた。大地のドラゴンは樹の一番上にいる。話をするなり戦うなり自由にするが良い」
「ああ、そのつもりじゃ」
「最後に一つだけ言っておく。そなたたちは古代魔法を使うようだが、それは大地のドラゴンには通じぬ」
「うむ、分かっておる。そんなことは織り込み済みじゃ。そなたたち精霊は黙って見守っておれ。悪いようにはせぬ」
クラウディアの言葉に頷くと精霊は消えた。
「あそこから上がれるようね」
イリスが指さしている方を見ると、天井に穴が空いている。
「もうこの先は精霊どもの邪魔はない。上に向かうぞ」クラウディアが宙に浮かぶ。
「そうですね」
いくつかの層を登ればフランシスが待っているはずだ。いよいよだなと気を引き締めて、私はイリスとトールヴァルドを乗せるために飛行魔法を展開した。
「もう飛行魔法も使えますね。二人とも乗ってください」
「おう」
「行きましょう」
クラウディアの強烈な攻撃であっさり勝ちました。
次話は木曜日の予定です。