第百十二話 六十二日目 ヴェードルンド 天気晴れ
「なんだありゃ?」
隣のトールヴァルドが前方に目をすがめつつ首をかしげる。
「木?」
イリスも不思議そうに見つめる。
「まだヴェードルンドは先ですよね?」
「この辺りはまだユニオールね」
私たちは飛行魔法で西のヴェードルンドを目指している。空は東の方から明るくなってきているもののまだ西の方は薄暗い。前方の木と思しき影もハッキリとは見えない。
「ヴェードルンドには大きな木が生えてるのか?」
「そんな話は聞いたことないわね」
隣国アンハレルトナークのイリスが言うのだ。間違いないだろう。
「ということは、フランシスか」
「そうでしょうね」
西へ進むにつれてシルエットは大きくなり、日が当たることでそれが大きな木であることが分かった。
「位置的にはヴェードルンド中央の荒野地帯のようね」
「……ちょうどクラウディアとの待ち合わせ場所です」
クラウディアが指定したところに巨大な木。あそこにフランシスがいるのだろうか?
木の全貌が見えるところまで飛んでくると、その巨大さに圧倒される。
ああ、これはあれだ。この木何の木だ。
スケールは違うがあのCMの木にそっくりの形だ。太い幹に枝が大きく横に広がっている。
「木から少し離れたところに降りますね」
私がそう言って飛行魔法を降下させようとするとイリスが声を上げた。
「待って、レティ。あそこに人影が見えるわ」
「クラウディアですかね? 行ってみましょう」
イリスが指差すほうに向かう。
「エサイアス!?」
トセリの町で姿を消してしまったエサイアスが立ってこちらの方を見ている。
私は飛行魔法を降下させてエサイアスの方に駆け寄った。
「エサイアス! 良かった無事で」
「フン、無事に決まっているだろう」
「どこに行っちゃってたんですか? 探しましたよ」
「まあ、色々とあってな」
イリスとトールヴァルドも来て、エサイアスの無事を喜んだ。
「そんなことはいい。問題はこれからであろう?」
エサイアスが振り返って巨大な木を見上げる。木には朝日が当たり、緑の葉がキラキラと光って綺麗だ。
「この木はフランシスの仕業なの?」
「そうだ」イリスの問いにエサイアスが頷く。「これは淵源の樹と呼ばれている」
淵源の樹……。
私はその言葉にハッとした。聞き覚え……じゃなくて見覚えがあるのだ。
ヴィスロウジロヴァー山を出発する時にシルックからもらった古代エルフ語についてのメモ。あのメモにその言葉があった。たしか、人間を排除する古代魔法と記されていた。その古代魔法を使ってエルフたちは中央アポロニアの森を自分たちの住処としたのだという。
「レティ?」イリスが私の顔を覗き込む。「どうかした?」
「いえ、なんでもありません。それでエサイアス、淵源の樹って何なんですか?」
エサイアスが私たちをじっと見て言う。
「淵源の樹が花を咲かせると多くの人間が死ぬだろう」
「はい?」
「花粉が人間にとっての毒なのだ。人間にだけ効くと言われている」
「なんだってそんなものが……」
「古代から伝わる魔法のようなものだ。大地はこれを使って人間を減らすつもりだ」
「そんなことはさせませんよ」
私は淵源の樹を見上げる。木の幹は直径五十メートルくらいはありそうだ。高さは見当も付かない。山のようだ。
「フランシスは木の上にいるんですか?」
「そうだ。だが飛んでいっても会えぬぞ」
「え?」
「そこだ」
エサイアスが木の洞を指さす。入り口のようになっている。
「そこから登っていくしかない。そしていくつかの試練がお前らを襲うだろう」
「えええ?」
ゲームですか……、と言いそうになって言葉を飲み込んだ。この世界にゲームはない。
「モンスターでも出るのかい?」トールヴァルドが聞く。
「いや」エサイアスが首を振る。「淵源の樹は精霊たちの力で成り立っている。モンスターなどはいない」
「ほう、じゃあすんなりいきそうだな」
「クックッ、モンスターよりも精霊のほうが弱いと思ったら大間違いだ」
苦笑するエサイアスに私は言う。
「ねぇエサイアス。フランシスは本気なんですね?」
「ああ、そうだ」
「……分かりました。では私たちも全力で止めに行きますね」
いったん目を伏せてエサイアスがまた口を開く。
「大地は三日で花が咲くと言っていた」
「猶予は三日ですか」
この木を登っていくのにどれくらいの時間が必要なのかは分からない。
「フランシスに会うまでどれくらいの時間が必要なのかしらね」イリスが首をかしげる。
「全力でいくしかないな」トールヴァルドが腕を回す。
「クラウディアも来ますし、この四人ならきっと大丈夫ですよ」
なんの根拠もない気休めだが、実際なんとかするしかない。
「エサイアスは一緒に来てくれないのか?」
「我は行けぬ」トールヴァルドの問いに首を振るエサイアス。「この淵源の樹の持ち主である大地から拒絶されているからな」
「そうか、まあ仕方ないな」
「レティ、トールヴァルド。来たみたいよ」
イリスの言葉に振り返ると、黒い霧がモヤモヤと湧き始めた。クラウディアの転移魔法だ。霧がまとまり、人間の形になっていく。そしてクラウディアが現れた。
「待たせたの、おや」クラウディアが私と一緒にいるイリスとトールヴァルドを見て目を細める。「そなたらも一緒に行くのか。物好きなことだの」
「あなたとはいったん休戦よ、クラウディア。フランシスを止めるために協力させてもらうわ」
「クックッ、まあ戦力は多いに越したことはない。足手まといにならぬようにな」
笑うクラウディアにトールヴァルドが問う。
「クラウディアよ、勝算はあるんだろうな?」
「案ずるな。もちろんある」クラウディアが私の方を見る。「のう、レティシアよ?」
「そうですね。なんとかなると思います」
そう、なんとかしなければならないんだ。
「じゃあ早速行こうぜ。どれくらい時間が掛かるかも分からないしな」
そう言って淵源の樹の洞に向かうトールヴァルドに私たちも続く。
いよいよ淵源の樹ですが、次話はクリスティーナです。
次回の更新は金曜日です。