第十一話 四日目 港町スティーナ 天気晴れ
何やら物音に目を覚ました私は両手を上げて身体を伸ばした。
「うーん。よく寝ました」頭もスッキリしている。
「あら、起こしちゃった? ゴメンね」
隣のベッドでイリスがリュックの中身を広げていた。服の他に丸い鉄球のようなものがいくつも並んでいる。
「いえ、ちょうど目が覚めたところです。それよりもそれはなんですか?」
「ああ、これ?」イリスが鉄球を持ち上げて微笑む。「訓練のために重りを入れてるのよ。持ってみる?」
「うわっ!」
イリスから渡された鉄球は五キロくらいありそうな重さだ。こんなものをいくつも入れたリュックを背負ってアーベントロートの追手やスケルトンの群れを倒したのか……。
「起きたみたいだな」扉をノックしてフィクスが入ってきた。「よく眠れたかい?」
「ええ、スッキリしました」
「ちょっと町を見てきたけど、とくに変わったことはなさそうだった。ただ港町だけあって旅人も多いから油断は禁物だな」
「そうね。でもここは首都から近いし、いずれは追手も来ると思うわ」
ちょっと早く目が覚めたフィクスは町を歩いてきたそうだ。今のところ追手が来ていないことにちょっと安心した。
「ここはどんな町なのですか?」レティシアの記憶ではスティーナに来たことはない。
「スティーナは結構栄えている港町だよ。レッジアスカールックとハーフルトの中間にあたるし、南東のバーンハルドに渡る中継地でもある」
貿易で栄えている港町らしい。この世界の船はどのようなものなのだろうか、などと考えているとお腹が鳴った。
「まずは腹ごしらえだな」フィクスが笑いながら言った。
シャワーを浴びてから宿を出るとまだ陽が高い。大通りで目に付いた食事処に入り、料理を頼んだ。
「さすが港町ね。魚料理が美味しいわ」イリスが魚の煮付けを口にして目を細めた。
「十分に食べておこう」
昨夜首都の宿から逃げて以来の食事だ。なにを食べても美味しく感じるだろうけど、ここの料理は本当に美味しい。
「もしかしてここからは船で移動できるのですか?」港町なら定期船もあるのではないだろうか。
「うん。さっき港を見に行ったら西に行く定期船があるそうだよ」
「西というとレッジアスカールックですか?」
「いや、できればさらに西のリューディアまで船で行ってしまいたいんだ」
レッジアスカールックの西はリューディア共和国だ。これはレティシアの記憶にもある。
「そうですね。できるだけ早く移動したいですね」
「うん。それもあるが……、レッジアスカールックはいろいろと面倒なんだ」
レッジアスカールック。首都は聖都カンペリエ。代々法王が国を治める宗教国家だ。この程度の知識しかレティシアにはない。
「面倒、ですか?」
「レッジアスカールックが宗教の国であることは知ってるよね?」
「はい」
「最近は法王の跡継ぎ争いでゴタゴタしているらしいんだ」
フィクスもあまり詳しくは知らないらしいが、法王の息子二人が揉めているらしい。何かレティシアの記憶に思い出せそうなことがあるのだけど出てこない。なんだろうと思って考えていると、イリスが相槌を打ったので記憶の捜索は途切れてしまった。
「私も噂では聞いたことがあるわ。武力衝突にもなってるらしいわね」
「そうらしい。下手に巻き込まれると面倒だ。当初の予定が狂ってスティーナに来てしまったけど、レッジアスカールックを船で通過できるなら回り道も正解と言えると思う」
たしかにそうだ。それに船に乗ってしまえば追手を引き離すこともできそうだ。
「船はあるんですかね?」
「うん、さっき聞いたときには夜まで便は出ているようだ。食事が終わったらさっそく港に行こう」
船があるなら良かったと思っていると、私たちの話が耳に入ったのだろう、側を歩いていた小太りのウエイトレスが声を掛けてきた。
「おや、あんたたち、船に乗るつもりなのかい?」
「ああ、夜の便で発つつもりだよ」コミュ力の高いフィクスが笑顔で答えた。
「それは残念だね。船はすべてしばらく欠航だよ」ウエイトレスが大袈裟に肩をすくめた。
「えっ? どういうことだ?」
「海賊が出たのさ」
「海賊?」フィクスが首を傾げる。
「そう、海の盗賊のようなもんさ。内陸の者には馴染みがないかもしれないけどね」
「その海の盗賊が出ると、船が出せないのか?」
「そりゃそうさ。積荷を奪われた上に船を沈められちまうからね」
「撃退できないのか?」
「普通の海賊じゃないのさ」ウエイトレスはなぜか得意気に微笑む。
フィクスは知らないようだけど、トールヴァルドという名はレティシアの記憶にあった。というか、レティシアの友人と言える関係だ。
「じゃあ、そのトールヴァルドがどこかに行くまで船は出ないのか」
「そういうことになるね」ウエイトレスはご愁傷様と笑いながら下がっていった。
「良い計画だと思ったけど、船が出ないんじゃ仕方ないな」フィクスが肩を落とす。
「あの……」私が声をひそめると、フィクスとイリスが顔を寄せてきた。「私、トールヴァルドと知り合いなんですけど……」
「えっ?」
フィクスがちょっと驚いて目を見開く。でもイリスはあまり驚いていないようだ。
「奇遇ね。私も彼女とは少し面識があるわ」
「えっ? イリスもか」フィクスがさらに目を見開く。「知らないのは僕だけか」
でも船が出ないのでは接触のしようもない。それに接触したところで助けてくれるとは限らない。レティシアの記憶では、トールヴァルドはかなり破天荒な海賊のようだ。レティシアとは気が合ったのかもしれないけど、今のレティシア、つまり私と気が合うとは思えない。
「とても気の良いタイプではないわね」イリスが苦笑気味に言う。「会っても面倒が増すだけかもしれないわ」
この二人はともかく、レティシアの昔の知り合いが私と会えば違和感を感じるかもしれない。変に勘ぐられても面倒なことになりそうな未来しか見えない。そう言えば、クリスティーナは私と会ってどう思ったのだろう?
「仕方ない。西行きの馬車があるか聞いてくる。君たちは食事を続けてくれ」フィクスが慌てて席を立っていった。
歩いた時間を考えると、ノーブルヌの首都とスティーナの距離はせいぜい十数キロというところだ。首都で私たちを見失ったアーベントロートの連中がいつスティーナに現れても不思議はない。
「馬車があると良いんですけど」
「そうね」
「そう言えば、イリス。サンブゾンでの用事というのは大丈夫なのですか?」
「ええ。大した用事じゃないから問題ないわ」イリスは微笑んで白身魚のフライをひと切れ口に放り込んだ。「レティも食べておいた方が良いわよ。食べられる時に食べるのが大事よ」
「そうですね」
すでに結構食べたのでもうあまり食欲はないけど、次いつまともな食事がとれるか分からない。
二人で黙々と食事を続けていると、なにやら通りの方が騒がしいことに気付いた。遠くに爆発音のような音も聞こえてきた。
「爆発音でしょうか? なにごとでしょう?」
「嫌な予感がするわね。ちょっと見てくるわ」
港町スティーナに着きました。
続きは明日です。