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魔法少女はおたずね者  作者: 長門シゲハル
第三章 錯綜する想いと交錯する運命
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第百話 ユニオール暦八百七十三年八月十三日 聖都カンペリエ 天気曇り

「無駄にデカいの」


 クラウディアは聖都カンペリエの中心とも言える聖レッジアスカールック大聖堂を見上げながら言った。

 大聖堂前の広場は人でごった返している。人が多いことに加えて馬車やら荷車が右往左往しているのだ。


「なんで広場に集まるのかの?」

「東門に出るためにはこの広場を経由しないとならないからでしょう」クラウディアの隣に立つマルガレータが言う。

「設計ミスじゃな。クックックッ」


 クラウディアが笑う。


「カンペリエは古い町ですので……」マルガレータが声のトーンを落とす。「仕方のないことかと」


 聖都カンペリエは南に港、町の北に大聖堂と城がある。町は東西に拡張するしかなく、長い歴史とともにいびつな形で大きくなってきた。町並みこそ美しいものの、便利とは言えない町なのだ。


「それにしても、市民は逃げ惑うばかりではないか。レッジアスカールックの騎士団は信用がないのじゃな」

「相手はドラゴンですから……」


 市民が右往左往しているのは、カンペリエの西にある小さな町にドラゴンの群れが現れたからだ。ドラゴンの群れは町を全滅させ、カンペリエに向かっているという話だ。


「そもそも本当にここに向かっているか分からんではないか」

「それでも近くにドラゴンがいては安心できないでしょう」


 ということで市民が東門から逃げ出そうと殺到しているわけだ。その混乱は町の中心である大聖堂前広場まで続いている。


「まぁ良い。行くぞ、マルガレータ」

「クラウディア様、本当に行くのですか?」

「当たり前じゃ」


 クラウディアが大聖堂への広い階段を上り始める。慌ててマルガレータが付き従う。


「聖剣なんてものが本当にあるのでしょうか?」小声でマルガレータが尋ねる。

「あるんじゃろう。本物かどうかは知らぬがの」


 大聖堂の扉を開くと広い礼拝堂だ。たくさんの長椅子が並んでおり、多くの市民が祈りを捧げている。正面には祭壇があり、両脇には大きな石像が立っている。


「あれか。聖像とかいうやつじゃな」

「はい。右の像が掲げているのがケーレマンスの剣、左の像が手にしているのがクノフロークの槍だそうです」

「たいそうな名前じゃな。ここからではよく見えんの」

「え? お待ちください」


 祭壇の方に向かっていこうとするクラウディアを慌てて留めるマルガレータ。


「このように市民が大勢いる前では騒ぎになります。機をお待ちください」

「面倒じゃのう」

「とりあえず掛けませんか」

「うむ」マルガレータに促され、クラウディアは最後方の長椅子に渋々腰掛けた。


 広い礼拝堂の長椅子は前のほう半分くらいが祈る市民で埋まっている。祭壇の上には神父らしき人が何か言っているようだ。


「神に祈っても仕方なかろう。敵は物理的に存在しておるのじゃ」

「それはそうですが、民にできるのは祈ることくらいです」

「そんなことはない。騎士や兵を支援することはできるであろうし、本当に危ないなら避難するほうが良い」

「ドラゴンが襲ってきても冷静でいられるような者はそういないと思います」

「まあ、そうじゃの」


 その時、入り口の扉が大きな音とともに開いた。


「大変だ! ドラゴンが来たぞ!」


 飛び込んできた男の言葉に礼拝堂はパニックになった。礼拝堂から逃げ出そうとする者、泣き叫ぶ者、さらに祈る者、大きな混乱が起きた。


「クラウディア様」

「うむ。今がチャンスじゃ。マルガレータ、あれを取って参れ」

「はい」


 混乱する人々をかき分けてマルガレータが祭壇に登り、聖像から剣と槍を素早く取った。誰もそれを目にする余裕はないようで、壇上にいたはずの神父もいつの間にやらいなくなっている。


「取って参りました」

「うむ。付いて参れ」


 扉から外に出る。その瞬間、爆風が二人を襲ったが、マルガレータが防御魔方陣を出して防いだ。聖堂前広場の上空にドラゴンが炎を吐きながら旋回している。


「来おったな。トカゲどもが」クラウディアがニッと笑う。「マルガレータ、剣を」

「はっ」


 マルガレータからケーレマンスの剣を受け取ると、クラウディアは飛行魔法を出して飛び上がった。後ろから同じように飛行魔法でマルガレータも付いてくる。


「クラウディア様!」

「せっかくだから聖剣の力を試してみようぞ」


 クラウディアがまっすぐ上空のドラゴンに向かっていく。気付いたドラゴンが口を大きく開いて炎を吐きかける。クラウディアは防御魔方で炎を防ぐと、回り込んでドラゴンの頭の右側に飛び出した。そして、頭めがけて剣を振り下ろした。


 ガシィ!


 剣はドラゴンの側頭部にヒットしたものの、鈍い音とともに中程から折れた。


「なんじゃこのなまくらは」クラウディアは苦笑すると、握っていた柄をポイッと捨てた。そして今度は右手をドラゴンの頭の方にかざして呪文を唱える。「爆発の攻撃魔法(ビスフォータ)


 ドラゴンの頭が巨大な爆発に包まれる。ドラゴンは首を振って、よろよろと退却していく。すると今度は別のドラゴンがクラウディア目がけて突っ込んでくる。


「槍も寄越せ、マルガレータ」

「はい」


 クラウディアは、向かってくるドラゴン目がけて受け取った槍をまっすぐに投げた。槍の刃先がドラゴンの眉間辺りにヒットしかと思うと、槍は刺さることもなく、そのまま粉々に砕けた。


「クックックッ、聖剣だ聖槍だと言ってもこんなもんじゃ」

「クラウディア様!」


 そのままの勢いで迫ってくるドラゴンにマルガレータは防御魔方陣を展開した。魔方陣に激突するドラゴン。動きが止まったドラゴンを見てクラウディアがニヤッと笑う。


「ようやった、マルガレータ」


 そう言うとクラウディアは飛行魔法をその防御魔方陣に寄せて、ドラゴンの方に手を伸ばした。「防御魔方陣を消せ! マルガレータ!」

「はい!」


 防御魔方陣が消えると同時にクラウディアが素早く何か唱えるとドラゴンの頭が爆発した。首から下になったドラゴンは広場に落ちていく。


「魔法が効いたのですか?」マルガレータが目を見開く。

「うむ。鱗には弾かれるが、近接して魔法を流し込めば効くんじゃ」

「そうなのですね」

偉大な五体のドラゴン(ファイブドラゴンズ)ではこうはいかぬが、ただのドラゴンなら楽勝じゃ」


 その後クラウディアはカンペリエの上空を飛び回りつつ、何体ものドラゴンを落とした。


「クラウディア様、ドラゴンたちが去っていきます」

「ようやく追い払えたの」

「はい。クラウディア様は十三体のドラゴンを落とされました」

「なんじゃ、数えておったのか」そう言ってクラウディアが笑う。「あのようなトカゲを何匹落としても勲章にもならぬ」


 広場に降下すると、どこに隠れていたのか大勢の市民たちが二人を飛び囲んだ。口々に感謝と称賛の言葉を叫んでいる。


「ありがとうございます!」

「助かりました。あなたこそ救世主だ!」


 どんどん取り囲む市民の数が増えていく。危険を感じたマルガレータがクラウディアに耳打ちする。


「クラウディア様、危険です。ここは飛んで逃げましょう」

「いや、面白いではないか」


 ニヤッと笑ってクラウディアは軽くジャンプすると、民衆を飛び越えて大聖堂前の階段上に立った。市民たちの目が集まる。


「市民たちよ」澄んだ声でクラウディアが段下の市民たちに呼びかける。「今この世界は危機にある。ドラゴンどもが各地で町や村を滅ぼそうとしておる。すでに滅ぼされた町は片手を超えた」


 クラウディアはそう言って市民たちを見渡す。先ほどまでの喧騒が嘘のようにみなジッとクラウディアを見つめている。市民たちをかき分けてマルガレータがクラウディアの後ろに立った。


「戦うしかないのじゃ。しかるにこの国の騎士団や魔道士団は何をしておるのか」


 市民たちがザワつく。


「我は逃げ惑うそなたらを誘導する兵たちを多く見た。転んだ子供を助ける兵たちを見た。だが騎士団や魔道士団はどこにおるのか」


 同意の声がバラバラと上がり始める。クラウディアがさらに言葉を続ける。


「法王は民を守るために神より遣わされたはずではないのか。その法王はどこにいるのか」


 市民たちの同意する声が大きくなってきたところで、城に通じる北側の道から銀と赤の鎧を着た騎士たちが出てきた。レッジアスカールックの聖堂騎士団だ。


「ドラゴンは去った。広場から退散せよ!」

「ここに集まってはいかん!」


 などと市民たちを蹴散らし始める騎士たちに市民が噛み付く。


「何を! 城に隠れていたくせに!」

「この役立たずどもが!」


 あっという間に市民と騎士たちの間で掴み合いが始まった。市民に反抗されるとは考えていなかったのだろう、騎士たちは市民の群れに飲まれていく。


「やっちまえ!」

「吊るし上げろ!」


 次々とやってくる騎士たちを取り囲んでいく市民たち。さすがに市民に剣を抜くわけにもいかない騎士たちは叩き伏せられていく。


「クックックッ、これが民じゃ。しっかり見ておけよ、マルガレータ」

「はい、集まると怖いものなのですね」

「そうではない」クラウディアがニヤッと笑う。「上手く使えば国を倒せるということじゃ」


 いくつもの集団になっていた市民と騎士団の小競り合いの一つから大きな声が上がった。


「こいつ剣を抜いたぞ!」

「騎士が市民に剣を向けるのか!」


 騎士は剣を抜いたもののどうすれば良いか分からず狼狽えていた。汗が吹き出ている。市民を傷付けるわけにはいかないがこのままでは自分も叩きのめされてしまう。


「情けない奴じゃの」


 いつの間にかクラウディアがその騎士と市民の間に立ちふさがった。


「市民に剣を抜くとはどんな量見かの」

「な、なんだ! お前は誰だ!」

「我は市民の味方じゃ」


 そう言うとクラウディアは右手を騎士の方にかざして何やら呟く。右手から小さな稲妻が数本撃ち出されると、騎士は短い叫びを上げてばったり倒れた。周囲から歓声が沸き上がる。


 聖都カンペリエでの大規模な暴動はこうして始まった。

百話目です。


続きは明後日です。

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